アフリカの農業ビジネスの礎となった男、
佐藤芳之さんに、訊く!

今回のルワンダの農業ビジネスで、まだ登場していない大物がいます。佐藤芳之さん。
佐藤さんは、77歳。宮城県出身で大学卒業後にガーナの大学院へ進学し、1960年代からケニアの日系企業で働いた後に、鉛筆の製造をする会社をケニアで起業しました。

佐藤芳之さんを知らないアフリカ在住日本人はもぐりだと思う

1974年には、ケニアでマカデミアナッツを販売するケニアナッツカンパニーをJICAの支援も得ながら立ち上げ、大成功を収めました。ところが、世界で3本の指に入るナッツ会社に育て上げたケニアナッツカンパニーを、2008年に現地スタッフにタダ同然で譲渡。自身はルワンダで公衆衛生改善のための会社を新たに立ち上げ、その傍らで、アフリカでビジネスをしようとしている若者たちを応援しています

実は、私も佐藤さんを心のメンターとして慕うひとりです。

ルワンダ農業編の最後に、ミスター・アフリカビジネス、佐藤さんにインタビューをしました。

—以前、「アフリカでどんなビジネスが求められるでしょう?」とお聞きしたら、「形あるものをつくることが大事」とおっしゃっていただきました。大切な言葉として今も時々思い出していますが、この言葉の本質はどこにあるのですか。

「タンジブル(tangible)という言葉があるでしょう。触れて確認できるもの。特にアフリカのようなところでは、手で触れて感じられるものが本物だと思うんですよ。僕も田舎育ちで親父が鉄工所をやっていたから、つくったもので語るのが、一番メッセージ性が強いと思っているんです。日本は、タンジブルなものをつくってきたから繁栄して今があると思っています。お金を集めてあっちこっち転がすようなビジネスではなく、いい車、いい機械や道具をつくって売るビジネス。そういうものは、使うお客様も気持ちいい。

言葉がなくても物が良ければ人は信頼して、受け入れてくれます。そういう感覚こそが、日本とアフリカをつなぐツールだと思うんですよ。現地語はもちろん、英語やフランス語もろくにしゃべれない日本人が、アフリカで存在感を示すには、自分の手を動かして、タンジブルなものをつくる、タンジブルなものを伝承する。僕の手がけてきたマカデミアナッツだったら『おいしい』という感動を、鮫島さんが手がけているバッグだったら『美しくて使いやすい』というタンジブルな感想を、消費者に渡すことができます。メッセージとしても一番強力です。逆に、今の日本は、そういうものから離れすぎているかもしれませんね」

—JICAとのお付き合いも長年にわたっていますね。

「ええ。1974年にケニアナッツカンパニーを創業したときも、JICAのお世話になりました。現在のルワンダで行っている各種農業ビジネスもいろいろなかたちでJICAとタッグを組んでいます。そのうえで僕の希望を言うと、従来の『援助』ではなく『ビジネス支援』の観点で国際協力に取り組んでほしい。民間企業支援をお願いしたい。ルワンダ、またアフリカの他の国でも、その発展のために現地で汗を流しているのは、若い日本人たちです。彼ら彼女らを応援することがアフリカの発展につながります」

農園でマカデミアナッツの出来具合を確かめる佐藤さん

—ルワンダではいくつものビジネスを手がけられていますが、最初に設立したのは2008年の公衆衛生事業でしたね。

「日本の伝統的発酵技術を用いた微生物資材です。有機物を分解する微生物の力によって、例えば公衆衛生としてトイレや排水の処理に利用して頂き、国の発展とともに工場や商業施設も増えたことで、排水処理用途もあり、ルワンダでは特に学校や病院などの公共施設のトイレ消臭・排水処理用途を中心に広く使われています。」

—ケニアが長かった佐藤さんにとって、ルワンダの印象はいかがでしたか。

「すべてがびしっと整った優等生ですね。人も穏やかで、街は美しい。アフリカはそれぞれの国が個性豊かでみんな異なる。そこが面白い。映画『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーン演じるアン王女は、ラストシーンで、ひとときを共にした記者のグレゴリー・ペックの質問に、どこの都市も良かったけれど(あなたと一緒だった)ローマが一番と言いました。僕の場合、アフリカのどの国が一番なのか、いまだに迷います。ケニアなのか、ガーナなのか、ルワンダなのか。そのくらい、どの国も魅力的なんです」

—佐藤さんは、30年間かけて育て上げ、大成功を収めたケニアナッツカンパニーを、タダ同然で現地のスタッフに譲られたそうですね。

「アフリカへは、鞄ひとつで来たんです。まさに裸一貫でした。裸で来たんだから、帰るときも裸でいいじゃないか、と思ったんですね。もちろん最初は、儲けに来たんですよ。ただ、30年経って気づいたのは、僕がやりたかったのは金儲けじゃなく、産業を新たにつくることだったってこと。いまもそうです。だったら、ケニアナッツカンパニーはケニアの人たちに差し上げて、ゼロから新しいビジネスを、ルワンダという若い国で展開したほうがずっと面白い」

—ルワンダのマカデミアナッツ事業も支援されていますね。

「ケニアナッツカンパニーで育てたマカデミアナッツの仕事は、僕にとってはやはりライフワークなんですね。ルワンダでも、事業ではなく、『産業』を作っていくイメージなんです。たとえば、ケニアナッツカンパニーで働いていたケニア人が、ある日『佐藤がやっていることなんか、俺でもやれるんじゃないの』と独立して、ライバル企業を興す。昨日の味方が今日の敵、みたいですが、それでいいんです。

つまりケニアナッツカンパニーが1つの事業ではなく、マカデミアナッツ産業の母体となる、ということなんですから。新しい産業をつくることができるならば、僕の会社や僕自身は、そんなに利益を得なくてもいい。それが、僕が学んできた起業の価値観なんです。会社は大きくなると官僚化して硬直化する。するとアイデアが枯渇する。すると意思決定ができなくなってしまう。だったらどんどん分裂させて、1つの母体から新しい会社を派生させていったほうが健全です」

—素晴らしいお考えだとは思うのですが、周囲の方の理解を得るにはどうしたらいいのでしょうか。投資家の方はそれで納得し、資金を出してくれるのでしょうか?

「それは投資家という存在を個別に見分ければいいだけの話です。つまり起業した人間と同じ志を持っている人に投資してもらえばいい。配当や短期的利益が欲しい投資家に投資してもらう必要は、僕の場合は、ない。一方、投資家には、ITバブルなどでたくさんもうけた人もいますが、そういう人たちの中には、若くしていきなり何十億円、何百億円というお金を手にして戸惑っている方もいます。『その良心の呵責(かしゃく)に耐えながら生きるのはつらいですよね』と話をすると、『そうですね』と言う人は必ずいるのです。その人たちは、リターンなんていつでもいいよ、むしろ、長期的にちゃんと形の見える成果を出してください、となる。そこでたとえば、マカデミアナッツ事業が大きくなって、現地に雇用が生まれ、人々の生活を変えることができたら、その投資家のお金は社会を回す生きたお金になるのです」

—80歳近くになっても、次々と起業に挑戦する佐藤さんの原動力は?

「僕はね、かっこいいことをやりたいんですよ。かっこつけたいんです。『お金はそんなにたくさん要らないよ』というのは、まあ、やせ我慢です。お金、もちろんあったほうがいい。でも、どっちがかっこいいかと考えると『要らない』というかっこよさを選んじゃう。かっこ悪いより、かっこいい方がいい、絶対に。かっこいいことをやり続けたい。それが僕の原動力ですね」

—佐藤さんは、私たちにとって希望の星です。経営コンサルタントや学者やいろいろな人が、ああしたらいいこうしたらいいと言うけれど、「やってみるとなかなかうまくいかないんですよ、あなたやってみたらどうですか」と思ってしまうことはあるんです。でも、佐藤さんに言われると、納得できます。なぜならば、誰よりも実践してきた方だから。

「人それぞれですから、みんな、持ち味を出してやればいいと思います。今度、アフリカ起業支援コンソーシアムという団体の立ち上げに参加しました。若い人がアフリカで起業するためのプラットフォームです。JICAも、我々がやっているのとは別の形で、ぜひ若き起業家たちを応援してほしい。たとえば、アフリカの人を日本に呼んで教育していますが、逆に日本人をアフリカに送って教育することもあっていい。互いに行ったり来たりするうちに、面白いプロジェクトが必ず立ち上がるはずです」

—佐藤さんのゴールはどこにあるんですか。

「ないですよ。あえて言えば死ぬときかな。ゴールなんかセットしたらそこで止まってしまうでしょう。疲れたら休めばいいし、元気になったらまたやればいいし、ゴールなんか設定しないでさらっといきましょう」

アフリカでビジネスを展開する日本の起業家たちにとって、佐藤芳之さんは、幾多の困難を乗り越えた真の先駆者。その先駆者が、いまだに軽々と次のステージへの挑戦を繰り返す。負けていられないですね。