気仙沼市とAPUの友好協定をもとに始まった地元企業へのインターンシップ。気仙沼を中心にコーヒーの焙煎事業と飲食店事業を展開するオノデラコーポレーションの小野寺靖忠専務取締役は、APUの国際学生に主力のアンカーコーヒーのマザーポート店で働いてもらいながら、気仙沼になかった「世界の食文化」の空気を気仙沼の人たちに伝えてほしい、と考えている。

知らない土地で働く、暮らす、混ざることって、最大の学びです。

気仙沼に来たのは今回が初めてです。気仙沼のオノデラコーポレーションさんが経営するアンカーコーヒーのマザーポート店で2週間インターンを務めました。コーヒーが主力のお店なので、コーヒーの淹れ方を1から教わり、カフェラテのフォームドミルクの上にコーヒーで絵を描くラテアートも伝授していただきました。滞在させていただいた小野寺さん家族とも忘れられないひと時を過ごすことができました。

私はタイのノンタブリーという町の出身です。中学の時、母と一緒に日本に旅行したのをきっかけに日本が好きになり、タイの高校ではなく、山梨県の高校に留学しました。

日本を好きになったのは、日本の皆さんが礼儀正しく、親切だったからです。高校を卒業したらタイに戻ることも考えていましたが、姉から「せっかく日本で高校に行ったんだから、大学も日本の大学に行って、日本文化と日本語をちゃんと自分のものにしなさい」と言われました。その姉に薦められたのがAPUだったのです。実は、姉も、大学に進学する際APUを考えていたみたいで、大学の特徴をよく知っていて、「ここは、日本の大学だけれど、英語で勉強ができて、同時に日本語やその他の言語も学ぶことが出来る。交換留学先だって世界中の大学から選べるから、APUから別の国の大学で勉強するチャンスがある、とてもグローバルな大学よ」って教えてくれて、私もすごく興味を持ちました。

入学すると、想像以上にたくさんの国々からこの大学に学びに来ているのにびっくりしました。それだけでなくて、APUに来ている人たちはとてもモチベーションが高く、自分から積極的にいろんな人とコミュニケーションをとろうとします。そして、新しいことにもどんどんチャレンジしています。そんな周りの人を見て、自分も頑張らなくては、という気持ちを持てるようになりました。そして、姉にも薦められていた交換留学に無事行けることになって、台湾の淡江大学に2回生の時に1年間留学しました。おかげで、専門知識だけでなく台湾の文化もより深く理解することができて、中国語も磨くことができました。

今回、気仙沼でインターンシップに参加することになったのも、食品関係の会社に興味があったことがきっかけでした。APUで就職活動の支援を行うキャリアオフィスのサイトにインターンシップを受け入れてくれる企業のリストがあって、そこでアンカーコーヒーの名前を見つけたのがきっかけだったんです。

インターンシップの期間は2週間。短いけれど実に濃い時間でした。飲食店ビジネスのいろはを全部経験させていただいたんです。マザーポート店はコーヒーと共にランチが売り物です。定番メニューは、ハンバーグとカレーなんですが、タイ人の私がインターンを務めているということで、タイ料理のランチメニューを急遽つくることになりました。

実は私自身、そんなに料理が得意だったわけじゃないんです。小野寺さんの奥さんと一緒に試行錯誤して、なんとかタイ料理をメニューにするところまでこぎつけました。少々不安だったのですが、気仙沼にはタイ料理専門店がないということで、珍しい!と意外に常連さんから好評をいただきました。

アンカーコーヒーはコーヒーが売り物ですから、バリスタとしてコーヒーの淹れ方、出し方、カフェラテにラテアートを描く方法を教わりました。もちろん接客もやりました。ラテアートは、初めて挑戦したんですが、これがけっこう難しくて、練習もしたんですけど、お客様に提供するためのOKはいただけませんでした(笑)。これも楽しい思い出です。

(左)ランチで提供したタイ料理。(右)がんばって練習したラテアート。

日本語のメニューを英語に翻訳して英語メニューをつくる作業も行いました。オノデラコーポレーションは気仙沼の魚介類を台湾など海外へ輸出しているのですが、その輸出で必要な資料を英語に翻訳しましたが、これがいちばん苦労しました。固有の魚介類の種の名前を翻訳するのがとにかく難しい。インターネットを頼りになんとかつくりあげました。

マザーポート店の店内は、明るく暖かく誰もが落ち着ける雰囲気。

気仙沼で過ごした2週間で一番楽しかったのは、小野寺さんのご自宅にホームステイさせていただいて、家族の方々と交流できたことです。3人の男の子たちには「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と懐かれて、小学校5年生の子にはタイ語を教えてあげたのですが、それを日記に書いてくれたりしました。おうちを去る時は正直つらかったです。

気仙沼高校に講演に行った時のことも、印象に残っています。タイのことやAPUのことをお話ししたのですが、生徒のみんながとても積極的に手を上げて質問してくれたのが、予想外でした。

漁港が世界につながっている気仙沼という土地柄か、外国に興味を持っている子が多いんですね。APUに入学したら海外でボランティアが出来る機会があるかと、質問した子がいたんです。まだ高校生なのに、しっかりしているなとびっくりしました。「ええ、もちろん!」と答えておきました。

今回のインターンシップでは、折に触れて、気仙沼の方々の心の強さを学ぶことがたくさんありました。2011年3月11日の大地震とその後の津波による被害は、気仙沼の皆さんにとって、とても辛い経験だと思うんです。

でも、ここの皆さんはそれを忘れないようにし、子供たちにもその記憶を伝え、私のように外からやってきた人間にも丁寧にお話をしてくださる。ホームステイ先の小野寺さんのおうちでもおじいちゃん、おばあちゃん、小野寺さん、おかあさんから、じっくりお話をうかがいました。

家族や友人知人の命が奪われ、家や会社を流され……。気仙沼の皆さんは、それでも地元に踏みとどまり、小野寺さんのように従業員のために早く会社を再建して、もっともっと発展しよう、と頑張っていらっしゃる。

インターンシップを通じて、少しでも気仙沼のお役に立ちたい、と思っていましたが、インターンシップの仕事が終わった今、気仙沼でお世話になったすべての人に、困難の乗り越え方を教わったことに気づきました。

APUに戻ったら、ぜひここでの経験を友人たちに話したい。そして、次なるインターンシップの機会にはもっと多くのAPUの学生たちに気仙沼を経験してほしいですね。

就職活動も始まるのですが、食品関係の企業を中心に応募するつもりです。APUに入学した時は、国連の職員になりたいと思って、平和学や国際関係の勉強をしました。でも今は、世界の人々を「食」でつなぐ仕事をしたいと思っています。それは、日本でホームシックになった時、タイ料理屋さんへ行ってご飯を食べたら、不思議と落ち着いたことや、今回の気仙沼でのインターンシップの経験があったからです。

気仙沼の皆さんに、タイ料理を提供することになった時、日本でタイ米はパサパサして美味しくないとか、ナンプラーやパクチーは独特の匂いが嫌いとか、タイ料理にあまり良いイメージをもっていない人が多いということを聞きました。だから、お店でタイ料理を出すのは不安だったんですが、注文してくれたお客さんはほとんど残さず食べてくれて、笑顔で美味しいって言ってくれました。

とても嬉しかったんです。それで、やっぱり「食」っていいなって思いました。それぞれ国や地域で異なる食文化があって、食に対する考え方や想いがある。それを美味しさからまず伝えて、食の楽しさや世界の食文化の面白さを知ってもらいたい。「食」で世界をつなげて、多くの人を笑顔にしたいです。

インターン学生が「家族」になって、地方を動かす。

2016年4月にAPUと気仙沼市が友好協定を結びました。互いの交流を通し、気仙沼という地方の持続的な発展や、グローバルに活躍できる人材の育成を促すのが目的です。

これから、ラグビーのワールドカップ開催やオリンピック開催を控えて、海外から日本にいらっしゃるお客様も増えると思いますし、政府もインバウンドに力を入れています。また震災復興を視野に入れれば、画一的なものではない、地域の特色を生かした街づくりも重要です。

そういうことを考えた時に、例えば九州など日本の西にある地域と比較すると、東北はまだ遅れているところがあると思います。APUとの協定を通して、いろんな気づきを得られるのではないかと期待しています。

弊社でインターンを受け入れるのを決めたのも、異文化と交わることに抵抗感がないオープンな文化をもっと地元に浸透させたかったからです。

気仙沼というのはもともと遠洋マグロ漁船の基地で、海外の港に行ったり、外国の船員さんと話をしたりといった経験を持つ方もいらっしゃいます。そういう土壌があって、仙台や東京を飛ばしていきなり海外と繋がっているという面もある。だから、別府から世界に直接繋がっているAPUと、似ているところがあると思うんです。

昨年の春に熊本地震の支援に行った時にAPUにも立ち寄り、なぜ熊本の支援に来たのかについて、講演をする機会をいただきました。

その時に驚いたのが、APUの学生は質問をする能力が高い、ということです。普通だとちょっと躊躇するようなことでも、ズバズバと切り込んで質問してくる。おそらく、多様な文化が混じり合った環境の中で生活しているので、日本の普通の社会のように暗黙の了解みたいなものが通用しないからでしょうね。

APUは2014年に日本政府が指定するスーパーグローバル大学のひとつに選ばれました。一方、地元の気仙沼高校はスーパーグローバルハイスクールに指定されております。

APUと気仙沼市が協定を結んだことで、今後、気仙沼高校のグローバル教育の一環として、さまざまな共同プロジェクトが考えられます。この春、気仙沼高校の生徒20人をAPUに迎え入れることが決まっています。地方のグローバル高校と地方のグローバル大学の交流から、先進的なグローバル教育が生まれる。とても面白いですよね。

インターンシップは単なる労働力ではなくて、これからも含めて相互の関係を築いていくきっかけでなければならないと私は考えています。学生たちが何か困ったことに直面した時に電話で相談できる相手が1人増える、そういう関係にしたいんです。

シリパットさんがインターンシップで滞在している間に、タイ料理を気仙沼の皆さんに食べてもらおうということで、レシピの開発を一緒にやりました。この店では週替わりのランチを出しているんですが、今回タイ料理のメニューを作ってタイウィークをやったら、地元の皆さんがすごく喜んでくださいました。ランチは過去最高に近い数が出たんです。

いろんな国の方々がうちの店にインターンシップに来てくれて、それぞれの国のレシピを作ってくれれば、気仙沼の人たちはいながらにしていろんな国の食を味わって、直接世界の国々と繋がることができます。

そのレシピをうちの店でアーカイブし、情報発信していけば、インターンシップに来てくれた子たちにとっても、単にここで2週間労働力を提供したということではなくて、自国の食文化を伝えて交流する役割を果たしたということが示せると思います。

うちのほうではいつでもAPUのインターンを迎え入れる用意ができています。各国のインターンがやってきて、お国自慢の料理をランチメニューとして一緒に開発し、うちの店のメニューとして追加されていく。毎月毎週APUの学生が開発した世界各国の料理をランチで食すことができる。九州の別府と東北の気仙沼をAPUのグローバルな学生たちが結び、混ぜる。その成果として、週替わりの国際ランチメニューが実現できたら楽しいですね。

今回、気仙沼ニッティングで受け入れた2人のインターンを含め、3人の学生は全員がうちの自宅にホームステイしました。うちは今どき珍しい三世代同居の大家族で、そこにタイ人、アメリカ人、日本人のAPU生が混ざったわけですが、受け入れた側が得ることの多い体験でした。

今後は今回の経験を踏まえ、インターンシップで気仙沼に来る子たちを優先的に気仙沼の家庭にホームステイさせるようなプログラムを作りたいですね。ホームステイすることによって、個人と個人のつながりができます。うちにホームステイした3人の子たちは、半分我が家の子のようなものです。

そんなつながりが、APUの学生たちと気仙沼の家庭の間でいくつもできあがったら、これが本当のグローバルコミュニケーションですし、このコミュニケーションからさまざまな地方を活かす新しいムーブメントも起きてくる、と思うんです。

アンカーコーヒー http://anchor2fullsail.shop-pro.jp/

混ぜる教育

APU開学までの経緯から、多文化環境で実践する独自カリキュラムの内容、企業から見たAPUなど、ユニークなAPUの魅力をあますことなく収録した一冊。巻末には、早くからAPUの「混ぜる教育」に注目してきた、糸井重里氏による解説も。さらに、電子書籍も好評発売中。

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