スペシャルレポート Vol.4

企業健保の挑戦

保健指導を強化し、「健康経営」を目指す

 企業にとって「従業員」は大切な「資産」だ。欧米諸国では1980年代から資産である従業員が健康であることこそが収益性の高い会社をつくるという「健康経営」の考え方が広がってきた。

 近年、日本でも健康経営を経営戦略の柱へと組み込む企業が増加。健康保険組合(健保組合)が中心となって保健指導を強化している。この健康経営により、病気や不調による生産性の低下や医療費の増加を抑えるとともに、企業のブランド価値を高め、収益性の向上を図ることが期待できる。

 今回は、「健康経営」に取り組む先進的な企業の健保組合の事例を紹介するとともに、健康経営の意義についてレポートする。
※「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標

東京大学政策ビジョン研究センター
健康経営研究ユニット特任教授の尾形裕也氏

 「健康経営」に取り組む企業が、わが国で増えている。米国で誕生したこの健康経営という概念は、組織の健康と生産性の関係に着目したものだ。「米国ではこの20年で、従業員の医療・健康に関わる費用を、単なる"コスト"と捉えることから、"人的な資本に対する積極的な投資"と捉える考え方に変わってきた。人的資本への投資収益の最大化を目指すために必要なのがHealth and Productivity Managementであり、健康と生産性を同時にマネジメントすることだ」と東京大学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニット特任教授の尾形裕也氏は説明する。

 また尾形氏は、「企業にとっての従業員の健康関連コストは医療費として表れるものだけではない。米国ミシガン大学の研究によると、従業員の健康関連コストのうち、医療費は約4分の1。約7割は"出勤はしているが病気やケガで労働生産性が落ちていることによるコスト"だった。つまり、健康経営では単に医療費のみを減らすのではなく、労働生産性の低下を招く健康問題を解決することで、コスト全体のパイを小さくする取り組みが必要だ」と語る。

 2005年に設立されたNPO法人「健康経営研究会」(岡田邦夫理事長)では、米国と異なり、わが国では事業者が労働者に対して健康管理義務を負っていることに加え、健保組合の財政基盤を支えるために出資していることを踏まえ、健康経営を「経営者が従業員とコミュニケーションを密に図り、従業員の健康に配慮した企業を戦略的に創造することによって、組織の健康と健全な経営を維持していくこと」と定義し、経営者・従業員・健保組合・産業保健スタッフらが協働して推進していく必要があるとしている。

 こうした潮流の中で、わが国ではこの10年来、「保険者機能」の強化が叫ばれている。健保組合などの加入者が疾病予防に取り組んだり、適正な医療が受けられるように保険者の働きを強め、結果的に医療費の削減につなげるというものだ。その一環として、2006年の医療制度構造改革により、保険者による加入者の生活習慣病対策=「特定健康診査(特定健診)・特定保健指導」の義務化が図られた。それが健康経営への関心を高める一つの契機となっている。

 健康経営の意義は、企業における生産性低下の抑制や疾病予防による医療費削減をもたらすばかりではない。従業員のモチベーションアップ、企業のブランド価値や業績の向上にも寄与する。「12年間の業績を株価で追った米国の研究では、健康経営に熱心な企業は一般的な企業に比べて長期的な業績が良好だった」(尾形氏)。こうしたことから、日本でも健康経営に取り組む企業を評価しようという動きもある。その一つが、日本政策投資銀行(DBJ)が2012年から始めた「DBJ健康経営格付融資」だ。企業の健康経営の取り組みを点数化して4段階に格付けし、それに応じて金利を優遇する。

 このように、今や企業にとって健康経営は喫緊の課題となりつつある。日本の多くの企業では、その取り組みは端緒についたばかりだが、ここでは先進的な企業の健保組合の取り組み事例を紹介する。

【トヨタ自動車健康保険組合】
"夫婦揃っての節目健診"で生活習慣改善の底上げを図る

 トヨタ自動車健康保険組合(以下、トヨタ健保組合)では、さまざまな保健事業に取り組んでいる。同組合にはトヨタ自動車をはじめ、39の事業所が加入、被保険者約10万7500人、被扶養者約12万9000人の加入者を抱えている。

 トヨタ健保組合では、「応援します。健康いきいき組合員」を基本理念に掲げており、これを具現化するため2008年から新たな健診制度を導入した。同組合事務長の近藤秀成氏は、「2006年から健保情報のデータベースを構築し、効果的かつ効率的な事業展開のために何を重点対策とすべきかを分析した。被保険者については30歳代後半から健康な人が減少すること、被扶養者については健診受診率が38%と低いことが課題であった。また、40歳代以降には生活習慣病とともにがんも増加する一方で、特定健診にはがんの項目が含まれていないため、新たな健診制度は、"家庭(夫婦)"をターゲットにすることと、生活習慣病とがんを予防するための対策を盛り込むことにした」と説明する。

 この健診制度では、36歳以上の従業員は4年ごとに夫婦揃って「節目健診」を受ける。被保険者の健診は全て「業務」とし、被扶養者は任意であるものの、被保険者への働きかけをより一層強化したという。また、この健診制度には事業主の協力が欠かせないため、企画段階から連携を図り、事業主との共同事業として運営している点が強みだという。

 節目健診の内容はかなり手厚い。午前に各種検査を行うが、通常の人間ドック項目に、がんの早期発見を目指したCTやエコー検査も盛り込んだ。さらに、午後からの「健康学習会」が、この健診のポイントの一つ。検査結果の速報値を出し、受診者の関心が高いうちに夫婦一緒に医師などからの説明を受けることができる。また、日頃の食生活や運動習慣についてはタッチパネルを使って本人が入力(写真1)。それを「健康処方せん」(図1)として受診者に渡し、自分の健康データを「見える化」して生活習慣の改善を支援している。このほか体力チェックなども行い、最後に健診の翌日以降の改善目標を夫婦で設定する。

「以前は被保険者が健診を受けても、その結果を家庭に持ち帰らない人が少なくなかった。この学習会により、夫婦が互いに健康情報を把握できることで、生活習慣の改善を図ることができる」と同組合保健事業室室長の日高孝治氏は力説する。

 節目健診の成果は如実に表れている。一つは、被扶養者の健診受診率の向上だ。節目健診導入前は38%だった受診率が、2013年度には58%にまで上昇した(図2)。節目健診の学習会は特定保健指導の初回面接に当たるため、その後基準に沿って支援を行えば保健指導の実績にもなる。これにより、保健指導実施率は48%と高く、健保組合全体の平均約18%(2012年度)を大きく上回る。

 また、1年後のメタボリックシンドローム(以下、メタボ)該当者率にも表れている。節目健診で学習会を受けたグループでは、受診年度のメタボ率を100とすると、翌年度は約1割減っていた。一方、学習会のない定期健診を受けたグループでは逆に1割以上増えていた。これを節目健診の受診方法で比較すると、被保険者単独での受診よりも夫婦で受診したケースでメタボ該当者率が低下しており、夫婦受診の効果が大きいことが確認された(図3)

「今後は、これまでの具体的な活動を再確認するとともに、糖尿病の重症化予防といった新たな取り組みも始める予定だ」と近藤氏は先を見据える。

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