第3章 - ルワンダ ICT立国編 : その2

僕たちは、スマホ1つで、国を変える。

エレベーターを降りると右手がファブラボ、左手がkラボ。どちらにも仕切りがなく、いつでも自由に行き来ができます。実際に両方の施設を活用している人たちも多いそうです。

パソコンの画面に向かっている1人の男性は何をしているのでしょう。

ホバークラフトの設計を行う若者を指導する山中専門家

「ホバークラフトをつくっているんです。水陸両用で、空中に浮いて移動する交通機関です。ルワンダは交通渋滞に悩まされ始めています。ホバークラフトが普及すれば、道路じゃないところでも移動ができるし、ある程度高度を保つことができれば、空中で立体交差も可能になります。いまは体重80kgくらいのひとならば、自由に宙を浮いて移動できるホバークラフトを目指しています。まずは3Dプリンターで実際に稼働する模型をつくってみようかと。設計図はYouTubeを検索して探してきました。さまざまな機械のつくり方は、ウェブで探せばたいがいのヒントが見つかるものです」

男性はファブラボについてこう語ります。

「ものづくりは、実際に試作品をつくってみないと、ほんとうにいいものが設計できたのかどうか判断がつかない。ルワンダ国内には満足な施設を持った工場などがほとんどないため、工業製品を自分たちでつくるのに適した環境ではなかった。でも、ファブラボのおかげで自分の設計したものを簡単に試作できるようになりました。僕はITよりはむしろものづくりをやりたいので、とてもありがたいです。いろいろな分野の人が出入りするので刺激も受けますし」

彼は、20歳。週に5日はこのファブラボに通い詰めていて、来年からは大学へ進むことが決まっています。こちらの質問にははにかんだように答えてくれました。

その隣に鎮座する3Dプリンターでは、何かを製作中の男性がいます。何をつくっているんでしょう。山中さんが解説します。

「彼はいま、スマートフォンのケースをプリント中です。夏休み期間中には、自分でドローンをつくろうとする野心的な高校生が毎日来ていました」

3Dプリンターを使ってさまざまなスマホケースを開発中の若者2人

「ルワンダの人は、物静かです」と山中さん。「慎重で、礼儀正しい。一方で、なかなか本音を話してくれず、失敗を恐れる傾向にあります。先ほども説明しましたが、ちょっと日本人に似ている。だから失敗してもかまわない環境を用意しないと起業ブームが起こりにくい。そこでk ラボやファブラボのような何回失敗してもオッケーな場をつくったのです」

3Dプリンターの周りにはさまざまな試作品が。ルワンダの観光の象徴であるゴリラの精密なモデルや、ファブラボの看板なども、こちらの3Dプリンターで製作したとのこと。こんな「実験室」があったら、デザイナーの私としては通い詰めて何か作品をつくりたくなっちゃいます。

次に、ルワンダで起業家を次々と生んでいるkラボのオフィスに入ってみましょう。

ルワンダの起業家が生まれるk ラボは出入り自由

ファブラボの真向かいにあります。扉もないのでそのまますたすた入っていくと、いくつも用意されたソファや椅子に座ったたくさんの若者たちが、ノートブックパソコンを膝に乗せてディスプレイとにらめっこしています。

それだけ見ると、日本のネットカフェのよう。

「でしょう。たしかにインターネット使い放題で、飲み物も用意されているから、ネットカフェのようでもあるんですが、こちらは、明日のルワンダをつくる起業家の卵たちが集まって、日々議論しながら、アイデアをビジネスにしていく場なんです」(山中さん)

たしかに、隣の大型ディスプレイの前では、数人の若者が指差しながら議論を戦わせています。

k ラボのテーブルは常に研究中の若者で占拠されている

では、kラボで実際にビジネスを立ち上げた若者たちにインタビューしてみましょう。

* * *

「子供向け学習用なぞなぞソフト」をつくった
アーノルド君

1人目はアーノルド君。

将来は「人々の生活を変えるようなプロダクトを世に届けたい」という彼は25歳、『sakwasakwa』(サクワサクワ)というアプリを、このk ラボで開発しました。

—これ、何のアプリですか?

歴史教育アプリです。『sakwasakwa』(サクワサクワ)とはルワンダ語で「なぞなぞ」という意味。三択のクイズがたくさん出てきます。内容はというとルワンダの歴史です。ルワンダは複雑な歴史を負っている国です。一方、内戦の影響もあって、公教育が一時ストップした時代がありました。そこで、ルワンダの歴史を遊びながら気軽に学ぶことができる、エデュテイメントアプリができないかと思い、開発したのが、この『sakwasakwa』です。友人たちに試してもらいましたが、好評です。まずは無料アプリとしてローンチし、ルワンダの子供たちや学校などで教育利用してほしいですね。

—ちょっとやってみてもいいですか?…あ、ルワンダ語なんですね。ごめんなさい、わからないんです。英語版はありますか?

ルワンダは、ルワンダ語の他にフランス語が公用語でした。英語が公用語になったのは2008年と最近なんです。サメジマさんのような海外の人にもルワンダの歴史を知ってほしいですから、いずれ英語版もつくりたいですね。このアプリが好評だったら、さまざまな分野の学習アプリを開発したいと思っています。

子供向けの教育用なぞなぞアプリを開発したアーノルド君

モバイルで気軽に決済可能なアプリを開発した
パトリック君

2人目はパトリック君、22歳。

16歳の頃からプログラミングを学んでいたパトリック君が開発したのは『VugaPay』(ヴガペイ)です。

—どんなアプリですか?

モバイルで気軽に決済ができるアプリです。いまルワンダでは、モバイルペイメントサービスがいくつも立ち上がっています。それぞれのサービスを横断的に使えるアプリがこの『VugaPay』です。

ご存知かと思いますが、アフリカではモバイルでの決済が発達し、多くの国で現金払いよりも一般的な支払い方法となってきています。ケニアのMペサが有名ですよね。現金を持っていなくても、クレジットカードを持っていなくても、自分の口座から気軽にお金を取引相手に送金できるモバイル決済の仕組みは、Mペサが2007年に登場してから、アフリカ各地で急速に普及しています。

ルワンダでも、モバイルペイメントサービスはいくつも登場しています。

街中に赤いビブスを着た運転手が乗ったバイクがたくさん走っているのをご覧になりましたか。田舎に行くと自転車で同じ光景が見られます。あれは、みんな「タクシー」なんです。彼らのビブスの背中には所属先のタクシー運転手協会の名称、アドレスが書いてあります。バイクタクシーに自転車タクシー。たとえばこうしたバイクタクシーに乗ったときの支払いも、いまはモバイルペイメントで乗客から運転手に支払われます。現金を介さないから、物騒な目に遭うこともありません。

ただ、あまりにたくさんのモバイルペイサービスが同時期に立ち上がったために、異なるサービスに加入していると、お互い支払いと受け取りができないケースが出てきました。僕の開発した『VugaPay』は、その不便を一掃します。

このアプリを介せば、異なるモバイルペイを使っていても、決済が可能になるんです。ルワンダはもちろん、ケニアやウガンダでも利用できます。アフリカではモバイルペイが決済手段の主流になるはずで、各国でどんどん独自のサービスが生まれるでしょう。

それらのサービスすべてを網羅できれば、『VugaPay』はアフリカ人必携のアプリになるはずです。

そもそもケニアのMペサだって、最初に開発したのはケニアの学生ですからね。僕も負けてはいられないです。

バイクタクシーを「ウーバー」のように利用できる。
モバイルサービスを開発したパトリック君

パトリック君の開発したアプリは、モバイル決済が主流となるアフリカにおいて大きな可能性を秘めている、ということがよくわかりました。アフリカでは、国境はあれど、こうしたサービスが国境を超えて活用されるケースが多いのです。国の規模が小さなルワンダ発のICTビジネスは、彼の発想のように国の枠を飛び越え、アフリカ全体を見据えたモデルが主流になるのかもしれません。

ハイネケンビールの在庫を管理!
ジャン君

3人目のジャン君が開発したのは『TorQue』(トルク)。

—こちらはどんなシステムでしょう?

ルワンダ国内で流通するハイネケン社のビールの販売管理に使われています。ルワンダでは、POSデータを活用した商品管理が流通の現場で普及していないため、小売店に商品を卸す企業は、在庫管理に苦慮していました。あるお店では欠品して、あるお店では在庫がだぶついて、という具合に、販売機会を失ったり、在庫管理コストが積み上がったり、ということが日常茶飯事だったのです。

そこで、ハイネケンと組み、同社のビールの販売管理が気軽にスマートフォンでチェックできる仕組みをつくりました。リアルタイムの売り上げはもちろん、より正確な在庫管理などができるようになり、適切なタイミングで適切な数のビールを小売店や飲食店に卸せるようになったのです。

ルワンダでの成功を受けて、ハイネケンでは人口1億7000万人、アフリカ最大の人口を誇るナイジェリアでも、このシステムの導入を検討しています。ナイジェリアではルワンダの10倍のハイネケンビールが消費されているだけに、販売管理が精緻になれば、ハイネケンとしては、売り上げも利益もさらに向上する、というわけです。5年以内に、アフリカ全土でこのシステムが利用されることを願っています。アフリカでは、どの国でもまだ商品の販売管理がちゃんとできていませんからね。ビジネスチャンスだらけです。

ハイネケンの在庫管理ソフトをつくったジャン君

バス運賃の支払いを電子決済で! 
もう1人パトリック君

4人目はもう1人のパトリック君、25歳。彼はなんと、公共バスの運賃の支払いを電子化するという、国家レベルで取り組むような事業を、自ら立ち上げたベンチャー会社で実現しました。いまやユーザー数は20万人を超えているそうです。

—どんなサービスですか?

首都キガリを走る公共バスに専用の接触式の端末を装備し、それに専用の電子決済カードをタッチすると、キャッシュレスでバスの運賃を支払うことができるサービスです。

—なんと!日本のSuicaと同じようなサービスですね。

日本にも似たようなサービスがあるんですね。もともと、学生時代に通学用に使っていたバスがしょっちゅう遅れることに悩まされていたのがビジネスの発端でした。なぜ、バスの運行が遅れるのか。それは、乗客が現金で支払いをしていたので、お釣りのやり取りなどに時間がかかるせいでした。

運賃支払いを簡素化すればそれらの問題は解消され、バスの遅延も起きないはず。そこで思いついたのがプリペイドカードの利用です。幸い、ルワンダでは誰も手を付けていなかったビジネスだったので、バス会社と協力しながら、このサービスをスタートすることができました。現在はキガリを走る公共バスすべてがこのサービスに対応しています。

アフリカ諸国はいずれも公共交通をバスに頼っているため、今後はルワンダ国外でも市場拡大が見込まれます。最終的には、アフリカ大陸を超えて、バス運賃の電子決済サービスが普及していない国に進出したいですね。

パトリック君のこの取り組みはCNNでも取材され、ビデオで公開されています。

この映像を見ると、Suicaのようなサービスであることがよくわかります。

それからこのビデオでわかるもうひとつの事実、それはルワンダのバスでは高速のWi-Fiが無料で使えるということ。このため、多くの人がバスの中でスマートフォンやタブレットを開き、ウェブサービスを利用しています。2016年2月、キガリ市内の500台近い公共バスで4G経由のインターネットが無料でWi-Fi接続できるようになり、バスはキガリ市民にとって、「移動するネットカフェ」となりました。これは、キガリをインターネット先端都市にする「スマート・キガリ・イニシアティブ」運動の一環だそうです。

バスで無料Wi-Fiが使い放題。そんな国はなかなかありません。日本のバスにも備えてほしいサービスです。

バスの運賃支払いを電子決済できる仕組みを開発した
もう1人のパトリック君

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kラボがオープンして4年目。次々と新しいビジネスが、ルワンダ人自らの手で生まれつつあるのがわかりました。山中さんは言います。

「彼らはみんな20代。内戦が22年前ですから、あの大虐殺をほとんど覚えていない、いわば“戦後生まれ”ともいえる世代なんですね。いい意味で過去の悲劇を背負い過ぎず、素直に新しいテクノロジーを吸収し、未来のルワンダを背負って立とうとしています。そしてルワンダ政府やキガリ市、そしてルワンダの企業が、こうした若者たちの起業に全面協力をしています。公共バスの電子決済サービスを一介の若者がつくったシステムに担わせる、というのはその象徴です。日本ではちょっと考えられないですよね。ルワンダがいかに国を挙げてICTに取り組み、ICT立国を目指しているか、よくわかっていただけたと思います」