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Vol.8 家業を継ぐことの面白さを 若い世代に伝えたい

みやじ豚
宮治勇輔社長に聞く

「ファミリービジネスは続けることに意義がある」と話すみやじ豚の宮治勇輔社長。宮治社長は人材派遣会社勤務の後、家業の養豚業を継いで豚肉のマーケティングに力を入れて「みやじ豚」のブランドを築き上げた。その経験を基に、農業という家業を継ぐ楽しさを伝えるNPO法人「農家のこせがれネットワーク」を2009年に設立、現在は農家の事業承継問題の解決にも取り組む。17年からは、エヌエヌ生命保険、NPO法人のETIC.(エティック)と共に、農業に限らず家業を持つ後継者候補の若者に家業の良さを啓蒙する「家業イノベーションラボ」の活動も始めた。家業の事業承継を巡って、どんな活動を行っているのか日本電鍍工業の伊藤麻美社長が聞いた。

2018.10.16

みやじ豚

業種養豚、豚の卸売り
所在地神奈川県藤沢市
設立2006年
売上高非公開
従業員5人

東京・吉祥寺の「FARMERS BBQ」は「みやじ豚」や日本各地から厳選した野菜などを楽しめるバーベキュー場

家業は一生を捧げられる
事業になる

宮治勇輔 みやじ・ゆうすけ1978年生まれ。2001年慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、人材派遣会社に入社。05年に同社を退社して家業の養豚業に入る。06年、みやじ豚を設立して社長就任。09年、NPO法人「農家のこせがれネットワーク」を設立して代表理事就任。17年から「家業イノベーションラボ」の活動を始める
(写真:菊池一郎)

伊藤もともと家業である養豚業を継ぐつもりだったのですか。

宮治勇輔社長(以下、宮治)そのつもりは全くありませんでした。自分で起業して、いつかは六本木ヒルズに住み、フェラーリに乗りたいと考えていたときもありました(笑)。大学を卒業して人材派遣会社に勤めていたのですが、30歳までには起業したいと毎朝、勉強しているうちに家業への思いが強くなっていきました。

伊藤家業にどんな魅力を感じるようになったのですか。

宮治どうせ起業するなら自分にしかできないことをやりたい。一生を捧げられる事業を手がけたいと思い悩むうち、親父の仕事を継げるのは自分だけだと気づいたんです。そして、生産するだけでなく、お客さんの家まで直接豚肉を届けたいと思ったら、農業が魅力的に見えてきたのです。「農家のこせがれ」としてのDNAが覚醒したのではないでしょうか。

伊藤麻美 いとう・まみ東京都出身。上智大学を卒業後、ラジオやテレビのDJを経て、米国で宝石の鑑定士・鑑別士の資格を取得。2000年、父が創業した日本電鍍工業の社長に就任。医療器具や管楽器などのめっきを主力とする。貴金属ジュエリーの卸販売を行うジユリコの代表も務める
(写真:菊池一郎)

伊藤弟さんも家業に入っていますね。兄弟2人で家業を継ぐなんてお父様も喜ばれたでしょう。

宮治僕が大学2年生のときに印象的なことがあったのです。友達を呼んでバーベキューをしてうちで生産する豚肉を振る舞ったとき、みんな口々に「こんなうまい豚肉は食べたことがない」と言うのです。そのとき初めて、うちの豚肉はうまいんだと気づきました。

そして、友達は「これはどこで買えるのか?」と聞くわけです。そのとき、頭が真っ白になりました。そんなことを考えたこともなかったからです。親父に聞いても、うちの肉が買える店は分からない。流通の過程ではどの農場からの肉も一緒に扱われるというのです。これが原体験でした。

実は、弟も同じ場にいて、「こんなにおいしいと言ってもらえる豚を親父の代でなくすのはもったいない」と思ったそうです。ただ、兄貴の僕が全く継ごうというそぶりを見せないので、自分が継ぐと決めていたそうです。

それで、僕より2カ月前に弟が実家に戻り、養豚業を継ぐと親父に話していました。僕が決心して実家に戻ったときには弟が先に戻っていたので、自分の居場所はありませんでした(笑)。でも、もともと僕は豚肉をブランド化するプロデューサーをやりたいと思っていたので、生産現場は弟に任せ、役割分担をしました。