篠田真貴子

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「ほぼ日」の上場は、
私にとっての「顧客の創造」です。

東京糸井重里事務所 取締役 CFO

篠田真貴子

SHINODA Makiko

2016. 11 .8 公開

interview : SAKIYA Miho 
photo : KIM Yongduck

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海外市場では「糸井重里」抜きの「ほぼ日」を実験できる

———入社した時点で、篠田さんはすでに2児の母だったわけですよね。子育てとお仕事の両立はどうでしたか。

糸井をふくめ「ほぼ日」の人たちは、子どもがいない頃のモーレツ社員だった私を知らない。子どもが2人いるお母さん社員である私しか知らないんです。
入社したときから、17時すぎには子どもを迎えに行くためにさっさと会社からいなくなっちゃったり、「子どもが熱を出したので今日は自宅勤務にします」という働き方になっていました。そして「ほぼ日」の人たちがそんな働き方を実に自然に認めてくれた。

それまで勤めていた外資系企業も、おそらく日本の大半の企業に比べたら、社員のワークライフバランスのことを考えてくれていました。あるときは子どもを海外出張に連れていったりもしましたからね。

でも、「ほぼ日」の働きやすさは、そんな外資系のやり方ともちょっと違いました。
私が入る前から、お子さんがいる社員は子どもをオフィスに連れてきて、社内の和室で寝かせながら原稿を書いたりしてたんです。それがごく自然な「ほぼ日流の働き方」でした。糸井の言葉を借りるならば、良い意味で「公私混同」が認められている。自分で判断し、自分で仕事を完結させるというのがベースの職場。だから、両立できたんだと思います。
上司が全部、仕事の経過を確認・判断しないと仕事が終わらないという職場だと赤ちゃんを抱えてフレキシブルに働くのは難しいかもしれません。

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———うかがっていると「ほぼ日」はとても自由な社風で、働きやすそうですけど、あんまり自由だとなまけちゃったりしないんでしょうか?

以前、ある会社で「ほぼ日」の働き方についてお話しさせていただいたとき、「出勤時間や働く場所を自由にしたら、社員がズルをしませんか」という質問が出ました。
そうですね。自主性って一歩間違えると、ズルをしちゃうかもしれない。人間、弱いですから。
でも、「ほぼ日」の社員は、ズルしないんです。それは、「ほぼ日」の社員たちが人一倍高潔で意志が強いから……、ではなくて、あ、もちろん、みんなとっても気持ちのいいひとたちなんですけど(笑)、常に「読者やお客さま」に見られている意識が強いからです。

それが、無料で誰もが自由にアクセスできる「ほぼ日」というサイトで仕事をしている、ある意味で強みですね。社員みんなが常に「ほぼ日」の「読者やお客さま」を意識している。面白いコンテンツをアップしたら、「面白かった!また明日も見たい」というメールが届いたり、SNSで話題になったりする。
新しい商品を販売し始めると、「『ほぼ日』の今度の商品、とってもよかった」と感想がすぐに届いたり、やはりウェブ上で話題になったりする。ポジティブな話もネガティブな話も両方含めて。
さらに、社員同士もお互いの仕事をフラットに見ています。監視しているわけではなく、ガラス張りのところで仕事をしている。カウンターの向こうで料理人が調理をしているみたいに。そうすると、ズルはできないし、手抜きもできない。かといって、カッコつけているのはすぐばれます。

そう考えると「ほぼ日」は、とっても働きやすい職場であると同時に、ある意味で厳しい職場ともいえますね。

———「個人商店」から「企業」へ。その道のりは光が見えてきたのでしょうか?

「ほぼ日」は糸井重里を筆頭に約60人の社員の大半が、さまざまな「クリエイティブ」をすることで「稼いでいる」会社です。と聞くと、自分の好きなことばかりに没頭しちゃいそうです。一方「ほぼ日」には「営業」の専門部隊がいないんです。「クリエイティブ」したチームがその商品の「営業」までやる。こうしたフレキシブルな仕事のやり方がちゃんと動くには、お金の流れや商品の流れを明確にする私たち管理部門がきっちりしていないといけません。もちろん私ひとりだけではとてもマネージできない。管理部門もまたチームにならないと動けなくなります。
結果、「ほぼ日」は、現場のクリエイティブの部門も、バックの管理の部門もそれぞれチームで仕事ができるようになりました。個々の属人的な力でむりやり突破する個人商店から、チームで動く企業へ。この流れは確立できたと思います。もっとうまく動くようになったら、そのときは私がCFOじゃなくてもいいかもしれない。そうなったら「ほぼ日」でやってみたい別の仕事があるんですよ。

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———えっ、なんですか?

海外展開です。
近年、うちの商品、特に「ほぼ日手帳」を見つけてわざわざ買ってくださる海外の方が増えています。この海外で「ほぼ日」を売る、という仕事をもっと力を入れてやりたい。
今、一番売り上げが多い海外は、中国。次がアメリカ、その次が台湾です。在外の日本人ではなくて、中国人、アメリカ人、台湾人のみなさんが「ほぼ日」のファンになり、「ほぼ日」の商品を買ってくれているんです。

実は、この海外でのビジネス、将来の「ほぼ日」の日本における展開の仕方の、先行事例になり得るんです。というのも、日本での知名度がいっさい通用しないからです。まず、海外のお客さまたちは、そのほとんどが「ほぼ日」のサイトのコンテンツを読めません。英語バージョンも中国語バージョンもつくっていませんから。

もっというと「糸井重里」が何者なのかも、まったく知らない。つまり糸井のカリスマ性がはなから成立しない。
にもかかわらず、「ほぼ日手帳」をすごく愛してくれる海外のお客さまがだんだん増えていき、リピーターもけっこういます。2014年版から2016年版の2年間で、海外のお客さまが10倍近く増えました。

つきつめていえば、海外市場は「糸井重里の引退後のほぼ日」の実験場にもなっているんです。
ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」や「糸井重里」という存在と関係なく、「ほぼ日」の商品のファンが生まれているのだから。糸井はいずれ自分がいなくなるときのこと、ほぼ日のクリエイティブを糸井以外の誰かに託す時代が来ることを、ずっとずっと考えています。とはいっても、いま元気ですから、「もし糸井重里がいなくなったら」という「if」の設定は国内市場ではなかなかできない。
海外は違います。糸井のコピーライター時代の仕事のことも知らなければ、「ほぼ日」の人気度合いも、中身についても知らない。つまり最初から「糸井重里の引退後のほぼ日」状態なんです。だったら、海外でこそ、未来の「ほぼ日」のあり方をいち早く実現できるともいえる。

むろん、大変なことはたくさんあります。
たとえば、海外の「ほぼ日手帳」ファンに対して、実は「ほぼ日」は「ほぼ日ハラマキ」をつくっているんだ、どうひとつ買ってみない? なんて言っても、まず振り向いてくれない。なぜ手帳屋が腹巻きなんて売ってるの? と違和感を持たれておしまいです。
「ほぼ日」で「腹巻き」を同時に売るのは、ほぼ日を知っているとつながりがわかる。その良さもなんとなく伝わる。でも文脈を理解できないと、「関係ないでしょ」となってしまう。
文脈の置き換えとコミュニケーションとがうまくできれば、手帳を中心に、腹巻きもカレースパイスもあるという「ほぼ日の世界観」を、世界中の人に理解してもらえる状態をつくれると思うんです。
私たちが何で喜ばれて、何で食っていけるのか。それを確かめる実験を、海外市場でやってみたいです。

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———そして、入社前から聞いていたという上場。今はどんな状況なのでしょうか。

実現にむけて準備を進めています。「糸井重里の個人商店」ではなく、「企業」であるということを、世間に広く継続的に認知してもらうためにも、上場は必要なんです。
さらに、私にとっていわば「新しい顧客」をつくるのが上場です。
東京糸井重里事務所というのは、最終的には自分で自分の顧客をつくらないとおもしろくない会社なんです。
みんな、読者やユーザーなど、何かしらのお客さまを相手にコンテンツを生み出している。
じゃあ、CFOを務める私にとっての顧客は?
あ、事業としての「ほぼ日」に興味を持ってくれるひとじゃないか。その中から株主になるひとも出てくる。
株式市場は、発想がBtoBで、企業間取引のイメージが強く、個人投資家もいかにプロのような振る舞いに近づくかが目的となってしまいがち。
でも、「消費者としてその会社が好きだから株を買う」「ひとりの人間としてこの会社をずっと応援したいから株を買う」というシンプルな気持ちで株を持っているひとは現にいますし、「ほぼ日」はそんな人たちに支えていただく会社でありたいんです。

「ほぼ日」の読者というよりも、事業のありかたに興味を持つひとを増やしたい。多くのひとがいつでも来たくなる、楽しい「大通り」のような場所であり続ける。結果、そこから魅力的な商品が生まれてくる。そういう「ほぼ日」の生態系をわかり、おもしろいなと思ってくれるひとを増やしたい。「ほぼ日」が事業としてもっと成長するには「ほぼ日のサイトに広告を入れればいいのになあ」というよりも、「ほぼ日のサイトにもっともっと面白い催しがあって、にぎわっているといいのになあ」という観点で意見交換できるひとを増やしたいと思います。

となると、投資家とのコミュニケーションは普通の上場企業とはまた違ったきめ細かさ、丁寧さが必要なのでは……。はじめはきっと下手くそでしょうが、「ほぼ日」が上場した後に私がずっとやっていく仕事のひとつがそれになるでしょう。
そして、うちのような会社が上場するケースが他にも生まれたら、株式市場のあり方にも多様性が加わって、ちょっとずつ変わっていくかもしれないな、と思っています。新しいタイプの「株主」が参加するようになるはずですから。

ピーター・ドラッカーの有名な言葉に「顧客の創造」があります。仕事とはつまり、今はまだこの世にいない新しい「お客さま」を「創造」することだ、と。海外の「ほぼ日」の消費者も、上場した際の投資家も、まだ「生まれていないお客さま」です。「ほぼ日」はクリエイティブが本業の会社です。その会社で管理部門を担い、財務畑、マネジメント畑の私ができる、チェンジメイク。それは「海外のお客さま」と「新しい株主」を「創造」することなんだ。そう思っています。

篠田真貴子
東京糸井重里事務所取締役CFO。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルべニア大ウォートン校でMBAを、ジョンズ・ホプキンス大で国際関係論修士を取得.。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月、ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する糸井事務所に入社。2012年、糸井事務所がポーター賞(一橋大学)を受賞する原動力となった。2015年「ALLIANCE アライアンス - 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」監訳。

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CHANGEMAKERS 10

Column CLÉ de Cartier

Simplicity is an Art.

凛とした強さこそ、美しい。

CLÉ DE CARTIER

クレ ドゥ カルティエ ウォッチ SS 31mm ¥485,000(税抜)

Simplicity is an Art.

凛とした強さこそ、美しい。

自立した現代的な女性のファッションやライフスタイルにマッチし、対等なパートナーとして気持ちを奮い立たせるモノ……。それがカルティエの時計である。

どのコレクションもかれんなフォルムを持っているが、単に美しいだけでなく“凛(りん)とした強さ”を感じるのは、カルティエが時代の変革者であるからに他ならない。
170年を超える歴史と文化、伝統は守りつつ、そこに安住するのではなく、時代の変遷に合わせて明確なビジョンを持ち、常に新しいスタイルを作り出してきたという実績が、時代を切り開いていく女性たちから支持されるのだろう。

「クレ ドゥ カルティエ」はクッション型のたおやかなケースと小ぶりなローマン数字のインデックス、そして華やかに広がるフランケ模様のギヨシェという、カルティエらしいディテールを持っている。

しかし最大の特色は、目に飛び込んでくる角型のリュウズだろう。これはクレ(フランス語で“鍵”の意味)と呼ばれ、ケースのサイドフォルムを際立たせるために考案されたもの。デザインと機構の両面で常に新しいチャレンジを行ってきたカルティエらしい斬新なディテールだが、角型にすることで指先にフィットし、針を操作しやすくなったという実用的なメリットも見逃せない。

バリエーションも豊富で、日常使いに適したステンレススティールモデルもあれば、特別な時間を過ごすためのダイヤモンドが配されたモデルもある。その“鍵”は、幸せの扉を開くアイテムとして、貴女にそっと寄り添ってくれるに違いない。

Text by SHINODA Tetsuo

主催:日経ビジネスオンライン
 特別協賛:リシュモン ジャパン カルティエ