日経ビジネスオンライン

加賀市長 宮元 陸氏

行政主導のデジタル変革で「挑戦可能性都市」を目指す

2018年8月、石川県加賀市は行政サービスの業務改善とRPAの本格導入に着手。 IT技術を活用した地域創生に向けて大きく一歩を踏み出した。 その旗振り役を務めるのが、加賀市長として2期目を迎えた宮元陸氏だ。 「消滅可能性都市」の1つに挙げられた加賀市が、民間に先駆けてRPAをはじめとする革新技術の導入に踏み切った経緯について話を聞いた。

技術革新による業務改善に向けて即決短期間で市役所へのRPA導入を実現

加賀市長 宮元 陸氏
加賀市長
宮元 陸氏

人口減少と過疎化が加速する中、日本の地方自治体は深刻な危機に直面している。2014年、日本創成会議・人口減少問題検討分科会は、全国約1700の市区町村のうちほぼ半数にあたる全国896の自治体が、2040年までに存続が困難になる恐れがある「消滅可能性都市」であると指摘。石川県南部(南加賀地区)で唯一、名が挙がったのが、石川県加賀市だ。

石川県の最南端に位置する加賀市は、「山代温泉」「山中温泉」「片山津温泉」をはじめ北陸を代表する温泉郷として古くから親しまれてきた。観光業の発展とともに、九谷焼などの伝統工芸や機械製造業などのものづくりで栄えてきた土地柄である。だが、長引く不況による観光客の減少にともない、人口は過去30年間で8万人から6万7000人に減少。「加賀市にとって人口減少は極めて深刻な問題です」と、市長の宮元陸氏は危機感を隠さない。

「かつての温泉観光と言えば宴会付きの団体旅行が主流でしたが、ライフスタイルの変化によって減少の傾向にあります。最盛期には年間400万人を数えた宿泊者は今や半減し、旅館の多くも衰退を余儀なくされています。加賀市のもう1つの柱であるものづくりにしても、機械製造業は部品メーカーが中心で完成品メーカーが少ないため、産業集積がなかなか難しい。このような複数の要因が相まって、人口減少に拍車がかかっているのが現状です」(宮元氏)

こうした課題認識から、宮元氏は2期目のマニフェストを発表した。その冒頭には、「未来を切り開くイノベーションシティ」というビジョンが掲げられている。

「産業界では今まさに第4次産業革命の時代が到来しており、自治体においてもこの波に乗れるかどうかが重要なポイントであると考えています。既存の産業に加えて新産業創出を考えなければ、今後の自治体運営は非常に厳しくなるでしょう。そのためには、テクノロジーを柱とした攻めの戦略を打ち出す必要がある。それが、“イノベーションシティ”をキーワードに掲げた理由です」と宮元氏は語る。

このビジョンに基づき、加賀市役所では、2018年8月から本格的なRPA導入を進めている。そのきっかけとなったのは、KPMGコンサルティングが新聞に連載していたRPAの解説記事だった。宮元氏はこの連載記事を読み、「ソフトウエアのロボット技術によって定型的な事務作業を自動化するRPAが、人口減少時代の労働力不足を克服するための切り札になる」と直感。「団塊ジュニアの大量退職に備えて、今から業務自動化の流れを作っておかなければ手遅れになる」という危機感も覚えたという。

当時、RPAを採用している自治体はまだほとんど存在しなかった。だが、「一刻も早くRPAを導入し、市の業務改善や時間外勤務の削減を実現できないものか」――その思いに駆られ、宮元氏は2017年の春、KPMGコンサルティングを訪問。その後、2018年2月、RPA導入の効果検証を目的としたパイロットがスタートしたのである。

「業務改善+RPA導入」で労働時間の74%削減が可能に

KPMGコンサルティング 執行役員/パートナー 関 穣氏
KPMGコンサルティング
執行役員/パートナー
関 穣氏

だが、プロジェクトは当初から波乱含みのスタートとなった。キックオフ当日、北陸地方は40年ぶりの豪雪に見舞われ、全ての交通網が麻痺。加賀市は陸の孤島となり、現地入りしていたKPMGコンサルティングのコンサルタントたちは、1週間ほど足止めされたという。しかし、この時ならぬ大雪が、プロジェクトチームに一体感をもたらしたのも事実であった。KPMGコンサルティングでプロジェクト責任者を務めた関穣パートナーは、当時をこう振り返る。

「強く印象に残っているのは、加賀市の職員の皆さんが、プロジェクトに非常に前向きに取り組んでくださったことです。初回のミーティングから大量の業務資料を持参され、熱心に説明してくださる職員の方々の情熱には、感銘を受けました。やはり、『加賀市が地方自治体としてRPA導入の先鞭をつけたい』という思いが、職員の方々にも伝わったのでしょう。我々も一生懸命ご支援させていただかなければと、襟を正しました」(関氏)

プロジェクトでは、市が作成した業務候補リストをもとに、KPMGコンサルティングのコンサルタントが職員にヒアリングを実施。パイロットでの効果検証に適した業務を絞り込んでいった。最終的に対象業務として選定されたのは、①時間外勤務集計業務、②契約管理システムと電子入札システムの相互連絡事務、③財産貸与・使用許可事務の3つ。同時にRPAツールの適合性検証も行われ、親和性の高かった製品が採用されることとなった。

だが、現行業務をRPAに乗せ換えるだけでは、真の導入効果は得られない。効果検証の結果、RPA導入と併せてフォーマット統一や外注作業の取り込みなどの業務改善を行えば、対象業務にかかる職員の労働時間の約74%を削減できることが判明した。この検証結果を踏まえて、2018年8月、RPAの本格導入プロジェクトが始動。パイロットで検証した3つの業務と、新たに追加した4つの業務を対象とし、2019年3月末までにRPA導入を完了する計画だ。さらに、今後の適用拡大に向け、RPA開発・運用のルール作りも進めていくという。

「RPAの導入効果は、職員の誰もが肌で感じていると思います。まずは市が旗振り役となり、横展開が可能なモデルを作り上げることによって、地域の企業にもノウハウを展開していきたいです。市が率先してデジタル化を進め、人材を育成することで、地域全体の活性化につなげたいと考えています」と宮元氏は期待を滲ませる。

地方創生の鍵を握るのは先進技術に長けた人材の育成

現在、加賀市では、「新産業の創出による地域創生」を目指して、様々な取り組みが続けられている。その一環として、IoT、AI、ロボットなどの革新技術の民間への導入を支援するため、市内企業を対象とした人材育成に注力。同様に、革新技術を活用して障がい者を支援する「スマート・インクルージョン」や、ブロックチェーン技術の行政への応用など、先進テクノロジーを活用した施策を多方面で展開している。また、2020年に必修となるプログラミング教育については3年前倒しで開始し、全国に先駆けて市内の全小中学校に導入。2020年には加賀市で「RoboRAVE(ロボレーブ)」(米国発のロボット教育プログラム)の世界大会開催も予定しており、次世代の人材育成にも積極的に投資を行っている。

しかしながら、今はいわば仕込みの時期。現在は種を蒔いている最中で、それらが「どのような形で花開くかは分からない」と宮元氏は言う。

「このまま人口減少が進めば、想像を遥かに超える状況が来るでしょう。“茹でガエル”という話がありますが、茹で上がってしまえば、もはや打つ手はない。私がRPA導入やデジタル変革を急ぐのも、地域を何としても次の世代に引き継がなければならない、という危機感があるからです。人口減少の問題をどうしたら解決できるのか、そこには正解はありません。ひとつだけ言えるのは、我々は“消滅可能性都市”であっても、同時に “挑戦可能性都市”を目指しているということ。これを我々の合言葉に、今後も様々なことにチャレンジしていきたいと思います」(宮元氏)

宮元氏は、また今後加賀市のデジタル変革を進めるにあたり、次のようにコメントしている。

「KPMGコンサルティングには、RPA導入のみならず、『ゆくゆくは市がRPAを自主運用できるよう、人材を育成することが大切』と助言をいただいています。IT先進地域を目指す以上、いずれは我々自身が先進技術を使いこなせるようにならなければ意味がない。ゆくゆくは、将来を見据えた人材育成を推進し、地域の活性化や地場産業の創出へと展開していきたい」

持続可能な地域を目指して、先進テクノロジーの導入を進めてきた加賀市。その果敢な挑戦により、同市は地域創生のモデル都市として、新たな飛躍を遂げようとしている。

(左)加賀市長 宮元 陸氏、(右)KPMGコンサルティング 執行役員/パートナー 関 穣氏