アスリートに聞く Vol.5

葛西 紀明 選手 スキージャンプ(土屋ホームスキー部監督兼選手)

さらなる高みを目指し、終わらない挑戦

スキージャンプは風邪をひきやすいスポーツの第1位

——コンディション調整や体調維持で気をつけていることを教えてください。

 シーズン中は体重調整のために減量を行うので、食事には気を遣います。減量しながら体調も維持できるように、栄養のバランスを考えて野菜や果物を中心に炭水化物は減らし、タンパク質を多く摂っています。それでも体重が落ちなければ断食もします。精神的に研ぎ澄まされ、集中力を養うこともできますから、減量も精神修行と思ってやっています。

 減量中は食事制限が厳しくて食べられませんが、私はパンが好きで、海外遠征先では休日に美味しいパンを探して街を歩き回ったりします。試合が終わった日の夜は減量を解禁して、それを食べるのがささやかな楽しみですね。逆にシーズンオフは食べたい物を思い切り食べるようにしています。ただ、40歳を過ぎると体重が落ちづらくて(笑)。結婚してからは妻がバランスのよいヘルシーな食事をつくってくれますし、健康管理や体調維持にはとても助かっています。

——ケガや病気の治療で健康保険を使う機会はありますか。

 スキージャンプは風邪をひきやすいスポーツの第1位だそうです。減量の影響で体の免疫力も落ちるのだと思います。私も移動中はマスクを着用し、うがいや手洗いも欠かしませんが、それでも風邪や気管支炎になることがあります。市販薬にはドーピング違反の成分を含むものもあるため、薬は健康保険を使って必ず病院で処方してもらっています。また、競技の性質上、ケガの予防はなかなか難しく、負担がかかる腰や膝などのケガが多くなります。練習中のケガの一部は治療の対象になりますので、健康保険のお世話になる機会もたびたびです。

 いくら気をつけていても、ケガや病気はいつ起こるか分かりません。いざというときの安心感があるおかげで競技にも打ち込むことができます。もし健康保険制度がなければ、費用を支払えないから病院にかかれないということも起きるかもしれません。今後、高齢化が進めば病院を利用する人はさらに増えるでしょうし、ますますこの制度が重要になると思います。全ての世代の人々が協力して、この制度を守っていくことが大切なのだと感じます。

飛べなくなるまで、金メダルに挑戦し続ける

——長く現役選手として活躍できる要因はどこにあるのでしょう。

 一番のベースになっているのは、毎日続けているランニングです。持久力が付くし、減量もできる。小学生の頃は父親に強制的に走らされていたのですが、今は走ることが当たり前になっていて、楽しんでいます。いろいろ考えながら走るのでメンタルトレーニングにもなります。また、20代の頃にそれこそ「血へど」を吐くような練習をして、容赦なく体を鍛え抜いたのも大きいと思います。鍛えるべき時期に、しっかりとした土台をつくれたことが自信になっています。ジャンプは毎年のようにルールが改定されますが、変わるルールに対応するため、体やメンタルを鍛えたり、技術に磨きをかけたり、あれこれ挑戦するのも楽しいですね。

 そして、私の周りには応援してくれる家族や友人、知人、会社の人たちがたくさんいます。その人たちの支えのおかげで、大好きなジャンプを今日まで続けることができたのですから、恵まれていると感じます。だからこそ、期待に応えようとさらに頑張れるのだと思います。どんなに厳しい状況におかれたときも、引退を考えたことは一度もありません。

——今後の目標を聞かせてください。

 一番近い目標は、今シーズンW杯での最年長優勝記録の更新です。そして、来年2月には世界選手権がスウェーデンで行われます。私は世界選手権の金メダルも持っていないので、そろそろ金メダルを獲りたいと思っています。銀と銅ばかりでは嫌だなと(笑)。最終的にはオリンピックの金メダルが最大の目標です。それが4年後に達成できるのか、8年後になるかは分かりませんが、飛べなくなるまで挑戦し続けたいですね。

葛西 紀明 選手

1972年6月6日生まれ。北海道上川郡下里町出身。現在所属する土屋ホームではスキー部の選手兼監督を務める。1989年、東海大四高1年で世界選手権に初出場し、16歳8カ月の日本人男子最年少出場記録を樹立。オリンピックには、92年のアルベールビル以降、7大会連続出場。94年のリレハンメルンで団体銀メダル、2014年のソチでは個人ラージヒル銀メダル、団体銅メダルを獲得。W杯通算16勝は日本人男子の最多。

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