有識者インタビュー Vol.2

土田 武史氏 早稲田大学 名誉教授

持続可能な国民皆保険を構築するために

 日本の医療保険制度は、急速な高齢化による医療費の増大や、雇用、経済情勢の変化を契機に、危機的な財政状況に陥っている。そうした中、構造的な財政問題を抱える国民皆保険制度をいかに維持していくべきか──。現在、議論が進められている医療保険制度改革の方向性について、海外の医療保険制度にも精通し、中央社会保険医療協議会(中医協)の会長も務めた早稲田大学名誉教授の土田武史氏に聞いた。
(聞き手:日経BP社医療局編集委員 千田敏之)

世代間扶養は必要だが、現役世代の負担軽減を

──国民皆保険制度が発足して50年以上が過ぎました。現在の状況をどのように見ていますか。

 日本の社会保障制度は、高度経済成長期に構築されてきました。医療保険についても、若年者の雇用や所得が安定・成長していることを前提に、退職後の高齢者の医療財源を若年者が補完する形になっているわけですが、その前提が崩れた現在の社会においても、同じ形を維持しようとするところに無理が生じています。

 もちろん、高齢者だけで自分たちの医療費をカバーすることはできませんから、ある程度の世代間扶養は必要です。ですが、退職した60歳代後半の高齢者の再分配所得が、現役である30歳代前半のそれとほぼ同額であるという現状は、明らかにおかしいといわざるを得ません。そうした状況で、高齢者であることを理由に一律に医療費の患者負担を低く抑えることが妥当なのか。応能負担という原則に立ち返り、保険料はもとより患者負担も所得の2%を限度にするとか所得比例の方向に是正すべきです。ただし、低所得者には負担軽減措置が必要だと思います。

 現在、高齢者の医療費のかなりの部分が、現役世代からの支援金でまかなわれています。特に若年加入者が多い健保組合などでは、高齢者医療への拠出金負担が財政を圧迫していますが、その背景には健保組合や国保(国民健康保険)などの各保険者において、医療に関するリスクに大きな差が生じてきたことが挙げられます。退職後の高齢者が国保に集中していく、あるいは非正規労働者が増え、それが国保に偏ることなどで、国保は医療費が多くかかる(高リスク)一方、若くて健康な加入者が多い健保組合などは医療費があまりかからない(低リスク)という構造になっています。このように各保険者間のリスク構造が大きく異なってきたことも、日本の医療保険の財政に深刻な影響を及ぼしています。

 先に述べた通り世代間扶養は必要です。ただし、その負担のバランスを適正にしなくては、日本の医療保険制度は持続が困難となります。日本の社会保障の特徴として既得権が強いということがありますので、高齢者の既得権の一部を見直し、現役世代の負担を軽減していくことが重要です。

 先進国の中には、国の根幹に関わる制度については、選挙では問わず、政党間で調整して方針を決めるところがあります。社会保障制度はまさに国の根幹を成す制度です。日本では、選挙があるため高齢者に配慮し過ぎた施策が打ち出されがちですが、この点についても見直しの余地があると思います。

 私は、日本の皆保険制度は国際的に見ても素晴らしいものであると高く評価しています。特に医療サービスの面においては、所得や地域の差なく公平に、先端の医療技術や薬剤が保険給付の対象とされており、このような仕組みは世界でも類を見ないものです。北欧や英国の医療制度と比較されることがありますが、両者は確かに個人の負担は抑えられているものの、受けられる医療サービスにはかなり制限があります。負担と受益の両面から見たとき、日本の皆保険制度は、まさに維持するに値する大切なものだと思います。

医療保険制度改革は、一つひとつをしっかり議論

──医療保険制度改革の柱として、国保運営の都道府県移管、後期高齢者支援金の負担方法を全面総報酬割へ変更、それにより浮いた国費の国保への投入などが挙げられていますが、それらについてはどのようにお考えですか。

 まず、現在は市町村が行っている国保の運営を都道府県に移管するという改革ですが、確かに規模の拡大により、ある一定の市町村国保においては財政面での安定化がもたらされると考えます。ですが、国保全体のリスク構造が変わらない以上、改革のメリットはそこまでにとどまります。一方で都道府県に移管されても、保険料徴収と、健康診断や疾病予防などの保健活動は市町村が担うとしています。これでは都道府県で完結し得ない制度になってしまいますし、市町村が保険者から外れることで、保険料の徴収率の低下や保健活動の後退につながることも予想されます。

 後期高齢者支援金の全面総報酬割への変更は、応能負担の原則を考えたとき、負担の公平性が担保されますので、導入されて然るべきと考えます。それにより、平均所得の高い健保組合や共済組合では支援金の負担増となり、一方で平均所得の低い協会けんぽ(全国健康保険協会)では負担減となります。ここで、協会けんぽの負担減により不要となる国費からの補助金について、その新たな使い道として国保への投入が検討されているわけですが、これは全く筋の通らない話です。国保の財政再建は国の責任で行うべきものです。後期高齢者の医療費は、約4割が現役世代からの支援金です。全面総報酬割の導入によって浮いた国費を他にまわすことは、負担を健保組合や共済組合に転嫁するのと同義であり、それはすなわち現役世代の負担増に他なりません。保険者としての努力を評価せず、余裕があるからと無制限に拠出を求められることのないよう、何らかの歯止めが必要だと思います。全面総報酬割への変更と、それにより浮いた国費をどのように使うのかは全く別の話ですので、きちんと分けて議論すべきです。

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