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社員を幸せにしたい 会社がすべきこと 優秀な人材が集まる、社員が幸せを感じる会社になるには何が必要だろうか。給料の額、福利厚生の充実、仕事のやりがいなどはもちろん重要な要素だ。ただ、こうした要素は会社の経営が安定して初めて実現できるものばかり。社員を幸せにできる、安定した会社になるための条件とは何かを探っていく。

Vol.3 障がい者雇用を持続させるために経営の隠れたリスクを再認識

フジリネンサプライ
小川雅人取締役に聞く

松山市に本社を置くフジリネンサプライは、ホテルや病院などで使用するシーツ・枕カバー・タオル類をクリーニングして供給するリネンサプライを手がける。愛媛県内のリネンサプライではシェア3割を超えるという。フジリネンは、フジコホールディングス(フジコHD、松山市)のグループ会社。フジコHDは障がい者の就労支援を行う特定非営利活動法人「さなえ」、同「まもる」を傘下に持ち、グループ全体で300人もの障がい者に働く場を提供して一般就労をするための支援を行っている。フジリネンの工場だけでも約100人の障がい者が働く。父であるフジリネン小川純人代表の下、経営とは何かを学び始めた後継者の小川雅人取締役は「多くの人に安心して働いてもらうためには経営の安定が大事」と考えるようになったという。日本電鍍工業の伊藤麻美社長が「経営の安定」のために大事にしていることは何か、純人代表と雅人取締役に聞いた。

2018.7.25

フジリネンサプライ

業種リネンサプライなど
所在地松山市
設立1983年
売上高4億6900万円(2017年9月期)
従業員10人(正社員のみ)

障がい者300人に仕事を提供

小川雅人 おがわ・まさと(写真)1991年生まれ。松山市出身。京都産業大学経営学部を中退後、2014年にフジ広告入社。15年、フジ広告、フジリネンサプライ取締役就任。16年、NPO法人さなえ理事。17年にフジコホールディングス取締役(写真=守口王仁、以下同)

小川純人 おがわ・すみと1961年生まれ。松山市出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、会社員を経て87年に家業のフジ広告入社。97年フジリネンサプライ代表取締役。2003年にフジ広告の代表取締役。08年、障がい者就労支援のNPO法人さなえ理事長。17年、持ち株会社のフジコホールディングスを設立し、代表取締役

伊藤小川雅人取締役の祖父、小川健二フジコHD会長が広告看板を制作する会社としてフジ広告を立ち上げたのがフジコグループの始まりだそうですね。

小川雅人取締役(以下、雅人)祖父の健二は、フジ広告という広告看板の会社を立ち上げ、ホテル、温浴施設などを展開していきました。そのホテルや温浴施設で使うシーツなどのクリーニングを内製化するところからフジリネンがスタートしたのです。

伊藤取材で今伺っているビルの入り口には、「フジコビルF」とありました。松山市内にいくつもビルを所有されているのですか。

伊藤麻美 いとう・まみ東京都出身。上智大学を卒業後、ラジオやテレビのDJを経て、米国で宝石の鑑定士・鑑別士の資格を取得。2000年、父が創業した日本電鍍工業の社長に就任。医療器具や管楽器などのめっきを主力とする。貴金属ジュエリーの卸販売を行うジユリコの代表も務める

雅人はい。祖父の代でホテル、温浴施設のほかに賃貸マンションや立体駐車場などの事業を始めました。この本社ビルも含めて21の物件があります。父の純人は障がい者が働く場を増やすことにも力を入れ、障がい者の就労支援をする特定非営利活動法人(NPO法人)の「さなえ」を2008年に、同「まもる」を16年に立ち上げました。フジコHDはこのNPO法人と共存共栄しながら健常者と障がい者が共に共存できる地域社会の実現を目指しています。

フジコグループ全体では、(就労支援の形も含めて)現在約300人の障がい者に働いてもらっています。

伊藤小川純人代表は、なぜ障がい者雇用に取り組み始めたのですか。

小川純人代表(以下、純人)そもそも、私は日本的な終身雇用を守るべきだと思っているのです。欧米式の雇用は契約という面が強く、仕事が減ったら即解雇というような形になりがちです。日本も次第に欧米式に近づきつつありますが、本来の日本的な雇用は違います。日本の会社は経営者と従業員がお互いに信用と信頼をしているから成り立っているのです。

ですから、健常者であるか、障がい者であるかに関係なく、経営者と互いに信用、信頼を築ける人に働き続けてほしいと思っています。

障がい者の人たちはハンディを負っている分、様々な場面でこれまでつらい思いをしています。また、健常者の社員では、刑務所や少年院を出所した人たちを雇用しています。彼らも出所後にいろいろと大変な苦労があったでしょう。

様々なつらい経験をしてきた人にも、そうしたことを跳ね返すファイティングスピリットを持って、楽しく働き続けてほしい。その実現をちょっと手助けする場を作りたいのです。