第1回 ビジネスで使うAIとは

ビジネスリーダーに起きている変化と
戦略的にAIを活用するカギ

AI(人工知能)活用の潮目はこの1〜2年で大きく変わった。すでに様々な業種・業態で活用され、ビジネスにも大きな変化を及ぼしている。AIの普及でビジネスはどう変わったのか、企業にとってAIはどのような存在になるのか、そして経営者はこのような変化に対しどう臨めばいいのか。日本IBMのワトソン&クラウドプラットフォーム事業部長の吉崎敏文氏に話を聞いた。

日本アイ・ビー・エム株式会社
ワトソン&クラウドプラットフォーム事業部長
吉崎 敏文氏

1985年、日本IBMに入社。1999年、経営企画担当部長を経てアジアパシフィックのBT/CIO担当部長を務める。2003年からアジア全体のe-business推進とサポートに従事。2004年から理事としてibm.comセンター、インフラ・ソリューションなどの新事業の経験を積み、2007年にインテグレート・テクノロジー・サービス事業担当 執行役員に就任。2015年から現職。

創造的破壊者は
データを価値に変える

――ビジネスにおけるIT活用にどのような変化が起きているのでしょうか。

大きなトレンドで見ると、今は25年に一度の変節点のまっただ中にあります。半導体の集積率は18カ月で2倍になるという50年前のムーアの法則、ネットワークの価値はそれに接続する端末や利用者の数の2乗に比例するという25年前のメトカーフの法則、そして今はデータから洞察を得ることで人の知識が拡充される「AIの法則」が世の中を大きく変えようとしています。

もう一つの大きな変化は、歴史ある企業の中から革新企業が生まれていることです。今年3月に米ラスベガスで開催されたIBM最大のイベントである「IBM Think 2018」の登壇者は、伝統的な企業で占められていました。これまでディスラプター(破壊者)といえば、スタートアップ企業や異業種参入企業を指していました。しかし、状況は大きく変わりつつあります。

100年以上の歴史を持つ海運会社が、あらゆるモノがネットにつながるIoTでコンテナごとの状況を把握したり、伝統的な銀行がブロックチェーンを活用したりすることでビジネスプロセスを大きく変えるというような事例が生まれています。IBMが毎年実施している「2018グローバル経営層スタディ」(1万2500人を超えるCxOレベルの経営層にインタビューを実施し、第一線の研究者の協力を得て分析を行ったIBMの調査リポート)では、72%の経営層が「業界の革新的な歴史ある企業が業界内の創造的な破壊を主導している」と述べています。

2018グローバル経営層スタディの調査結果

――その変化の背景にはどのようなことがあるのでしょうか。

すべてのカギはデータとデータから価値を引き出すAIにあります。大量のデータを社内に持っている企業が、ビジネスプロセスにAIを導入し、AIがデータから導き出したナレッジを活用することで革新的なビジネスモデルをつくり出し、指数関数的な変化が起きています。

ここで利用されるデータは売り上げや取り引きなどの構造化されたデータだけではありません。社内に蓄積されている専門家の知見やお客様との対話履歴などの非構造化データも含まれます。この2種類のデータをデータ分析基盤に格納しAIサービスに活用することで、データをナレッジに変えて業務に適用しています。

AIとナレッジを取り入れた業務アプリケーションの例としては、自動応答やパーソナライズサービスなどが挙げられますが、こうしたナレッジ業務アプリケーションを増やすことでビジネスは一変します。

AIでデータをナレッジへ変え、業務で使う

AIが生み出す
ナレッジが新たな競争力に

――AIの活用はどこまで進んでいるのでしょうか。

IBM Watsonが得意としているのは「照会応答」「意思決定支援」、そして「探索・発見」の3つの領域です。日本ではまず照会応答の領域から普及し始めました。質問と回答をセットにして、Webサイトやコールセンターなどの顧客接点で使われています。チャットボットが代表的な使用例です。

意思決定支援は専門家の知見をWatsonに学習させて、ケースに応じて適切なアドバイスができるようにしたものです。人事や総務、法務などの分野の知見だけでなく、保険金査定などでも活用されています。ベテランの査定担当者のノウハウを学習することで、難しい事案でも過去の事例などの根拠を示してアドバイスすることができます。

さらにAIらしい使われ方として注目されているのが、人材マッチングの分野です。AIに主観はありません。客観的なデータからバイアス(偏り)をかけることなく最適な候補人材を見つけ出し、人事の意思決定を支援します。

そして今広がりつつあるのが、3つめの探索・発見です。医療や創薬、企業における購買やマーケティング企画(部門)、さらには法務や研究開発など、必ずしも「単一の正解があるわけではない領域」で、データから隠れた相関関係を見つけ出して候補を提示します。いわばAIが想像力を働かせて答えを探してくれるわけです。現在、様々な領域でトライアルが始まっています。

――これからの企業にとってAIの活用は不可欠になるのでしょうか。

デジタルトランスフォーメーションで新たな価値の提供が求められている今、社内のトランザクションデータや知見を新たな価値に変えるAIが、企業の競争優位を左右することになります。

今までのIT化は合理化が目的でした。しかし、AIの目的は合理化だけではありません。機械と人間の協業という新しい働き方を促すものです。AIが機械と人間の間に入ることでその間のインターフェースがスムーズになり、新しいナレッジが見いだされ、それが新たな競争優位の源泉となり、ビジネスを加速させます。

インターネットはここ20年でビジネスを大きく変えてきましたが、AIはその倍のスピードで広がっています。3年前にWatson事業部を立ち上げたときは、「流行りもの」や「実用にはほど遠い」などと言われました。しかし、今は状況がまったく違います。私自身、AIの普及の速さに驚いています。

「AIは倍のスピードで広がっている。私自身、AIの普及の速さに驚いています」

ゴールとコンピテンシーで
差別化を図る

――AIを強みとして活用する場合、企業はどこから着手すればいいのでしょうか。

これまでAIは一部の業務に使われてきました。それぞれの部門が部門主導でAI導入をバラバラに進めているのが実態です。それはそれで成果が上がっているわけですが、このままAI活用を進めていっても、トップラインを上げることができずに、企業としての競争力強化につながらないおそれがあります。またバラバラに進めることで、重複するケースが発生するなど、合理的ではない部分も出てきます。一歩踏み込んで企業としての強みにつなげるには、全社で戦略的にAIを活用していかなければなりません。

その際に必要になるのが、全社レベルでのAI活用を効果的に進めるための全社横断的なチームです。このチームがCenter of Competency(以下、CoC)として、企業にとってのコンピテンシー(成果を生む行動特性。高業績を上げている従業員やチームの行動特性をモデル化し、それを評価基準にすることで全体の質的向上を図る)である社内のナレッジを統括し、それを必要とするチームが業務プロセスの中で均質的に繰り返し使える仕組みをつくることを支援する必要があります。

全社での戦略的なAI活用に向けて
「全社で戦略的にAIを活用する段階」に到達するためには、「AIの試行段階」や「一部業務で活用する段階」で、AI導入に特有の課題に対応する仕組み・態勢を整える必要がある

――AIが企業革新のカギになる。では、経営者には何が求められるのでしょうか。

創造的破壊者になっている既存企業では、経営者自身が革新者として変革をリードしているケースがほとんどです。

経営者が革新者になる第一歩は自社の強みを生かしたゴールを設定することです。その上で、ゴールに達するために必要なコンピテンシーを考え、どう醸成するのかを決めることです。テクノロジー的には、コンピテンシーをナレッジという形に落とし込むことが必要です。

吉田松陰は「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし」と言っていますが、夢があれば実行すべきことも見えてきます。ゴールを設定し、コンピテンシーを明らかにしておけば、破壊的創造者としてのスタートアップが競争相手になっても負けることはありません。製品や人材、文化といった差別化できる要素がわかっているからです。

AIであるWatsonは進化していくプラットフォームです。これからも変化は加速していきます。それに合わせて仕事や企業、組織は変わっていきます。しかし、ゴールとコンピテンシーが明確になっていれば、AIを強みに変えることができます。日本IBMは、その変革の伴走者であり続けたいと考えています。