コラム Vol.3

天野 拓氏 熊本県立大学 総合管理学部総合管理学科 准教授

オバマケアの課題から見えてくる
日本の「国民皆保険制度」の重要性

日本への示唆

 アメリカでも日本でも医療費が増大している。だが、その原因は両国で異なる。日本の場合、超高齢化が医療費を押し上げる主要因と考えられる(2010年の高齢化率状況は日本23.4%、アメリカ13.1%;OECD HEALTH DATA 2012)。一方、アメリカの医療費高騰の原因の大半は、高齢化というよりも、むしろ医療技術の進歩によるものと指摘されている。また、アメリカでは医療技術開発へのインセンティブが働きやすく、医薬品の価格に影響を与えている。さらに、アメリカでは医療過誤による賠償金額が極端に高額となるケースがあるため、医師の多くは高額の医療過誤保険に加入している。同時に、訴訟リスクを回避するためにさまざまな治療前検査が行われることも医療費高騰の一因となっている。こうした結果、アメリカの1人当たり医療費は世界でも突出して高額である(表2)。一方、日本では、どの医療サービスも、どの医薬品も一定の価格で提供されるため、医療費に関わる不確定要素はアメリカよりも少ないといえる。

アメリカでクローズアップされた「無保険者の存在」は、日本においては無視できる問題といえるだろうか——。アメリカの場合、無保険者たちは症状が深刻化してから救急救命室に駆け込むケースが多いが、救急救命室に患者が運び込まれたとき、医療保険に未加入であっても、病院が治療を拒否することは法律上できない。そうした無保険者の治療に要した費用は、一時的には医療機関が負担するが、最終的には医療保険料の引き上げにつながり、被保険者や企業にコスト・シフティングされる。

 日本でも市町村の国民健康保険(国保)で無保険者(無保険状態)が問題化されるようになってきた。国保の保険料滞納が続くと、「短期被保険者証」または「被保険者資格証明書」が交付される。「短期被保険者証」は有効期限が数カ月しかなく、「被保険者資格証明書」では医療機関への支払いは全額自己負担となるので、事実上の「無保険者」を意味する。厚生労働省調査(2013年6月1日現在の速報値)では、全額自己負担となる被保険者資格証明書交付世帯は27.7万世帯で、市町村国保の全世帯に占める滞納世帯の割合は18.1%。無保険者となる割合は所得の低下や失業などで高まるが、こうした無保険者は受診率が著しく低く、持病が重篤化して就労不能になり、最終的には高額の医療サービスを受けることになるケースが指摘されている。ここ数年は、滞納世帯や被保険者資格証明書交付世帯の割合は減少傾向を見せているが、今後の社会状況の変化によっては増加する懸念もある。

 また国保に関しては、高齢化がその財政状況に追い討ちをかけている。国保の2012年度の実質収支(速報値)は3055億円の赤字を計上。赤字幅は前年度比で33億円に拡大した。支出では、高齢化に伴い、75歳以上の高齢者医療への支援金が9.6%増と大きく伸びている。国保には健保組合等の被用者保険から前期高齢者納付金などの財政支援が行われているが、こうした支援が被用者保険の財政圧迫の要因になっていることも見過ごせない。

 アメリカは「民間での競争と選択の自由」を重視した医療制度をつくってきた結果、富裕層と低所得層の医療格差を招くことになった。一方、日本の国民皆保険制度の最大の長所は「誰もが、必要なときに、必要な医療を受けられる」という安心感と公平性である。

 ただ日本においても、少子高齢化の進展と財政的な制約、雇用環境の変化、貧困層の増大、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)などにより、国民皆保険制度が危機に瀕しているといわれ、特に国保の基盤強化が懸案となっている。どのような形で国民皆保険制度を維持させていくかが問われている。

天野 拓氏

一橋大卒、2005年慶應大大学院法学研究科博士課程修了、法学博士。09年10月から現職。専門分野は社会保障、福祉、医療。著書に2007年度アメリカ学会清水博賞を受賞した『現代アメリカの医療政策と専門家集団』(慶應義塾大学出版会, 2006)、『オバマの医療改革:国民皆保険制度への苦闘』(勁草書房, 2013)などがある。

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