パネルディスカッションの後半は、堀氏が発した「御手洗さんと梶屋さんが直面する大きな課題は、どうやって売っていくのか」ということではないかという質問を発端として展開していく。

 御手洗氏は、「売る努力をしなければならない時点ですでに負けているのではないか。むしろ課題はお客様に喜ばれるものをどう作るか。顧客視点での商品開発のほうが重要だと思います」と発言。

 これに対して安西氏は、「昔は品質が良くて、機能が良くて、適正な価格であればモノが売れた。次第にそれだけでは不十分だということになってきて、形や色、デザインが良くないと売れないといわれるようになった。さらにその次に重視されるようになったのは、製品にまつわる物語をどう伝えるかということだろう。現在は、御手洗さんがおっしゃったように、もう一度モノ自体に戻ってきている感じがする。ただ、良いものであっても、それが良い文脈の中にはまらないとなかなか売れないということはある」と付け加えた。

 堀氏は次に「製品にまつわる物語、文脈を重視するということは、より深く知られるということだろう。良いものを作りながら、同時に文脈をよく考えて周りに伝えていくことが重要になる。これに対してどう思うか」と勝尾氏に問いかけた。

 勝尾氏は、「良いものというのは、少し言葉を置き換えると市場が求めているものを作れるかどうかだと思う。東北には他にない特色のあるものを作れるところはたくさんある。だが、市場にうまくマッチするものが少ないのではないかとも感じている。文脈にうまくのるような製品をどうやって開発していくかが課題だと思う」と答えた。

 次に堀氏は梶屋氏に、「実際このシンポジウムには多くの企業経営者も参加されていて、日々売ることに対して悩んでいらっしゃる方も多いと思う。それは良いものができていないからなのか、それともマーケティングの問題なのか」と質問を投げかけた。

 梶屋氏の答えは次のようなものだ。「まず良いものを作ることだ。私の目標は、欲しくなるギターを作ることではなく、欲しくてたまらないギターを作ることです。東北のものを使っているから良い音がします、というのは強引な感じがして、実際、全国を回って本当に良い音が出る素材を探しました。そうしたところ、宮大工技能で1位になった人は陸前高田市の出身でした。また、日本で一番音が減衰しない金属は釜石市にありました。世界で一番の工業デザイナーを探したら山形県出身の奥山氏にたどり着きました。あまりにもデザインのレベルが高過ぎて、そのデザイン通り木を削れる会社を探したら、福島県にありました。ということで、本当に良いものを探し回った結果、そのすべてが東北にあったということなのです。これは、製品にまつわる物語、文脈という意味から説得力を高めることができたと確信しています」。

 パネルディスカッションのクロージングにあたり、堀氏はクチネリ氏に東北の復興の参考となるアドバイスを求めた。

 クチネリ氏の答えはこうだ。「まずは皆さんの土地を愛情を持ってきちんと元に戻してください。私はソロメオを再建するのに30年かけました。一番新しい劇場を造るのにも10年かけています。皆さんが互いに集えるような空間を整えていくこと、それには時間がかかるかもしれませんが、すべての源泉はそこにあるのです。重要なのは、この地に残り、東北をきちんと再生することです。そうすれば、10年、15年先に、きれいな空気に恵まれ、皆さんの住む気持ちの良い地域に外部から大勢の人々が来るようになります」。

 御手洗氏はクチネリ氏の話を受けて、次のような感想を述べた。「東北の企業がこれからより一層強くなったり、世界に認められるブランドを作るヒントが、クチネリさんのお話の中にたくさんあったと思います。そこから感じたのは次の3点です。まず1つ目は自分が住む地域に対して自信を持つこと。2つ目は市場に迎合するのではなく、本来自分がやるべき仕事をきちんと行い、市場の判断に任せること。3つ目は、クチネリさんのお話には直接出てきませんでしたが、地方の中小企業が価格決定権を持つことの大事さです」。

 梶屋氏は、「ソロメオという村で製品を作り、地域性を出しながらワールドワイドにビジネスを展開されているのを見ながら、地方のモノづくりが何も東京や大阪を経由する必要はないんだと感じました。逆に、クチネリ社の製品のストーリー性がとても奥深いのは地方だからこそというのを強く感じ、そうした魅力的な製品づくりをしたいと思いました」と新たな決意を表明した。

最後にもう一度、クチネリ氏の言葉を引用して、この報告を終わりたい。

 「私が最初に日本に来たときに、売れたのはたった150着でした。周りの人たちからは、たった150着のニットを売るために、わざわざ日本に来たのかと言われました。150着でもいい方でして、最初にロシアに出向いたときには1着も売れなかったのですよ。このビジネスを始めた当時、私はまだ27~28歳でしたが、毎日自分がやっていることに満足していました。若い時に小さな工場から始めればいいのです。そして、自分の生み出す製品に正しい値段を付けて売ってください。その製品を生み出すために働いてくれた人々に対し、その労働に見合った正しい対価を支払うという、人類にとっての大きな課題があるのですから。利益と対価、それがうまく結びつくかどうかが鍵です」

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セッショナブルの梶屋陽介氏。ギターの企画・製造から販売までを一貫して行うという、業界では珍しいやり方で事業を進めている。販売はオンラインと実店舗の2本立てで、実店舗は先に仙台で稼動している。http://glide-guitar.jp/

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セッショナブルが開発したエレキギター。良い素材、良い技術を探し求めて全国を歩いた結果、すべて東北の素材や技術を使うことになった

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