アスリートに聞く Vol.1

二子山親方(元・大関雅山) 大相撲

ケガと闘いながら現役にこだわった土俵人生

 二子山親方(元・大関雅山)は2013年3月に現役を引退し、現在は藤島部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。20歳で大相撲の世界に入り、幕下付け出しでデビューした後、2場所で幕下を通過した雅山は、「平成の新怪物」と呼ばれ、初土俵からわずか12場所で大関に昇進した。

 横綱昇進も時間の問題かと思われたが、取組の際のケガと以前から抱えていた肩の故障に悩まされ、8場所で陥落。その後は苦しい土俵生活を送りながらも、35歳まで現役にこだわり続けた。今もなお記憶に残る力士として相撲ファンの脳裏に焼き付いている二子山親方に、現役時代を振り返ってもらうとともに、現役時代と引退後の健康管理について、さらに一般にはあまり知られていない、力士の健康管理の難しさについて聞いた。

「平成の新怪物」もケガに泣く時期を経て

——二子山親方は「平成の新怪物」と呼ばれ注目を集めましたね。

 私の師匠である藤島親方(元・大関武双山)が、「平成の怪物」といわれていて、その後、私が同じようなスピードで昇進したので、そのように呼ばれたのだと思います。昇進が早かったので、髪が伸びず、幕内力士となったときに大銀杏が結えなかったのですが、今スピード出世して同じように大銀杏が結えない遠藤関を見ていると、当時を思い出して懐かしく思います。

——初土俵からわずか12場所で大関に昇進するも、その後はケガで辛い時期がありました。

 場所中の取組で足首の靭帯を切るケガをして休場しました。それに加えて、大学時代から肩の骨が砕けて変形しているという故障を抱えていました。痛みをこらえて稽古を続けるうちに、麻痺して痛みも感じなくなっていたのですが、ちょうど足首のケガと同時期に、その痛みが強く出るようになっていたのです。すぐに手術が必要な状態と診断され、手術に踏み切りました。その結果、2001年9月場所の後半から休場し、その後も2場所休場を余儀なくされたのです。

——親方はもともとウエイトトレーニングを取り入れてこられたということですが、それはケガの予防やコンディション作りのためだったのでしょうか?

 私は身体を強く丈夫にするという意味で、ウエイトトレーニングには賛成ですが、トレーニングを開始する時期と内容については、いろいろ意見が分かれますね。相撲という競技では、やみくもに筋肉を鍛えればいいというものではないのです。柔らかい筋肉と硬い筋肉では、相撲の質が全く違ってくるといわれていて、相撲では柔らかい筋肉が求められます。筋肉の柔らかさを保つことで、当たったときの衝撃や相手の力を吸収することができ、それが自分をケガから守ることにもなるのです。これが相撲用語でいう「柔らかい相撲」です。

——親方はその「柔らかい相撲」が取れる力士であったと聞きますが。

 私はウエイトトレーニングをしても柔らかい筋肉を保つことができましたが、ウエイトトレーニングをすることで、柔らかい筋肉を失ってしまう力士もいますので、それぞれの身体の特性を見ながら行うことが大切だと思います。

 私の場合は柔らかい筋肉を保ちつつ上半身の柔らかさがありましたので、相撲用語で「いなす」というのですが、相手の力を吸収しつつ、その力をうまく他にそらすことで、相手が勝手に倒れてしまうというような相撲も取れたのだと思います。

相撲という競技の特性ゆえに多い病気も

——力士にはケガは付き物という感じですが、病気に関してはどうなのでしょうか?

 糖尿病になる力士が圧倒的に多いですね。身体を大きくする必要がある相撲という競技の特性から、糖尿病になって糖質制限、カロリー制限を求められると大変ですね。でも今はよい薬がありますので、治療をしながら続けている力士もいます。

 蜂窩織炎も力士にとても多い病気です。小さな傷から細菌が入り、膝下全体など、広い範囲が赤く硬くなって熱を持って腫れて、痛みが出るのです。土俵に素足で上がる相撲では、細かい擦り傷は日常茶飯事ですし、汗や熱で湿気を帯びる稽古場は細菌が好む環境でしょうから、力士には付き物ともいえる病気です。一番の予防は身体の状態を整えておくことでしょうね。疲れていたり弱っていると、抵抗力が落ちますので。

——親方はそういう病気はあったのですか?

 高血圧の薬は飲んでいましたが、その他の病気は特にありませんでしたね。糖尿病にもなりませんでした。でも、もともと尿酸値は高めだったのですが、引退の2日後に痛風が出てしまって。引退して、緊張の糸が切れたのでしょうかね。今も痛風には悩まされています。

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