日経ビジネスオンライン SPECIAL
住まい特集

時間という視点をプラスすると住まいは楽しくなる

働き方が大きく変化し、「人生100年時代」といわれるほどの長寿社会を迎え、余暇の充実や
ワークライフバランスが重視される今、「住」への関心はますます高まっている。
そこで大切になるのが人生の時間軸と住まいとの関係だ。住まいと人生や家族の関係について
多くの提言をしてきた、建築家の天野彰さんに話をうかがった。

人生100年時代の
家族の時計

天野彰さん考案の人生80年時代の「家族の時計」をもとに作成。人生を時計の12時間で表現、0時から始まり、6時の位置が人生の半分ということになる。この図には子や孫の人生も同心円で表されているが、子の人生を自身に置きかえてみると、親の人生も浮き彫りになる。

建築家

天野 彰さん

Amano Akira

1943年愛知県生まれ。日本大学理工学部経営工学建築科(現生産工学部)卒業。設計事務所アトリエ4A代表。建築家集団「日本住改善委員会」を組織し、生活に密着した住まいづくりやリフォームを手がけ、テレビ、新聞、雑誌などでも積極的に発言している。通産省産業構造審議委員会委員、厚労省大規模災害救助研究会委員などを歴任した。

長期的に「自分の人生を楽しむ」
を意識して住まいを考える

多数の住宅建築を手がけるなかで、常に施主の人生と家族との関係を考え、
最適な「解」を形にしてきた天野彰さん。社会の変化のなかで、
これからは、より長期的な時間軸で住まい方と住宅について考えることが必要だと語る。

「家族の時計」から見える
人生と家づくり

「住まいを考える要素として、空間、人、時間の3つがありますが、近年は、特に時間が注目され、人生(時間)と住まいが一緒に語られることが多くなってきました」

そう語る天野さんは、時間という視点から住まいづくりを理解するために「家族の時計」を考案し、役立ててきた(扉イラスト参照)。この時計では、真上の12時の位置から始まって一周が人生となる。6時の位置がちょうど人生の半分だ。

「僕がこれまで話してきたのは『人生80年時代』のモデル。6時の位置は40歳、9時の位置は60歳です。すると、40歳くらいまでは人は働き盛りであり、子育てにおいても最繁忙期です。それが60歳が近づく頃から激変します。人は定年を迎え、子供も成長して社会人になっていく。ところが、この頃から人生の最終章までの時間が空白期間になっていた。しかし今や『人生100年時代』、今まで以上にそこをしっかり見据えた住まいづくりが必要だ、と僕は考えています」

時計の12時は100歳になり、50代でも人生の約半分だ。加えて「働き方改革」という国をあげての潮流は、働き盛りであっても私的な時間が増えることを意味する。これからの住まいづくりでは、そこまで想像力を働かせてみることも有効だろう。

「子育て期間はそれほど長くないし、ずっと続くわけでもありません。それなのに子育て中心の発想で家を建てる方が多い。子供が独立したり、結婚したりして家から離れた後に、子供部屋が残骸のごとく残る、あるいは物置化している家が多いのです」

確かに実家や知人宅を思い浮かべても、実感する読者も多いのではないだろうか。

子育て終了後の人生を
空白にしないために

人生後半の時間を空白にしないためにはどんな考え方が必要なのだろう。天野さんは日常生活一辺倒でなく、ちょっとした非日常的なエポックを実現できる住まいにすることを薦める。言い換えれば、住まいで遊び心や感性を刺激することだ。

「例えば暖炉を設置すると、その火を見るだけで人間は感性を刺激されるもの。バーベキューができる場を作りたい、という人もいます。住まいづくりは家族の在り方を好転させるうえでも大きなチャンス。それまで思ってもみなかった夢や楽しみも、家を計画するなかで出てくることがよくあります」

子育てを終えるライフステージにさしかかったら、夫婦の居住空間を減らし、子供部屋を廃止して自由に使えるスペースを増やすことを考えてみる。戸建てであれば、それも容易だ。そんな空間では、ホームパーティを頻繁に開き、料理や陶芸、手芸など自身の趣味のサークルに利用するような日常が思い描ける。また教室スペースとして人に貸したり、シェアルームとして学生に貸し出したりすることも可能になるかもしれない。住まいがお金を稼いでくれるわけだ。実際、自宅のリビングを改造して、本格的な喫茶店にした例もあるそうだ。

天野さんは居住空間を減らし、住まいで楽しみや夢を実現するこうした手法を「増築」ならぬ「減築」と名付けているそうだ。

ダイニングに大テーブルを置き、パーティスペースに。吹き抜け上部の左右に鏡の壁を設えることで、空間に広がりを持たせ、光の反射で明るさを確保。自由度の高いスペースは使い勝手が良い。

写真提供:アトリエ4A

「人生後半を楽しみ、男性も女性も新しい可能性を開花させるには、住まいとの関係を時間軸のなかで見直すことが必要なのです」と、天野さん。

人生100年時代を半分の50年で分ければ、前半は学び、働き、子育てするうちにあっという間に過ぎ去るが、後半50年はもっと密度の濃い、自分本位の人生となる。

「その後半の50年を過ごすことを考えて家を建ててほしいですね」という天野さんは、そのための具体的なポイントを2つあげる。

「1つは、必要に応じて自在に変化できる柔軟性のある家にすること。なるべく間仕切りは減らします。同じ広さの家でも仮に一間にして使うと、何倍にも広く感じます。家具も少なくてすみ、掃除も楽になります。広い家にしなければ、空いた敷地を別の形で活用することもできますからね」

もう1つは、年月とともに味わいの出てくる素材を用いることだという。「床材、壁材などに自然素材を使うと年月を経るうちに落ち着いた色味になっていきます。ゆったりと自然の中に住んでいるような家になり、年を重ねてもストレスを感じません」

これから住まいを考えるうえで、さまざまな状況で迷いが生じたとき、立ち返って思い出したいポイントだ。

感性や遊び心を刺激し、
健康を助ける住まい

さらに人生の終盤と住まいを考えると、健康視点も外せない。

「居住者が高齢化すればバリアフリーが大切になることは確かです。しかしただフラットで楽ならよいか、といえばそうではないのが人間のおもしろいところです。私の設計する家には、洋室のリビングから続いて小上がりのある和室を設けることがあります。

段差部分に大きな収納を設けることができる、ベンチ代わりになるので生活シーンに変化が生まれるなどの効果がありますが、もう1つ、小上がりの段差を上がり下りすることが、足腰を鍛えるリハビリの役割を果たすことも重要なのです」

リビングダイニングの「洋の空間」と「和の空間」の境目の小上がり。小さな段差ではつまずくこともあるが、適度な段差は居住者の運動機能向上も期待できる。

写真提供:アトリエ4A

急な階段などは危険で避けるべきだが、体を適度に動かすように促す設計は、健康にとっては望ましいこともある。天野さんは、駐車スペースを設けたために、数段の階段で中二階につながる設計をしたことがあるという。

「お客様の負担にならないか気がかりでしたが、施主が脳の専門医の方で、『これは運動にもなり、脳の活性化にも役立つからこの方が良い』と教えてくれ、安心しました。人は階段を上がるとき、まず下を見て上がり始め、やがて視線を上に戻します。足元の感覚をつかみ、視線を上に向けて歩くようになる。ですから、ゆるやかで適度な階段は、運動機能向上にも効果的だというのです」

天野さんはさらに、「家族の時計」には、同心円状に子の人生、そして自身の親の人生が回っていることを考えてみてほしいと語る。

「自分の人生の針が進むのと合わせて子の人生、親の人生の針も進んでいきます。それを見て、どの時点で同居するのか、介護が始まるかなどを考えてみてください。今、空き家問題が盛んに論じられていますが、住まいを単に空間としてだけでなく、このように時間的存在としてとらえ、それに対応できる柔軟な住まいを建てれば、こうした問題の解決にもつながるのでは、と僕は考えています」