個客と共に商品開発し個客と共に
マーケティングを展開する

サッポロビール株式会社マーケティング開発部 ビジネス創出グループ シニアマネージャー 鈴木雄一氏

最初はビール愛好家とのコミュニティーづくり
デジタル・マーケティングをフル活用

明治初期に創業し、140年の歴史を持つサッポロビール。同社は酒類事業を通じて「楽しさ」や「喜び」「明日への活力」などの価値提供、さらには豊かな生活の実現に貢献することを目指している。

サッポロビールは近年、ソーシャルメディアを活用した新しいマーケティングにも積極的に取り組んでいる。中でもマーケティング関係者の注目を集めているのが「百人ビール・ラボ」である(図1)。このプロジェクトで中心的な役割を担ってきた同社の鈴木雄一氏は、取り組みの背景についてこう説明する。

百人ビール・ラボ(www.sapporobeer.jp/100beer/

「従来のビール業界ではマス広告を展開したうえで労力をかけて店頭をつくり込むといった手法が一般的でした。当然、相当の費用がかかります。別のやり方もあるのではないかという課題意識をベースに、経営戦略の一環として、小さく生んで大きく育てるという新しいモデルに挑戦することになりました」

こうしてトップダウンのミッションとして百人ビール・ラボがスタートした。担当役員のもとに編成された社内横断プロジェクトのテーマは大きく2つ。新しい顧客体験価値の創造、メーカー発想ではない新しいビジネスモデルの創造である。自前主義にこだわるのではなく、社外のナレッジや技術を活用するオープンイノベーションの考え方が取り入れられた。

「プロジェクトメンバーにはiPadを配布し、SNS(交流サイト)を実体験してもらいました。SNSは社外の制作会社、広告会社とのやり取りにも活用しました」と鈴木氏は言う。

対象をサッポロビールファンに限定せず、ビール愛好家が集うファンコミュニティーという位置づけで2012年8月、百人ビール・ラボのWebサイトが開設された。第1弾の企画は新しいビールの開発だった。

「ビールの製造や販売は法的に規制されています。愛好家にとっても非日常なので、イベントとして盛り上がるのではないかと思いました」と鈴木氏。こうした取り組みには一部技術の公開を伴うことから、社内には反対意見もあったようだ。プロジェクトメンバーはそんな関係者を説得し、開発部門の納得を得て第1弾がスタートした。

Facebook上で延べ1万人の愛好家と企画した
ビール「百人のキセキ」
そのマーケティング戦略はお客様による総選挙で決定

2012年に始まったコ・クリエーションの取り組みは、スピンアウト企画を生みながら現在まで続いている(図2)。

(図2)百人ビール・ラボの取り組み

初回となる第1弾では、百人ビール・ラボ内で週1回のLIVE会議を実施。約半年の間、Facebook上で毎週金曜日の夜に約90分のディスカッションを行った。会議の回数は18回。参加した愛好家は延べ1万人を超えたという。話し合われた議題はコンセプトづくりやビールの中身、ネーミング、デザインなど多岐にわたる。

こうして「百人のキセキ」が誕生する。2013年3月にネットで販売され、すぐに売り切れたという。その後、プロジェクトに参加した愛好家を招待したパーティーを、東京・恵比寿のヱビスビール記念館で開催。首都圏はもちろん、北海道や関西などからも参加した80人以上のファンは、サッポロビールで働く醸造のプロなどとも交流しつつ、ビール談議に花を咲かせた。

続く第2弾は前回の経験を生かしつつ、ファン層の間口を広げようと考えた。生まれた企画は「ビール開発総選挙」。開発部門がチェコピルスナーやエールなど8種類の選択肢を提示したうえで、投票形式でビールのスペックを決めた。2013年7月に選抜選挙を実施し、3タイプの候補に絞り込んだうえで最終的に1つのタイプを選ぶ。こうして完成披露パーティーを開いた後、同年12月に「百人のキセキ~魅惑の黄金エール~」が発売された。

「サッポロ 百人のキセキ 魅惑の黄金エール」

第1弾と第2弾の企画を経て、社内でもプロジェクトへの注目は高まっていた。やがて営業企画部門から「百人のキセキを、家庭向けに販売しちゃいけないの?」と声がかかった。そして第3弾企画では、缶デザインを投票で決定したうえで「百人のキセキ~至福のブラウンエール~」が2014年8月に発売された。販売チャネルはコンビニなどに絞り、数量限定での販売だった。さらに、2015年5月には第4弾のビールが発売された。

こうして実績を積み重ねる中で、社内の仲間や味方は次第に増えていった。百人ビール・ラボの取り組みへの理解が広がる中で、プロジェクトは次のステップを模索した。

「ビール愛好家とのつながり、ビールを作る楽しみなどは残したまま、新たなトレンドづくりやリサーチ、従来の営業とは異なる手法の開発などができないかと考えました」と鈴木氏は話す。

ポイントは「コトづくり」
商品に依存しない顧客起点の新ビジネスモデルを創造せよ

第1~4弾の企画で生まれたビールが売り切れた段階で、プロジェクトは2015年に活動をいったん休止した。そして、プロジェクトの中で生まれたシーズは、他の商品と同じ通常プロセスに移管された。

「この段階で開発部門や営業企画部門にいったんタマを預けました。その際、『見込みがないならボツにしてほしい』と伝えました」と鈴木氏は言うが、社内での期待は大きく、プロジェクトは継続された。

こうして休止期間が終了して第5弾企画がスタート。その際、「日本一笑顔になれるビール」を開発するバーチャルカンパニーとして、百人ビール・ラボ社が設立された。オンライン上での会議やビール原料について勉強するツアーなどを経て、およそ半年をかけてビールを開発。その成果である「カンパイエール」は、今年8月に主要コンビニやオンラインショップなどで販売開始した。

SNSを活用したサッポロビールのチャレンジは、多くのビール愛好家を集め、新しい商品開発手法として注目された。ただ、鈴木氏にとって商品開発はあくまでサブテーマという位置づけだったようだ。

「メインのテーマは、新しい顧客体験をつくり出すこと。プロジェクトを通じて考えたことは『飲んでおいしいビール』ではなく、『ビールのある楽しい生活シーン』です。そのためのネタとして商品開発を活用しました」

鈴木氏はそれを「商品によらないビジネスモデル開発」と表現する。つまり、商品に依存しないビジネスにメーカーが挑戦したということ。こうしたコンセプトに沿って、プロジェクトでは「商品を売る」いう前提は取り払った。「人々がディズニーランドに遊びに行くような感覚でビール愛好家に楽しんでもらう。そして、愛好家と一緒に価値をつくっていこうと考えました」と鈴木氏は言う。

「モノからコトへ」は以前から叫ばれているフレーズだが、その実践は簡単ではない。サッポロビールは百人ビール・ラボによって成功事例をつくったが、その背景には「コト消費」に対する洞察がある。

「私自身、プロジェクトが始まる前には、徹底的にAKB48を研究しました。ジャパネットたかたの通販番組もよく見ました。今では、新日本プロレスを鋭意研究中です」

鈴木氏は幅広いビジネスに視野を広げてヒントを探し続ける。なぜここに人々が集まるのか、なぜここで人々は買うのか。それは、答えのない問いかもしれない。しかし、問い続けることで鈴木氏はコト消費の本質に迫ろうとしている。

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