APUを選んだ娘
ずっと海外に憧れていた。高校3年生になる春、アメリカの大学を訪れて、自分には留学できるだけの語学力も目的もないことを思い知らされた。そんな時、父親が教えてくれた九州・別府の大学。それがAPUだった。3年過ごして実感している。90カ国・地域の学生たちと共に生活することで、より多様な文化、価値観に触れることができた。国際色豊かな環境であるAPUでの生活で、世界に目を向ける機会を得られたと感じている。

APUに送り出した父
証券会社で大学の財務基盤強化をサポートする仕事に携わった際、全国の大学を回るなか、在学生の半分が90カ国・地域から集まった外国人という、スーパーグローバルな大学、APUの存在を知った。海外留学を諦めた娘を目の前にした時、最初に思い浮かべたAPU。この大学なら、娘の未来にフィットするかも。

アメリカ留学を諦めた時、父が勧めてくれたのがAPUでした。

娘/太野充香子:今はアジア太平洋学部の3回生です。高校時代から海外にはずっと興味があり、いつかは行きたいな、住んでみたいな、という思いがありました。高校の時にアメリカのテキサス州オースティンに研修に行くプログラムに参加する機会を得て、その経験からやっぱり自分は海外に行きたいという思いが強くなりました。

さらに、高校3年生になる春、両親が「じゃあ実際にアメリカの大学を見に行ったら」と送り出してくれて、ボストンとニューヨークとカリフォルニアにあるいくつかの大学を訪問したんです。その時に英語力を含む自分の無力さを実感し、また何のために留学するのか、海外の大学で何を学びたいのか、という目的が明確にないことを思い知りました。

そこで、英語力を伸ばすとともに、自分の目標や、やりたいことを見つけてから、また海外に挑戦しようと思うようになりました。そんな時に、父がAPUのことを教えてくれたんです。

父/太野敦幸:私は十数年前から、勤め先の証券会社で公益法人の財務基盤をサポートする仕事に関わっていて、大学を担当するチームのリーダーをやっていました。仕事の関係で全国の大学を訪れているなかで、全く新しいコンセプトで徹底してグローバルな教育を目指すAPUの存在を知りました。

うちの娘は、高校生の時に、大学の進路を迷っていました。私はこんなアドバイスをしたんです。

「これからの日本では、海外の方々と交じり合っていく仕事がどんどん増えていく。だから進路を選ぶ時には、将来海外で働いたり国際関係の仕事に就いたりすることも普通の選択肢になる時代と考えておいたほうがいいかもね」

娘は、自分の考えをはっきり言う性格でした。日本の大学に進んでぼんやり4年間を過ごすより、自分の意見をぶつけ合うことができる海外の大学も選択肢としてはあるのではないか、と示唆したわけです。

私の友人にアメリカの大学関係者がいて、その友人に相談したところ、「まずはアメリカの大学を見学に来てみたら」ということになりました。娘もいろいろと興味を持って調べる中で「アメリカの大学に留学したい」と思い始めていたようで、その友人のアドバイスを得つつ、高校3年の春に東海岸と西海岸の幾つかの大学のキャンパスを訪問することになりました。ところが実際にキャンパスを回り、いろんな人のお話を伺う中で、娘自身、何の目的でアメリカの大学に行くのかをまだ見出せていないという事実に気づいたんですね。

留学そのものが目的になってしまっては本末転倒だし、そもそも語学力も足りない。本人がそう自覚した時、私が教えたのがAPUの存在でした。娘はすぐに母親と一緒にAPUのオープンキャンパスに行きました。

戻ってくるなり、「私、いろんなことを勉強したくなった! 世界の歴史のこと、文化のこと、国際情勢のこと、語学だけじゃなく、いろんなことを」と一気に喋り始めました。APUの魅力に取り憑かれたんでしょうね。

世界が激しく変化しています。だからこそ世界中の若者が裸で混ざり合うAPUでの経験は、宝物です。

娘/太野充香子:アメリカの大学を訪問して、「英語もできないし、このままでは留学なんて無理だ」と挫折感を味わっていました。帰国後、父とそんな話をした時に「APUって面白い大学があるぞ。一度見学に行ったらどう?」と教えてくれたんです。そこで興味を持って、高校3年の夏休みの終わりに開催されたAPUのオープンキャンパスに、母と2人で参加しました。

第一印象は、大学のキャンパスが活気に溢れている!ということでした。GASS(Global Admissions Student Staff)という、オープンキャンパスなどを運営している学生団体があるんですが、とても手際が良くて、フレンドリー。APUに対する印象がぐっと上がり、というか、一目惚れのような感じになってしまい、帰る頃には「APUを受けよう」と決めていました。

家に帰って、オープンキャンパスの印象がとても良かったと父に話したら喜んでいました。もし、父がAPUの存在を教えてくれず、オープンキャンパスに来ていなかったら、この大学に入学することはなかったと思います。

通っていた高校は、静岡県三島市の大学附属校です。神奈川県小田原市から2時間近くかけて通っていました。系列の大学に進学したり、東京の別の大学を受験する同級生が大半。もともと附属の大学にそのまま進学することに意味を見出せず、大学進学ということに抵抗がありました。理由は、大学という場所が、何かを学びたいという目的がはっきりしている人が通う場所であると考えていたからです。そのため、高校入学当初から、系列大学への進学が強く意識される附属校ならではのシステムに疑問を抱き、そのまま系列の大学に進学するという気持ちは一切ありませんでした。

APUにはAO入試で入りました。小学校5年生の時からずっとバスケットボールをやっていて、高校でもバスケ中心の生活でした。中学生の時は部長、高校生の時はゲームキャプテンを務めていました。AO入試の面接の時にはリーダーシップや責任のある行動がとれる、ということをアピールし、なんとか合格できました。

父/太野敦幸:私がAPUのキャンパスを訪れたのは、娘の入学が決まって父母向けのオリエンテーションが開かれた時が最初です。うわさ通り、国際学生や日本の学生という考えを超越した世界が広がっていました。同世代の知的好奇心のあふれた若者同士が、活き活きとしたキャンパスライフを送っていることが自然と伝わってきました。それと地域の方に大学が受け入れられている。APUの学生は積極的だし、地域の方々からも応援してくれていることが驚きでした。

仕事で日本全国のさまざまな大学を訪れる機会がありました。「グローバル」や「国際関係」を標榜する大学はいくつもありました。一方で、ここまで地域に密着して、学生たちが溶け込んでいるところはあまりなかったんです。

実際に大学と別府市内を訪れてわかったのは、別府の地元の皆さんが、APUという新参の大学と学生とを受け入れるだけではなく、「地域の誇り」とさえ思い始めているということでした。学生の半分が外国人で、しかも90カ国・地域から集まっている。超グローバルなAPUが、別府という地域に見事に受け入れられていたんです。

学生たちも、積極的に地域に混ざろうとしていました。地元のお店でアルバイトをし、多言語の観光マップをつくったり、地元の小・中学生むけに国際交流や英語の授業を行ったり。昨年、熊本県で起きた震災のあとも、学生たちがいち早く募金活動を行ったり、大分県内の避難所でもボランティアに携わり、リーダーシップを発揮したりと話題になったのもその一つ。

大学が、そして学生たちが、積極的に地域と関わり、地域と混ざる。そんな大学は、私の知る限り、稀有です。

私は、4年間山形に単身赴任をしたことがあります。山形の庄内地方の小さな町にバイオテクノロジーの最先端の研究所があって、地域の文化や食生活や生活様式を体験するというカリキュラムがあるんですね。そちらの先生がおっしゃるには、地域の歴史や文化や風習みたいなものときちんと交わることによって、豊かな発想や最先端のアイデアが生まれるというんです。

その意味で、APUとAPUの学生たちは、別府という場所と混ざることで、自分たちが想像もしなかった新しい価値を生みだしつつあるのではないでしょうか。

今は世界中の国々が少し内向きになってきています。そんな中、APUでは国際学生も日本の学生もひとつのキャンパスで生活を共にし、国家間の利害関係がないところで互いに交わり、多様な文化や風習や気質を肌身で感じることができます。

これはとても重要な体験です。国際情勢が複雑になっている時代だからこそ、APUで何年間かを一緒に過ごした「仲間たち」の地球規模のネットワークは、非常に価値のあるものです。

世界中の学生たちを受け入れているAPUに進学したい、という優秀な若者がますます増えるのではないでしょうか? 究極の多様性を実現している、世界をリードする大学として、APUの存在はこれからもっともっと大きくなると思います。

学生時代に生活を共にしたさまざまな国の若者たちが、将来ビジネスや政治の表舞台に上がった時を想像してみてください。互いの国を知らない政治家やビジネスパーソン同士が対峙するのとはまったく次元の異なるコミュニケーションがとれるはずです。APUの卒業生たちはそれができます。世界を舞台に仕事をするうえで、実に大きなアドバンテージだと思います。

娘の今の最大関心テーマが「幸福」。
私の勤める会社の研修テーマと同じでした。

娘/太野充香子:APUでは、ZEROというアフリカについて知識を深め、その過程の中で自己成長を目的とするサークルに入っているのですが、プレゼンテーションする力や、ものを調べる力が少しは向上したと思います。ZEROのメンバーは、アフリカの紛争のことや教育のことにいたるまで、それぞれがアフリカについて興味を持ったことについて調べています。私はアフリカの文化に興味があったので、宗教や民族や歴史などについて勉強している最中です。

昨年(2016年)の夏にはルワンダとタンザニアにも行きました。ルワンダに行ったのは、APUの国際関係の授業がきっかけです。そこで私は初めて過去にルワンダで大量虐殺があったことを知りました。なぜそのような悲劇が起きてしまったのか、ルワンダの現状はどのようなものなのか、ということを実際にこの目で確かめたくてルワンダへの渡航を決めました。実際訪れたルワンダの首都キガリは、過去の歴史を感じさせないほどの、本当に美しい町でした。清潔で緑豊かで人々は穏やかで、好きになったと同時に、本当に虐殺があったのか疑問を抱くほどでした。

そのあと、タンザニアに移動して現地で出会った日本人のホテル経営者の女性と親しくなり、私たちの渡航についての話をしている中で、ルワンダ虐殺について彼女の友人(ルワンダ人)の経験を話してくれました。話の中で「大虐殺から20年あまりたったけれど、目に見えない傷跡はルワンダの人々の心の中に残っているんだよね」とうかがい、ちょっと訪れたり、勉強しただけでは理解することができないアフリカの深い歴史や民族、文化の複雑さを身に染みて感じることができました。

アフリカの文化に惹かれ3回生の夏にタンザニアへ

今、自分の将来の仕事として興味があるのは、子供の活力や能力を引き出す手伝いのようなことができないか、ということです。どんな仕事がいいだろうかと考えているのですが、やっぱり教育関係なのかな、と。

7歳離れた妹が、私の母校でもある小学校に通っていたのですが、その時に母校を訪ねて先生と話をしたり、授業風景を見学させていただいたりしたんです。改めて、子供たちが持っている美しい活力みたいなものを守る、伸ばすために何かできないだろうか、という気持ちが湧いてきました。

今年は就職活動の年なのですが、私自身は大学院に進学するつもりです。大学院はできればヨーロッパの国に行きたいと思っています。教育に興味があると話しましたが、「幸福」とか「希望」というテーマにも興味があって、卒業論文もこのテーマに即したものを執筆する予定です。調べていく過程で、国民の幸福度数が高い北欧の社会に興味を持つようになりました。そのような社会の中で生活、学習をしたいと考えています。進学という選択は、APUに入学する以前から目標としていた海外留学も大きく関わっています。将来のことはまだ決めていないのですが、学校教育の仕事に関わっていくことも一つの選択肢になっています。

1回生の時、APUの交換留学準備プログラム「スーパー留学コース(SRC)※」でマレーシアに研修で行き現地の大学生と交流
※2015年度よりBASE(Basic Academic Program for Oversea Education)に名称変更

父/太野敦幸:APUに入学してからの娘は、世界の他の国々はもとより日本の歴史や文化、政治や経済まで非常に高い関心を持つようになりました。以前はまったく興味を示さなかった分野です。

さらに、驚いたことがあります。娘が今、興味を持って勉強している領域と、私の勤める会社の社員研修で取り上げたテーマとが重なったのです。

娘は「人々の幸福とは何か」ということに興味を持ち、それに関する卒業論文を書きたいと話しています。「幸福」というと青臭く聞こえますが、実は世界のトップ企業のマネジメントでも今、先進的に注目を集めているテーマのひとつが「幸福」についてだというんです。

たとえば、アメリカのGEが、社員のマネジメントにおいて、無味乾燥な数値目標を使うのをやめて、社員が組織の中で、あるいは社会に対して、どんなプラスのインパクトを与えたのかのみに着目して評価をするようになっていると聞きました。グーグルやマイクロソフトも同じような動きを見せている。こうしたマネジメントの変化の底流に流れているのが、「人にとって幸福とは何か」「仕事で幸せになるとはどういうことか」「社員のモチベーションを高めて社会に寄与する企業には何が必要か」という、まさに「幸福」が1つの視座だというのです。

私の勤める会社の社員研修でも、社員にとって幸福な状態とは何か、どうすれば、社員は仕事にモチベーションを持てるのか、企業が社会を幸福にするとはどういうことか、について学ぶテーマが取り上げられました。

子供だと思っていた娘と、仕事の最先端の課題について一緒に語ることができるようになった。父親として素直に嬉しいですし、頼もしく思いますね。

APUは、その開学宣言にあるように、「世界各国・地域から未来を担う若者が集い、ともに学び、生活し、相互の文化や習慣を理解し合い、人類共通の目標を目指す知的創造の場」です。そして、こうした経験を惜しげもなく学生たちに提供してくれる大学です。

ただ、このAPU の魅力は、私自身もそうでしたが、実際に足を運ばないとなかなか伝えにくいところがあります。

APUの学生たちに会うと、彼らのプレゼンテーションのうまさに舌を巻きます。ただし、プレゼンのテクニックがある、というわけではないんです。彼らの学生生活が充実していて、刺激に満ちていて、自分たちで試行錯誤しながら行動している。つまり、自分たちの実践を言葉にできるから、説得力があるからなんですね。その「熱」は、やはりAPUのキャンパスや学生寮のAPハウスを訪れると実感できます。

APUは「百聞は一見にしかず」という場所です。とにかく興味を持たれた親御さん、学生さんはぜひ一度訪れてみてください。それがかつてAPUを受験した娘の親である私がお伝えしたいことです。

混ぜる教育

APU開学までの経緯から、多文化環境で実践する独自カリキュラムの内容、企業から見たAPUなど、ユニークなAPUの魅力をあますことなく収録した一冊。巻末には、早くからAPUの「混ぜる教育」に注目してきた、糸井重里氏による解説も。さらに、電子書籍も好評発売中。

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