日経ビジネスオンラインスペシャル
田邊󠄂優貴子

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極地の水の底には、いまも「原始の地球」が
手つかずで暮らしている。その秘密を明かしたい。

国立極地研究所 生物圏研究グループ 助教

田邊󠄂優貴子

TANABE Yukiko

2016. 11 .22 公開

interview : KATASE Kyoko 
photo : KIM Yongduck

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アラスカの短い夏の間、生命がきらめいていた

——大学院には通い続けたんですか。

日本に戻り、復学し、進学した大学院の研究室で人工光合成の研究は続けていました。この分野なら研究職に就けるだろうと思ってはいました。ドロップアウトする勇気もなかったですし。でも、実験室の窓の外に夕焼けが見えるとアラスカを思い出す。

そこで今度は夏のアラスカに私は行ってみました。
冬とは真逆の、生き物が騒がしい季節です。短い夏にいまがチャンスとあらゆる植物が一斉に花を咲かせ、あらゆる昆虫が訪れ、それを食べに鳥がやって来て、さらに大きな動物がうろうろする。命がきらめいて見えました。そしてあっという間に夏が終わる。ある朝、テントから顔を出したら、昨日まで緑だったツンドラが真っ黄色に染まっていて、次の朝見てみたら今度は真っ赤に染まっている。

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アラスカから帰ってから、私は、大学のある京都から実家の青森まで、テントと寝袋とコンロを積み込んで自転車で野宿の旅をしました。どこで寝てもいいんだと思うと、全部が自分の土地のように感じられてくる。海岸沿いや橋の下で寝て、起きたら自転車に乗って、雨でも風でもとにかく休まず、誰とも話すことなく風呂にも入らず、1日当たり80キロくらい進んで。動かしているのは体なのに、心の旅をしているような気持ちでした。15日目に、ようやく青森の日本海側へ出たとき、心は決まっていました。

「何をしてもいいんだ、好きなことをしよう」
 京都に戻った私は、いま所属している極地研にメールをしました。
「極地研の中にある大学院の博士課程に編入したい」。正確には、総合研究大学院大学極域科学専攻への編入をお願いしました。

アラスカに惹かれていたので、最初は北極の研究をしたいと思っていたのですが、極地研の先生たちから「北極はかなり研究が進んでいるけど、南極は手つかずのところがたくさんあるよ」と言われ、そこで初めて南極を意識しました。
なんとすんなり編入が決まり、私は2006年に極地研に入ることができました。

——翌2007年に南極へ行っていますね。

ええ。博士号を取るまでは南極に行くチャンスがないので、学生の間は採ってきてもらったサンプルとデータで極地の研究をすることになるだろう、と先生から言われていたのですが、チャンスがいきなり訪れたんです。ちょうど第49次南極地域観測隊の隊長を生物の研究者の方が務めることになったんですね。
「生物枠の隊員・同行者が確保しやすいんだけど、田邊󠄂さんどう?」
先生に声をかけられて即答しました。「もちろん行きます!」

かくして私の南極人生が始まりました。
先代の南極観測船『しらせ』の最後の航海でした。オーストラリアのフリーマントルを出て、海洋観測をしながら昭和基地沿岸の定着氷と呼ばれるところまで3週間から1カ月かけて旅をします。
これがとにかく揺れるんです。砕氷船はスタビライザーをつけにくい、お椀型の構造をしているので、ものすごく揺れる。43度傾いたことがあります。ほとんど家がひっくり返ったような状態です。

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——大丈夫だったんですか?

運のいいことに、私はめっぽう船に強かったんです。とにかくまったく酔わない。 それまで私は北海道から舞鶴へ行くフェリーぐらいしか長い距離を乗ったことがなかったんですが、どんなに揺れても、作業をしたり、ご飯を食べたり、本を読んだり、資料を作ったりが楽々できる。船酔いで倒れている他の隊員から「田邊󠄂、お前が本を読んでいるのを見るだけでさらに酔いそうだ」と苦情を受けるくらいに(笑)。

フリーマントルを出て16日目。しらせは南極大陸から張り出している海氷域に着きました。アデリーペンギンの群れがわらわらと海に飛び込んでいく。ああ、南極が近づいてきたんだ。
船からヘリコプターでまずは昭和基地へ。そしてさらにヘリで調査地に向かいます。
ヘリで飛び立って10分。氷に覆われた真っ白な大地の向こうに、茶色のようなグレーのような色がちらりと見える。
「あ、陸地だ、大陸だ」
南極は大陸なんだ、そう思ったのは氷の合間の陸地の茶色を見た瞬間です。

このとき、私は南極の淡水湖に初めて遭遇しました。「長池」と呼んでいる湖です。
季節は夏。冬になると湖面にびっしり張っている氷が、夏の1カ月間ほどは解けてなくなります。そこで、湖にボートを浮かべ上から湖底の生物調査をしたのです。
透明度が高くて、10メートルほど下の底までくっきり見えます。ちなみに冬も底の水は凍りません。凍るのは表面の2メートルくらいまで。表面に氷が張ることで、冷たい空気の温度が水に伝わりにくくなるからです。冬の外気温はマイナス40度まで下がりますが。
湖の底には緑が点々と見えていて、ああ、こんな南極の湖にもちゃんと生き物がいるんだ、というのがわかりました。サンプルを採ると、藻類やシアノバクテリアが入っています。ただ、実際にこの藻類やシアノバクテリアがどのように生態系をなしているかは、ボートからサンプルを採るだけではわからない。
いつかあの湖底に潜ってみたい。そう思いました。

——湖に潜ったのは、2度目に南極へ行かれたときですね。

2009〜2010︎年の調査のときでした。
南極の冷たい淡水湖には、ごついドライスーツを着込み、撮影用一眼レフカメラを巨大なハウジングに入れて潜ります。しかも、湖底にフィンや体が触れて生態系をめちゃくちゃにしないよう、ぎりぎりで中性浮力をとって、水中で静止したままさまざまな作業ができるだけのダイビング技術が求められます。
日本に戻った私は、富士山麓の本栖湖や伊豆半島などでダイビングの練習を繰り返し、次の調査に備えました。チャンスが巡ってきて、今度は湖底に潜ることができたんです。

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(左上)「長池」の底に広がる緑の森で調査中。「コケボウズ」の群落が。(右上)水中はとても透明で、湖面に浮かぶボートが空に浮いているよう。(左下)一年中分厚い氷で閉ざされた内陸のアンターセー湖。厚さ4メートルの氷の下で光スペクトルを計測。(右下)「なまず池」の底は不思議な草原のよう。植物群集を採集中。

「長池」に潜ってみて、びっくりしました。湖底から緑色をした巨大なタケノコみたいな物体がいくつも山脈のようにそびえ立っているんです。

サンプルを改めて採取して、このタケノコの正体が判明しました。コケと数十〜数百種類の藻類とシアノバクテリアが共存してできた生命の群落だったのです。湖面からサンプルを採るだけでは、こんな構造をまったく別の生き物同士が作り上げていたなんて、わかりませんでした。
さらに調べてみると、このタケノコーー私たちは「コケボウズ」と呼んでいますーー、おそろしく年寄りなんです。高さ50センチくらいのものが1000年、80センチなら1500年以上かけて大きくなったということがわかりました。ちなみに動物は「クマムシ」がわずかに生息しています。凍っても乾燥しても生き抜ける肉眼では見えない小さなクマムシは、この氷に囲まれた湖のコケボウズの山脈で暮らせるのでした。

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——実際に潜ることによって不思議な生態系を見つけることができるんですね。

はい。2014︎年12月、4回目の南極調査で潜ったのは、昭和基地からほど近い「長池」より1000キロ離れたノボラザレフスカヤ基地(ロシア基地)からさらに150キロ内陸に入った山岳地帯にあるアンターセー湖という湖です。
このエリアは夏でも気温がマイナス20度で湖の表面は年中凍ったまま。つまり外界とまったく触れたことのないはずの湖です。
はたしてこの氷に閉ざされた湖に生命はいるのだろうか?
私たちは4日間かけて、諏訪湖のワカサギ釣りよろしく、厚さ4メートルの氷に人が通れるだけの穴を開けて、潜ることにしました。1日目は機材トラブルとウェイト不足で潜水失敗。2日目、再度挑戦して、私は分厚い氷の下の淡水湖の中に潜りました。
潜って下から氷を見上げると、細かな気泡がいっぱいついています。生き物のいる証拠です。光合成による酸素なのか。メタンガスなのか。とにかく生き物の活動がこの無数の気泡をつくっている。私はどきどきしながら、湖底へと向かいます。分厚い氷に覆われていても、おそろしく透明な水は鮮やかな群青色。その青が濃くなる10数メートル下の湖底に着いて、びっくりしました。

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おそらく人類ではじめて私と調査チームリーダーが見たことになる光景が広がっていたからです。
湖底には、紫色の30センチほどのドーム状の物体がもこもこと無数にありました。ライトを当てると紫やピンク色をしています。ドーム状の物体の間にはトゲのような物体がいくつも湖面に向かって伸びています。
宇宙の果ての星に降り立ったような、不思議な気分。私はサンプルを採集して地上へ戻りました。
紫色のドーム状の物体をつくっていたのはすべてシアノバクテリアでした。動物も藻類も存在しない、シアノバクテリアだけの世界です。分厚い氷から漏れてくるわずかな光で光合成を行い、シアノバクテリアはあの不思議な世界を創っていました。

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紫色のドーム状シアノバクテリアの群落

なぜアンターセー湖のような隔絶された生態系が南極にあるのか? まだわかっていません。それを調べるのも私の仕事です。約27億年前、地球上にはじめて光合成をして酸素をつくる生き物が現れました。それがシアノバクテリアだといわれています。その酸素をベースにいまの地球上の生態系ができあがりました。つまり、あのアンターセー湖のシアノバクテリアの世界は、あたかも約27億年前の原始の地球をそのまま封じ込めたものなのかもしれないのです。
ということは、南極のシアノバクテリアの世界をより精緻に調査し、研究すれば、いまの地球の生態系ができあがったメカニズムや、地球外の生命の存在が解明できるかもしれない。

——極地研へ来る前にやっていらした人工光合成の研究ともつながりますね。

やっておいてよかったなと思います。光合成のメカニズムについては正確な知見を持っておりますし、ラボでの実験や分析機器の操作に苦手意識がありません。フィールドが得意な生物系の研究者の中には、こういう機器分析が苦手な人も多いんですけど、 私の場合は、どちらもできるのが強みです。

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Column CLÉ de Cartier

Simplicity is an Art.

凛とした強さこそ、美しい。

CLÉ DE CARTIER

クレ ドゥ カルティエ ウォッチ SS 31mm ¥485,000(税抜)

Simplicity is an Art.

凛とした強さこそ、美しい。

自立した現代的な女性のファッションやライフスタイルにマッチし、対等なパートナーとして気持ちを奮い立たせるモノ……。それがカルティエの時計である。

どのコレクションもかれんなフォルムを持っているが、単に美しいだけでなく“凛(りん)とした強さ”を感じるのは、カルティエが時代の変革者であるからに他ならない。
170年を超える歴史と文化、伝統は守りつつ、そこに安住するのではなく、時代の変遷に合わせて明確なビジョンを持ち、常に新しいスタイルを作り出してきたという実績が、時代を切り開いていく女性たちから支持されるのだろう。

「クレ ドゥ カルティエ」はクッション型のたおやかなケースと小ぶりなローマン数字のインデックス、そして華やかに広がるフランケ模様のギヨシェという、カルティエらしいディテールを持っている。

しかし最大の特色は、目に飛び込んでくる角型のリュウズだろう。これはクレ(フランス語で“鍵”の意味)と呼ばれ、ケースのサイドフォルムを際立たせるために考案されたもの。デザインと機構の両面で常に新しいチャレンジを行ってきたカルティエらしい斬新なディテールだが、角型にすることで指先にフィットし、針を操作しやすくなったという実用的なメリットも見逃せない。

バリエーションも豊富で、日常使いに適したステンレススティールモデルもあれば、特別な時間を過ごすためのダイヤモンドが配されたモデルもある。その“鍵”は、幸せの扉を開くアイテムとして、貴女にそっと寄り添ってくれるに違いない。

Text by SHINODA Tetsuo

主催:日経ビジネスオンライン
 特別協賛:リシュモン ジャパン カルティエ