山田進太郎

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すべては個人のために
だから世界を目指すんです。

株式会社メルカリ 代表取締役社長

山田進太郎

YAMADA Shintaro

2016. 12 .6 公開

interview : KATASE Kyoko 
photo : KIM Yongduck

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誰もが気軽に自分の持ち物を出品して、誰もが気軽に買うことができる。スマートフォンを使ったフリーマーケットアプリ『メルカリ』。2013年7月のスタートから爆発的なスピードで成長し、2016年11月時点で国内4000万ダウンロード、2014年9月に進出したアメリカでは2000万ダウンロードを記録した。
スマホこそがインターネットをパーソナルなものにする、そこに個人と個人の新しい市場、シェアリングエコノミーができる。そう看破した創業者の山田進太郎さん。彼の目に映る、ウェブの未来を訊く。

世界旅行から帰ってきたら、みんなスマホでつながっていた

── 個人間のフリーマーケット(フリマ)をスマホのアプリにするビジネス、始めたきっかけはなんだったのですか?

2011年末、僕はそれまで自分が立ち上げて売却した会社をやめて、世界一周の旅に出ました。2012年10月終わりに帰国したら、びっくりしました。日本でスマートフォンが一気に普及していたんです。
旅に出る前は、ガラケーの赤外線通信で連絡先の交換をしていたのに、帰ってきたらみんなスマホで、「LINEでふるふる(※連絡先交換)しましょう」となっていた。ITが専門じゃない知人友人たちも、普通にスマホを使っている。
そのとき、思いました。
「みんながスマホでつながる時代が100%来る。今だったら1からスマホ向けのサービスを始めたらいけるぞ」
じゃあ何をやるか。僕がすぐに思いついたのが個人間のフリーマーケットをスマホで手軽にできるアプリをつくることでした。

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── なぜフリマを選んだのでしょう。

みんなが求めているサービスなのに、この時点では日本でも世界でも、満足のいくスマホアプリがなかったからです。

インターネットのサービスでいちばん歴史の古いビジネスのひとつが、個人間の商品売買、オークションです。インターネットもパーソナルコンピュータも、大企業やマスメディアを介さなくても、個人同士がつながることのできる仕組みとして登場し普及した側面があります。インターネットが登場してすぐに個人同士が持ち物を売り買いできるオークションサイトが登場したのは、ある意味必然だったと思います。

1990年代半ばには、アメリカではeBay(イーベイ)などが登場しました。日本では1990年代終わりに、ヤフー、楽天、ビッターズのオークションサイトが矢継ぎ早にできました。
僕は楽天のオークションサイトの立ち上げに内定者インターンとして参加しているんです。そのとき重要なことを学びました。
早稲田大学の学生だった僕は、当時のインターネットブームとベンチャーブームの風に当たり、大企業への就職を考えず、社員20人ほどの楽天に内定をもらい、インターンとして働いていました。そこで楽天のオークションサイトの立ち上げの仕事をしました。しかし、結果はヤフオク!の圧勝。ヤフオク!のシステムは、米ヤフーがeBayを研究し尽くしてつくったとても使いやすいシステムを踏襲していました。米国市場ではヤフーはeBayに追いつくことはできなかったけれど、日本では先行者利益を勝ち取り、早々にたくさんのお客様を集めることでネットワーク効果を得て、他社の追随を許さなかったんです。ご存知の通り、日本のインターネットオークションビジネスは、ヤフオク!の独壇場となりました。

誰よりも早く始め、誰よりも使いやすいサービスを展開し、1人でもたくさんのひとたちを集められるかどうか。インターネット時代のビジネスの定理をここで叩き込まれました。

── インターネットの黎明期にすでに個人間取引のオークションビジネスにかかわっていたんですね。

そして2012年秋、スマホが普及しつつあるのを見て、今こそフリマをやらなければ!と思い立ったわけです。
ヤフオク!はパソコンをベースに発達したサービスだったので、この時点ではスマホで出品したり購入したりするのがけっこう面倒でした。すでに長い歴史があるからヘビーユーザーには使いやすいけれど、初めてスマホで自分の持ち物を売ったり、あるいは買ったりするビギナーにはハードルが高そうだったのです。
チャンスがある、と思いました。ビギナーが圧倒的に簡単に使えるスマホ向けのフリマアプリをつくれば、先行者になれるはず、と。
当時すでに「フリル」というフリマアプリは登場していました。ただ、ターゲットを女性に特化していたんです。僕はそれを見て、うちは女性向けに絞らないでいこう、と決めました。女性に特化すると単純にユーザー数が半分になってしまう。それに考えてみれば、お客様を男女に分ける必要がない。女性が洋服を売って、iPadを買ってもいいわけですから。

ビギナーが気軽に楽しめるフリマアプリをつくろう。スマホに特化したフリマアプリの勝者が決まっていないうちにトップに立とう。2012年12月末には方針を決めて、翌2013年2月1日に会社を設立し、半年かけてアプリを開発し、7月にローンチしました。スマホの場合、iPhone用とAndroid(アンドロイド)用、そしてサーバ用にプログラム言語が違うのでちょっと時間がかかっちゃいましたが。

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── アプリの開発にあたって最初から気をつけた部分はどこだったんですか?

設計時に気をつけたのは、いかに出品しやすく、購入しやすくするか。このふたつです。おそらくすぐに競合アプリがたくさん出てくるだろう。そうなると競争のポイントは使いやすさになるはずです。たとえば、あるフリマアプリをダウンロードしてくれた人のうち10%が、ダウンロードから7日以内に出品してくれたとします。一方でメルカリが11%だったとすると、その差はユーザー数が増えれば増えるほど大きくなります。ほんの1%の人数の差でも、複利でその差はあっという間に広がっていく。

出品から購入にいたるまでのプロセスを細かくチェックして、とにかくスムーズに使えるアプリにしようと改良を重ねました。
最初からクオリティが高いアプリをつくれたのは、経営陣の経歴が共通していたことがあるかもしれません。 メルカリは僕を含めて3人でつくった会社ですが、みんなもともとソーシャルゲームを開発していました。プログラミングも、エンジニアリングも、マーケティングもできる。ソシャゲは競争の激しい業界なので、リテンションやコンバージョンなどの細かい数字を常に追いかけ、ユーザビリティテストなどをしながら改善し続けなければいけない。この経験がメルカリのアプリを開発するのに直接役に立ちました。 スタートしてから1年後の2014年には大型の資金調達をしてテレビCMなども打ったので、マーケティングで業績を伸ばしている会社のように見られることもあるのですが、徹底的にプロダクトの完成度にこだわり投資し続けてきたのが、たくさんのお客様に使っていただけるようになった理由だと思っています。

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── 実際、2013年7月のスタートと同時に、すぐに注目を浴びましたね。

Android版を先に出して、iPhone版を3週間後に出したんですが、iPhone版を出すまでの3週間で1日1000品以上が出品されるようになりました。しかも出品されるだけではなく、購入する方たちもたくさんいました。
当初のお客様は若い女性と主婦でした。買い物に興味があるけれど、インターネットでオークションの経験などはない。あるいは地方に住んでいて、気軽にブランドショッピングができない。そんな女性たちがアーリーアダプターになってくださったのが、大きな追い風になりました。

フリマのビギナーたちがお客様になってくれた。だからこそ決済方法などはどんどん改善して、誰もが安全安心に使えるよう腐心しました。
メルカリは、個人間のお金を扱うビジネスです。個人情報やお金のやりとりもふくめたセキュリティ対策も厚くしなくてはなりません。
当時CtoCのサービスでは、クレジットカードで決済するのがけっこう大変でした。ただ、Square(スクウェア)のような個人に近い店頭決済サービスも出てきていて、ユーザーが増えて取引額が拡大すればこの常識も変わるのではないか、とにらんでいました。 メルカリでも、最初はお客様の支払いについてはPayPal(ペイパル)を使っていたんです。アメリカのオークションサイトでは、多くのサービスでPayPalを利用しているのでそれを踏襲しました。それがサービスを始めて半年くらいたって需要が急増すると、クレジットカード会社が話し合いに応じてくれ、通常の通販のようにカード決済ができるようになったんです。これによりさらにユーザーが使いやすくなりました。

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── 個人間取引、といえば、カスタマーサポートも重要ですが、御社の場合、社内で行っていると聞いてびっくりしました。手間と人件費がかかるカスタマーサポートは、通販企業などはだいたい外部委託しています。

スタート当初、一気にお客様が増えたのでカスタマーサポートに手が回らなかった反省があるんです。最初の3カ月は、ユーザーが倍々で増えたために、お客様からお問い合わせがあっても10日間近く返事ができなかったこともありました。社員の数も少なかったですし。

カスタマーサポートそのものを自前でやれば、外部委託するよりコストはかかります。でも、メルカリを10年20年続く長期的なサービスとして育てようと考えるならば、高品質のカスタマーサポートを維持することが、ブランドの強化につながります。
メルカリのアプリを使って行われるのは、個人間の取引です。個人が出品して、個人が買う。どうしてもメルカリ側では、直接コントロールできないトラブルが起きたりします。商品が送られてこないとか、届いたけれど壊れていた、という具合に。
トラブルがお客様から寄せられたときに、すぐにカスタマーサポートが適切に対応すれば、それをきっかけにむしろファンを増やすことも可能になります。「今回は運が悪かったけど、対応が早くて安心だ」と思ってもらえれば、また使ってもらえるでしょう。

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現在、メルカリの東京オフィスには200人弱の社員がいますが、1フロアに経営・企画系、開発系、そしてカスタマーサポート系の社員が全部収まっています。このため、経営から現場でのトラブルにいたるまでの情報を全社員が共有し、対応できる仕組みが整っています。カスタマーサポートを外部委託していたら、この体制はとれませんでした。

実際、メルカリでは特に一度使ってくれたお客様の定着率はとても高くなっています。
これは、メルカリのサービスについて、アプリのUI(ユーザーインタフェース)はもちろん、UX(ユーザーエクスペリエンス)全体の向上をずっと図っていたのが功を奏していると思っています。
出品する、購入する、発送する、受け取る。場合によっては問い合わせて問題を解決する。そこまで含めてのエクスペリエンスですね。このプロセスすべてを、手を抜かずにブラッシュアップすることで、お客様の定着率は確実に上がります。

2015年からは、ヤマト運輸と提携して、「らくらくメルカリ便」をつくりました。
個人間の取引で、お金の決済と並んでユーザーが不安に思うのは配送の部分です。まず、いくらかかるのかがわかりにくいですし、ちゃんと届くかどうかも不安になります。配送品質に定評のあるヤマト運輸と提携して、商品を配送して届くまでをメルカリのブランド名をつけて代行する。出品するお客様の手元から購入するお客様の手元まで、商品が届いてはじめて私たちのサービスも完了します。配送の品質向上はブランド価値をあげる上で大きな効果がある、と考えています。

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Column DRIVE de Cartier

What drives You?

変革へのパッションこそ、すべての源だ

DRIVE DE CARTIER

ドライブ ドゥ カルティエ ウォッチ SS 41mm ¥640,000(税抜)

What drives You?

変革へのパッションこそ、すべての源だ

挑戦なくして、成功はない。カルティエの3代目ルイ・カルティエは、良き挑戦者であり、常に業界をリードするパイオニアであった。その最大の功績の一つが、紳士用腕時計を世界で初めて製作したことだろう。1904年、彼はブラジルの飛行家にして、ベルエポック期のパリで注目を一身に集めただて男、アルベルト・サントス=デュモンのためにエレガントな腕時計を製作。これこそが紳士用腕時計の始まりであり、その後のメンズウォッチの方向を決定づけた。名作「サントス」の誕生である。

カルティエは、その後も「タンク」「バロン ブルー」「カリブル ドゥ カルティエ」など、数々のメンズウォッチを生み出し、いまも時計業界のパイオニアであり続けている。そして、それらの傑作時計すべてに当てはまるのが、官能的なデザインと機械的精緻さの両立である。美しいフォルムを持つカルティエの時計は、ひと目見ただけでそれとすぐに分かる。これは、ウォッチメーカーとしての高い技術力なしには成し得ないものだ。

今年、メンズコレクションに新たに加わった「ドライブ ドゥ カルティエ」にも、その伝統は受け継がれている。ローマン数字のインデックスやフランケ模様のギヨシェダイヤル、ソード型の針など、随所に際立つ“カルティエらしさ”。優雅なクッションケースのボリューム感が目を引くが、実際は薄く作られており、腕にすると驚くほどよくなじむ。スケルトンバックからは、自社製ムーブメントCal.1904の美しい仕上げを堪能できる。

腕時計としては揺るぎない正統派。それでいて、7のインデックスに小さくCartierの隠し文字を入れるカルティエの伝統的な遊び心も、現代の粋人を引きつけている。

Text by SHINODA Tetsuo

主催:日経ビジネスオンライン
 特別協賛:リシュモン ジャパン カルティエ