松尾豊

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「眼」をもつロボットが、
日本の産業の活路を開く

東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻
消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授
産業技術総合研究所 人工知能研究センター企画チーム長

松尾豊

MATSUO Yutaka

2016. 11 .29 公開

interview : SAKIYA Miho 
photo : KAWAZU Tatsunari

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「人」だと思うと一気に発想が広がる日本人

── 日本はどこに投資すればいいのでしょうか。やはり、AIの「手足」となる農業機械や産業機械のメーカーなどでしょうか?

はい。そうしたメーカーは主要なプレイヤーになると思いますが、「ものづくり」はすでに発展しているので、これから日本が投資すべきは、AIそのものの成果物を作るセクターです。
僕は最近、「『学習工場』を造りましょう」と言っています。「学習工場」は、「学習ずみモデル」の生産工場です。「眼を持った機械」の認識部分を作る工場です。それが機械に載せられて最終製品として出荷されます。「学習ずみのモデル」を作るために必要なものは、豊富な「データ」「計算機環境」「ひと」です。
たとえば、製造業が工場を造るとき、大企業であれば数百億円から数千億円単位の投資を行うことがよくあります。同じような規模で、『学習工場』に投資し、最終製品として売れるものを作りましょうよ、ということです。

では、どんな「ひと」をこの「学習工場」に集めるのか。日本の若く優秀な理系人材です。
東京大学が典型ですが、90年代半ば以降、理工系の優秀な学生の中には、国内の製造業や研究所ではなく、外資系金融や外資系コンサルティングファームを目指す人も出てきました。それはなぜかというと、いろんな勉強ができるという面もあるでしょうが、一番大きな理由は給料でしょう。

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優秀な理工系の学生たちに、卒業後は日本の未来を創る「学習工場」でどんどん働いてもらう。そして、そこの報酬を外資系金融や外資系コンサルティングファームに負けないくらい高く設定することが重要だと思います。ディープラーニングは若い分野です。優秀なアルゴリズムの開発に必要なのは「経験」ではありません。数学とプログラムの力を持った人間の「若さ」と「才能」のほうが重要です。だから20代の優秀な理工系の人間をたくさん投入し、「眼を持った機械」を作るための認識の部分を、学習工場で作ってもらうのです。

「そんなお金があるのか」と言われるかもしれませんが、製造業が工場を造るつもりで投資をすれば、十分にあります。人への報酬と思うから高いのです。会社の人事制度とも合わないでしょう。しかし、付加価値からすると十分に価値があります。なにせ、巨大な市場に投入する機械の「眼」の部分を作っているわけですから。

アメリカのITの世界では、20代の若者による新しいアルゴリズムの開発を主にベンチャーが担ってきました。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグやグーグルのセルゲイ・ブリン、ラリー・ページが起業したのは、20代です。スナップチャットの創業者エヴァン・シュピーゲルも、立ち上げ当時は20歳でした。

いまアメリカのシリコンバレーでは、優秀な人たちの頭脳がもっとも切れる20代のうちに、本気で開発の仕事をしてもらう環境を用意しています。各社とも高給で若い研究者をがんがんリクルートしている。彼らはわかっているんですね。もっとも頭が切れる人たちを新産業に振り向けて本気で仕事をさせることが、社会全体のためになるし、新しい市場を創ることになる、ということを。

日本では、ベンチャーの生態系が少しずつ整ってきました。優秀な人もスタートアップを始め、素晴らしいビジネスも生まれています。しかし、まだ日本の大企業は本気を出していない。特に、日本のものづくり企業が、「本気で」「儲ける」ために投資をすれば、その投資の規模はいまのような状態ではないはずです。そして、その投資の先が、ディープラーニングを習得した若くて優秀な才能を集めた「学習工場」に向けば、日本のものづくりにとって大きな付加価値の向上になるはずだと思っています。そして、そのこと自体、僕が思い描く「複利のイノベーション」の仕組みを実現するものであると思っています。

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── どうして「研究所」ではなく、「学習工場」なんですか?

いろいろな意味があります。まず工場ですから「最終製品は何か」という意識を明確に持たないといけません。そして、売れるのかどうか、どのくらい利益が出そうか、そこからどのくらい投資できるのか。工場を造る場合には、そういった事業計画を当然考えるわけですが、それと同じです。「眼を持った機械」が何に役に立ち、どのくらい売れるのかを考えて、投資してくださいということです。

それから、工場ですから、作りたいものによって工場は別になります。農業用のトマト収穫ロボットの眼を作る工場と、医療用の胸部X線写真を見分ける眼を作る工場は別です。各企業がこういった工場を持つことになります。もちろん、垂直統合、水平分業も起こるでしょう。

もうひとつの意味は「工場」なのだから、規模を10倍にしたければ10倍の投資をしてください、ということです。生産を10倍にしたければ(およそ)10倍の設備投資が必要なのは工場では当たり前です。それと同じで、学習工場も「眼を持った機械」の認識部分を10倍の数、あるいはスピードで生産したいのであれば、10倍の投資が必要です、ということです。

いま、日本国内では、さまざまな企業が人工知能分野に投資していますが、がんばっているところでも投資額は数千万から数億円といったところでしょうか。日本で最も投資しているケースでも、トヨタがシリコンバレーに5年間1000億円で研究所を作ったことでしょう。僕には、これは日本企業がまだ本気を出してないなと見えます。最終製品を本気で作りに行くのであれば、こんな規模じゃないはずです。「研究所」とか「ラボ」とかいう言葉でごまかして、どういった付加価値を市場で取りに行こうとするのかを真摯に考え、事業戦略を作り投資する、という本来あるべきことをやっていないと思っています。

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── そこでやっと戦えるようになる。でも、遅きに失した感はないでしょうか?

遅いですが、やるしかないと思います。「ものづくり」の参入障壁は思った以上に高い。したがって、遅いですが、シリコンバレーの企業も参入しにくい。その戦いです。

また、欧米では機械化やロボット化を嫌う文化的な背景もあります。日本は違う。産業用ロボットの導入台数では日本は世界トップクラスです。

── 日本では昔から「鉄腕アトム」や「ドラえもん」、「Dr.スランプ アラレちゃん」など、ヒューマノイドロボットをモチーフにした創作物が親しまれてきました。

はい、そうした文化が背景にはあると思います。もっと言えば、八百万の神を敬うような、汎神論的な文化があるのでしょうか。いずれにしても、「眼を持った機械」の潜在的な市場規模を考え、日本の持つものづくりの強さや、機械やロボットに対する文化的許容度を考えるにつけ、またとないチャンスです。

学習工場というのはそのための考え方のチェンジのひとつです。工場を造るつもりで、「眼を持つ機械」に投資してほしい。日本の企業には、新たに大きく生まれてくる巨大な潜在市場を取ってほしい。そのために、本気を出してほしい。そうしてはじめて、勝算があると思っています。

僕は一研究者として、なんとか日本企業がこのチャンスをものにしてもらいたいと心から願っています。それが「複利によるイノベーション」という仕組みを実現することになり、日本の人工知能の研究が、世界の研究と同じスタート地点に立てるわけですから。そうすればいつか日本の人工知能の研究が、世界のトップを走るときが来るのかもしれない。僕は、そのためのチェンジメーカーであり続けたいと思っています。

松尾豊
東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授 産業技術総合研究所 人工知能研究センター企画チーム長
1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年 同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より、産業技術総合研究所研究員。2005年10月よりスタンフォード大学客員研究員を経て、2007年より、東京大学大学院工学系研究科総合研究機構/知の構造化センター/技術経営戦略学専攻准教授。2014年より、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 グルーバル消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授。専門分野は、人工知能、ウェブマイニング、ビッグデータ分析。人工知能学会からは論文賞(2002年)、創立20周年記念事業賞(2006年)、現場イノベーション賞(2011年)、功労賞(2013年)の各賞を受賞。人工知能学会 学生編集委員、編集委員を経て、2010年から副編集委員長、2012年から編集委員長・理事。2014年より倫理委員長。日本のトップクラスの人工知能研究者の一人。

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CHANGEMAKERS 10

Column DRIVE de Cartier

What drives You?

変革へのパッションこそ、すべての源だ

DRIVE DE CARTIER

ドライブ ドゥ カルティエ ウォッチ SS 41mm ¥640,000(税抜)

What drives You?

変革へのパッションこそ、すべての源だ

挑戦なくして、成功はない。カルティエの3代目ルイ・カルティエは、良き挑戦者であり、常に業界をリードするパイオニアであった。その最大の功績の一つが、紳士用腕時計を世界で初めて製作したことだろう。1904年、彼はブラジルの飛行家にして、ベルエポック期のパリで注目を一身に集めただて男、アルベルト・サントス=デュモンのためにエレガントな腕時計を製作。これこそが紳士用腕時計の始まりであり、その後のメンズウォッチの方向を決定づけた。名作「サントス」の誕生である。

カルティエは、その後も「タンク」「バロン ブルー」「カリブル ドゥ カルティエ」など、数々のメンズウォッチを生み出し、いまも時計業界のパイオニアであり続けている。そして、それらの傑作時計すべてに当てはまるのが、官能的なデザインと機械的精緻さの両立である。美しいフォルムを持つカルティエの時計は、ひと目見ただけでそれとすぐに分かる。これは、ウォッチメーカーとしての高い技術力なしには成し得ないものだ。

今年、メンズコレクションに新たに加わった「ドライブ ドゥ カルティエ」にも、その伝統は受け継がれている。ローマン数字のインデックスやフランケ模様のギヨシェダイヤル、ソード型の針など、随所に際立つ“カルティエらしさ”。優雅なクッションケースのボリューム感が目を引くが、実際は薄く作られており、腕にすると驚くほどよくなじむ。スケルトンバックからは、自社製ムーブメントCal.1904の美しい仕上げを堪能できる。

腕時計としては揺るぎない正統派。それでいて、7のインデックスに小さくCartierの隠し文字を入れるカルティエの伝統的な遊び心も、現代の粋人を引きつけている。

Text by SHINODA Tetsuo

主催:日経ビジネスオンライン
 特別協賛:リシュモン ジャパン カルティエ