コラム Vol7

日本総研・西沢和彦氏が語る 「社会保障・税の一体改革」の深層④

持続可能な財源確保と経済成長を考慮した
健康保険制度の再構築 

税を負担する能力(担税力)に応じた負担構造への転換

 財源確保や負担の公平性という観点からは、年齢ではなく、税を負担する能力(担税力)に応じた負担構造へと転換することが重要である。まず、保険者が分かれている限り、現役世代から高齢者に対する支援金という財政調整は発生する。ただ、その場合、現役世代の納得が得られる仕組みにする必要がある。しかし、現在、健保組合などは「いわれるがまま支援金や負担金を出すしかない」という構造になっている。そうではなく、保険者にインセンティブが働くような仕組みが求められる。例えば、各保険者の年齢構成と所得水準には差があり、このような保険者の責任に帰すことのできないものについては財政調整を行う。一方、保険者の責任による医療コスト増、あるいは保険者の努力による医療コスト減などについては調整をせずに保険料に反映させる——。このような納得感のある財政調整にしていくことが望まれる。

 また、高齢者医療費は現役世代の保険料が主な原資となっているが、その保険料は賃金だけにかかるので、支援金や納付金のような再分配の原資として公平とはいいがたい。本来であれば、賃金だけでなく、例えば不動産所得、預貯金の利子、株式譲渡所得、事業所得など、あらゆる所得を包括的に把握してかけるべきである。また、賃金のみにかけることは「労働需要」を減らすことにつながり、効率的でもない。従って、包括的な所得をベースとした保険料にしていく、という方向性が議論されてもよいと思う。その保険料率に医療給付の水準を反映させれば、賃金だけにかけたときに生じるような不公平さ、非効率性を抑えることが期待できる。高齢者に対しても所得に応じた負担を求めていくべきであり、そうしなければ少子高齢化による原資不足は解消されないだろう。

医療サービスのあり方は
高齢者医療に対する支援とセットで考えるべき

 医療費を抑えていくことも欠かせない。昨年8月にまとめられた社会保障制度改革国民会議報告書では、医療提供体制の改革が大きな柱の一つになっている。そこでは、地域の診療所の医師が予防や在宅医療を含む1次医療を担い、必要に応じて2次医療を担う地域の中核的病院、3次医療を担う特定機能病院や大規模病院を紹介し、紹介後も診療所医師が継続的にケアに関わるといった体制が目指すべき方向として示されている。こうした改革は、財政健全化、病院と診療所の機能分化、高齢社会における医療ニーズの変化への対応という観点から評価できる。しかし、報告書は「病院改革」は示しているが、「診療所や診療所医師の改革」を具体的に描いていない。家庭医の育成計画、地域における配置計画、診療報酬体系の根本的な見直しなど、「制度改革」に踏み込むべきではないだろうか。これを医療提供側の自主性にほぼ任せており、はたして報告書が目指す改革が実現できるのかどうかは不透明である。仮に、多すぎるわが国の病床数を削減できたとしても、診療所を核とする地域医療が受け皿として機能しなければ、患者は行き場を失ってしまうだろう。

 医療サービスの重点化・効率化は喫緊の課題であり、高齢者医療に対する支援とセットで考えなければならない。しかし、こうした論点が国民一人ひとりの問題として認識されないのは、健康保険制度の仕組みの複雑さが根底にあると思われる。

経済成長を促すための
現役世代に向けた社会保障制度へ

 社会保障の重点化・効率化という点でも課題がある。ともすれば高齢者に対する社会保障のみがクローズアップされがちだが、「経済成長を促すための社会保障」という観点も必要だ。わが国では、少子化により生産年齢人口が減っていくことが予想されている。しかも、わが国特有の現象として、女性の労働力率は出産・育児期になると一旦落ち込み、育児終了後に再び高まる傾向が認められることから、現在、政府は女性の労働力確保のためテコ入れを図ろうとしている。こうした「労働供給」を促すためには家庭内労働(育児、介護など)をアウトソース(外部委託)できることが重要であり、そのための社会保障が必要になってくる。

 また、経済を成長させるためには、労働供給と同時に、労働力を成長分野に移動していかなければならない。この「労働移動」を促すには、失業保険や職業訓練といった支援が重要になってくる。しかし、わが国は諸外国に比べ現役世代に向けた社会保障が少ないことが示されており(図2)、課題の一つになっている。単に社会保障費を上げればよいという話ではなく、「経済成長を促すための社会保障」という発想が重要であり、健康保険もこうした大きな社会保障の枠組みの中で捉える視点が必要だ。

高齢者医療費に関しては、現役世代の負担がますます重くなろうとしている。そうした現役世代の負担だけで、国民皆保険制度が維持できるのかという根本的な疑問に立ち返り、公費投入のあり方、医療サービスのあり方、経済成長の促し方など、さまざまな観点から議論されることが重要だと考える。

(談)

西沢 和彦氏

1989年一橋大社会学部卒、三井銀行(現三井住友銀行)入行。98年さくら総合研究所出向、2001年日本総合研究所調査部主任研究員。02年法政大学修士課程(経済学)修了。著書に第51回日経・経済図書文化賞を受賞した『年金制度は誰のものか』(日本経済新聞出版社, 2008)、第40回日本公認会計士協会学術賞を受賞した『税と社会保障の抜本改革』(日本経済新聞出版社, 2011)などがある。

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