マーケティング革新へのチャレンジ  IBM Watsonを活用した流通革命が、世界中で進行中

流通サービス業にも広がる
「コグニティブ・ビジネス」、
日本でも実用段階へ

IBM Watsonを実ビジネスで活用する企業が国内外で増えつつある。現在、世界中でプロジェクトが進行中で、そこには日本企業の例も数多く含まれている。Watsonの活用はマーケティングの現場でも始まっており、その期待は大きい。こうした中で、人工知能活用によるマーケティング革新へのチャレンジ精神旺盛なCMOが集う「IBMエグゼクティブセミナー」が開催された。そこでは、ユーザーのショッピングシーンを大きく変えるほどの顧客体験の創造などについて活発な議論が展開された。

流通業でもプロジェクトが進行中。
日本企業の間で高まるWatsonへの期待

日本の流通サービス業は大きなチャレンジに直面している。すでに多くの企業では、差別化された顧客接点づくり、あるいは新たな顧客体験の提供を目指した取り組みを進めている。そこで大きなカギを握るのがデータである。顧客接点などで蓄積されるビッグデータ、進化するデジタルマーケティングの手法などを活用し意欲的なプロジェクトが進行中だ。さらに、IBM Watsonに代表されるコグニティブ・コンピューティングへの注目度も高まっている。

今、国内外でWatsonプロジェクトが進行している。そこには日本企業も多く含まれ、流通サービス業での成果報告も出始めた。先日、都内で開催された「IBMエグゼクティブセミナー」には、このような動きに敏感な流通サービス関連業のキーパーソンが集った。まず、参加者の声を紹介しよう。

「今日現在、お客さまが安く感じる、最適な価格はいくらかというプライシングについて日々悩んでいるところ。こうした業務における先進テクノロジーの活用を模索しています」(小売業)

「デジタルマーケティングやIoT関連の取り組みが進んできた中で、メーカーとしてはどのような形でお客さまとの接点をつくっていけばいいのか。非常に興味を持っています」(食品メーカー)

「チャットを使った接客にWatsonを活用できるのではないか。」(アパレル)

「コールセンター業務でも可能性は大きいでしょう。Watsonの力を借りて何ができるか、いろいろと考えているところです」(運輸業)

このように、日本の流通サービス業におけるWatsonへの期待は確実に高まっており、企業の実務への本格活用は実用段階に入っている。

コグニティブ・コンピューティングには、小売業界を根本的に変革する潜在性がある

Watsonによる顧客体験の創出、
専門知識を要する業務での活用も

消費者と向きあう企業は、なぜWatsonに注目しているのだろうか。IBMのスティーブ・ラフリン氏はこう説明する。

「企業が顧客に対してサービスを提供する際、3つのポイントの重要性が高まっています。第1に、テクノロジーによってパーソナライズされた体験を提供すること。それはすでに可能であり、先進事例も増えています。第2に、商品やサービスの差別化。第3に、イノベーションのペースを上げることです。こうした取り組みに積極的な企業から、Watsonは大きな関心を集めています」

そして、米国のあるデパートにおけるWatson活用事例を紹介する。

「たとえば、デパートを訪れた買い物客の洋服選び。顧客とのやり取りを通じて、Watsonは本人の嗜好などを学びながら『では、このドレスはどうですか。この靴なら似合いますよ』などと提案します。こうした取り組みの結果、売上が10%増えたとのことです」

また、Watsonは業務効率化の分野でも活用されている。代表的なケースがコールセンターだろう。膨大なマニュアル類や商品情報などを読み込んだうえで、Watsonは顧客の状況を把握した応対を実現する。Watsonによって半分、あるいは7割の業務を自動化できれば、人間はより高度な仕事に集中できる。類似の取り組みは、高度な専門知識を要する保険の支払審査でも行われていると、日本IBMのGBS事業 コグニティブビジネス推進室 室長の中山裕之氏はいう。

「ある保険会社は、保険の支払審査にWatsonを活用しようとしています。同社には年間200万件の保険の請求があります。従来はその2割程度を自動化していたそうですが、8割は人手に頼っていました。そこにWatsonを導入することで、9割程度の自動化が視野に入ってきました。このシステムは、来年早々に動き始める予定と聞いています」

データとデータの関係を分析するのもWatsonの得意な分野だ。ある商品の売上に最も影響を及ぼす要因が何かを知っていれば、店舗の品揃えも変わってくるはずだ。IBMのグローバル・コグニティブ・アナリティクスのリーダー、グレン・フィンチ氏は具体例を挙げながら示す。

「多様なデータを分析することでさまざまなことが見えてきます。たとえば、シンガポールにおいて、アイスクリーム店の売上を最も大きく左右するのはロケーションです。米国のスーパーなどでは、6インチ以上の雪が積もった日にストロベリー味のポップタルトがすごい勢いで売れています。多少値段が高くても消費者は気にしません。もし、あなたが自社の商品やサービスが売れる要因を知っていたら、大きなアドバンテージが得られるはずです」

小さな成功を社内に見せる
「決定的瞬間」を引き寄せる

データ間の相関については、現場のマネージャーが経験的に知っていることも多い。ただ、最新のテクノロジーを使えば、思わぬ相関関係をあぶりだすことができる。それをいち早く知って手を打てば大きな成果につながる。

「企業内にはすでに多様なデータが蓄積されています。さらに、センサーがあらゆる機器に搭載され、ウエアラブルデバイスなども普及してきました。こうした多種多様なデータを解析することで、埋もれたインサイトを掘り起こすことも可能です」と日本IBM コグニティブ・ソリューション事業部 流通業担当リーダーの高井良輔氏はいう。

以上が本セミナーの第一部だが、第二部は「エグゼクティブラウンドテーブル」と題して、現場の課題に即したディスカッションが行われた。さまざまなテーマが話し合われたが、ここでは1つのやり取りを紹介する。

ある流通企業の役員は、流通業でのWatson導入の効果についてこう話す。

「今、流通業では人手不足という環境に加え、属人的なノウハウの継承という課題もあります。こうした人手不足・ノウハウの継承という面でWatsonのような人工知能の導入効果があると考えています。また、新商品開発で食材やレシピに関するデータをWatsonに投入すれば、新しいメニュー開発ができる「シェフ・ワトソン」も導入効果が認められるユースケースと思います」

この「シェフ・ワトソン」とは、数千種類のレシピ、食材の成分データなどを取り込みその提案に基づいてつくられた料理の評価データも入っている。

「どんな食材をどう組み合わせれば、どんな味になるのか。これは、料理に関する因果関係をモデル化したものということができます。このモデルを使って、逆向きの提案をすることも可能。たとえば、コリアン風の煮物がつくりたいとリクエストすれば、シェフ・ワトソンは『この食材をこうやって調理してはどうですか』と提案します」と高井氏。香料の調合や加工食品などの分野では、すでにシェフ・ワトソンが活躍しているという。

ラウンドテーブルに参加した企業は、データ活用の先進企業である。飲料メーカーの幹部は「当社の場合、CMOがデジタルに対して前向き。現場は自由にやらせてもらっています」と話す。

ただ、日本企業全体を見渡せば、経営者または社内の理解を得るために苦労している現場責任者も少なくない。では、どのように説得するか。企業によってアプローチは異なるが、王道は「小さな成功を見せること」ではないだろうか。

「Watson導入の成功例を振り返ってみると、あるときに決定的瞬間が訪れます。小さな変化が大きく育ち、誰もが『もっとやろう』と思うようになるのです」とラフリン氏。そんな決定的な瞬間をできるだけ早い段階で迎えることが重要。言い換えれば、Watsonへの学習用データの投入などで、ある程度の期間は我慢する必要があるかもしれない。しかし、その先には大きな可能性が広がっているはずだ。

なお、ラウンドテーブルに参加した日経BPヒット総合研究所 上席研究員の品田英雄は、次のようにコメントしている。

「ラウンドテーブルに参加して印象に残ったことは、“データは宝の山だ”ということです。これまではわからなかったことが可視化できる。これは単に機械的な数字ではなく、一人ひとりの顧客、お客さまを見ることによって新しい商品開発、新しいサービスに結びつく。デジタルマーケティングは“人に寄り添う”ことで新しいことがどんどん生まれていく、そんな気がしました」

実用段階に入った流通サービス業の人工知能活用は、大きな可能性を秘めている。それは、より消費者に寄り添ったものとなり、これまでのショッピングの常識を大きく変えたものになる。企業には、いち早くそこへ向けた発想の転換が求められる。

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