Mixed Realityから始まる産業革命

日本の伝統文化とMixed Realityが融合世界が日本文化に見るソフトパワーの本質とは

米国時間の2020年2月27日(PST)、米ワシントン州シアトル市のベナロヤホールにて、 Mixed Reality (MR、複合現実)の活用に新たな一石を投じるイベント「 Ikebana X Technology 」が開催された。日本の伝統文化であるいけばなと、最先端テクノロジーのMRをライブで融合させるという、史上初の試みだ。
海外のビジネスパーソンにとって、いけばなは単なる趣味ではない。決断力、チームワーク、独特の哲学、そして美意識など、日本の持つ独自のソフトパワーと認識され、ビジネスにも通じるインテリジェンスと捉えられている。パフォーマンスの様子をレポートするとともに、世界が日本文化に見ているソフトパワーとは何か、その本質に迫る。

会場となったシアトル市は、米国でもとりわけ日本との関係が深い都市だ。日系移民が120年以上も前に入り、1901年にはすでに在シアトル日本国総領事館が置かれている。米国で最も歴史のある柔道場や和食レストランがあり、有名な日本庭園には立派な桜並木も見られる。夏には盆踊り大会が開かれるなど、日本文化への関心は高い。

アメリカ北西部に位置するシアトル市はワシントン州最大の都市で、日本との関係も深い。

その一方で、シアトル市には世界有数のハイテク都市という、もうひとつの顔がある。マイクロソフトとアマゾンというIT業界を牽引する2大企業の本社がここにあり、航空産業を代表するボーイングや、スターバックスコーヒー、コストコホールセールといった名だたるグローバル企業も存在している。
日本の伝統文化と最新テクノロジーが出会う場所として、シアトル市はこれ以上ない舞台だ。会場に集まった約500人の観衆が、いけばなとMRの融合という史上初の試みの目撃者となった。

イベント会場は、世代を超えた多くの観衆で埋め尽くされた。なかには遠くフランスからの来場者も。

世界が注目するいけばなの「決断力」

ステージに立ったいけばな小原流 五世家元の小原宏貴氏は、次から次へと渡される花や木をひと目見て、要らない枝や葉を迷いなく切り、驚くスピードで作品を仕上げていく。
植物は生きている。一度切った枝や葉は、二度と戻せない。失敗が許されない状況の中、瞬間的に判断を下していく。その「決断力」こそ、いけばなで鍛えられる最大の能力だと小原氏はいう。それは同時に、世界のビジネスパーソンを魅了する要因にもなっている。

壇上で英語を交えながらパフォーマンスする家元。足し算で作品を作る欧米に対し、いけばなは「引き算の思考」なのだという。
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小原流の成立は、明治時代にさかのぼる。19世紀末、小原雲心(うんしん)が盛花(もりばな)というそれまでなかったいけ方を創始したことに始まる。120年という歴史を持つが、「小原流は企業に例えるとベンチャーです」(小原氏)と語るように、室町時代に発祥したいけばな500年の歴史の中では、まだ新参者に列するという。そのせいもあってか、小原流は伝統を重んじると同時に、常に新しい表現に挑戦する進取の気風を備えてきた。例えば、戦前ラジオ放送が始まった当時には、小原流の家元がラジオを通していけばなを指導している。「変化を恐れず挑戦を積み重ね、それが結果として小原流の伝統になっています」(小原氏)
今だからこそできる挑戦はないか。そう考えていた小原氏のもとに、MRという題材が現れた。提案を受けたとき、「MRといけばなの融合で何が生まれるか、わくわくした」(小原氏)という。未知の挑戦に対し、躊躇はなかった。

いけばなは世界で勝てる日本のソフトパワー

在シアトル日本国総領事館 総領事
山田 洋一郎 氏

なぜいま、いけばなとMRの融合なのか。
このイベントを発案した、在シアトル日本国総領事の山田洋一郎氏によれば、グローバリゼーションが進む現在、人々のアイデンティティが問われていることが発想の原点だったという。
「人がその中で生まれ育った文化と景色は、その人のアイデンティティそのものです。自然との共生という生き方を示すいけばなは、テクノロジーの時代にアイデンティティの喪失に悩む欧米人に対して、インスピレーションを与えているようです」(山田氏)。

海外のビジネスパーソンと話す機会の多い山田氏の印象では、日本は貿易や技術開発のパートナーとして高い評価を確立している。品質で妥協せず、納期を守り、実直なビジネスマインドにおいて、絶大な信頼がある。
しかしその半面、人工知能や5Gといったソフトウエアの面では、かなり後塵を拝すると山田氏は見る。新たなビジネスを創造する活力においても、日本はシアトル市に遠く及ばない。シアトル市の最先端のテクノロジーと日本を結びつける何か新しいことができないかと考えていたとき、伝統文化が橋渡しになると思いついたのだという。ではなぜ、シアトル市のビジネスパーソンは、日本文化に高い関心を示すのだろうか。その理由について、山田氏は「日本文化の中に、自然を大切にする生き方の魅力を感じるからだ」という。
「茶道や華道と聞くと、日本では趣味の一種ととらえられがちですが、こちらの見方はまるで違います。彼らがいけばなに見出すものは、自然との共生の中で育まれた日本の独特の哲学と美意識。容赦なく進むテクノロジー文明の中で、日本の伝統文化の魅力がソフトパワーになっているのです」(山田氏)。

世界のビジネスエリートの心を惹きつける「引き算」の哲学

いけばな小原流 五世家元
小原 宏貴 氏

世界が日本文化に見ているというソフトパワー。その本質とは、いったい何だろうか。それに迫る重要な要素として、小原氏は「引き算の思考」を挙げる。
「自然を愛する文化は世界各地にあり、花を飾るのも日本人だけではありません。しかし、西洋のフラワーアレンジメントやガーデニングは足し算で作品を作るのに対し、日本のいけばなはその逆。つまり、引き算なのです。無駄なものを極限まで削り、植物が持つ究極の要素を引き出そうとします」(小原氏)。

海外の弟子を指導する際、小原氏はこれを「Less is More」と説明している。
また、いけばなでは草木の表現だけでなく、それを生ける器との関係や、作品と空間の調和を含む全体像に注意を向ける。これは、ビジネスで言えばひとつのチームをどう作るか、という視点に通じるという。
「花は、私ひとりで生けているわけではありません」(小原氏)。生花の生産者や流通、リテール、陶器や道具の職人など、いけばなには多くのスペシャリストが関わっている。そうした人々をひとつのチームとして維持することは、いけばなを志す者の重要な仕事となる。これも、いけばなで養うことができるひとつのセンスであり、世界の経営者の人気を集めているゆえんだ。

自分と向き合い、独自の美を追求

外国人が日本文化に見るソフトパワーは、それだけではない。小原氏によれば、いけばなとは「自分と向き合うこと」だ。その花を見て美しいと思うポイントを、自分はどこに見出すのか。生きた花を通して自分ととことん向き合い、自分だけの視点を追求する。「自分の精神状態が穏やかでない時は、作品も穏やかではありません。作品は、作者の言葉以上にその人を語ります」(小原氏)。人にきつく当たる人、不安にさいなまれている人、作品を見れば、その人の状態がわかる。いけばなは自分を見つめ直す豊かな時間を創出し、忙しいビジネスパーソンに憩いを与えている。
また、日本のいけばなでは、必ずしも花が咲き誇っている状態を最上とは考えない。芽を出し、伸びやかに成長し、つぼみをつけ、花を咲かせ、やがて枯れて種を残し、土に還る。植物の一生を形成するすべての段階に、美を見ようとする。海外の人は、そうした考え方に感銘し、日本の独特な視点を感じるという。こうした、日本文化が持ついくつかの要素が日本への関心をかき立てる原動力になっているのだ。

MRが表現手法の限界を突破!?
歴史的一歩となった、いけばなパフォーマンス