道が人を鍛え、人がクルマを作る!「TOYOTA5大陸走破」プロジェクト

世界中のあらゆる部署から集結したトヨタの従業員が、自らハンドルを握って各大陸を走破する「TOYOTA5大陸走破」プロジェクト。走破だけでなく、その過程で生まれる「もっといいクルマづくり」と、それを支える「人づくり」を目指すこの活動は、これからのトヨタをどのように進化させるのか。

5大陸走破の始まりは
「ニュルブルクリンク」

 2015年4月、トヨタ自動車(以下、トヨタ)は大規模な組織変更を行った。カンパニー制の導入である。7つのカンパニーをビジネスユニットとして最適配置し、意志決定の迅速化を図った。そして2017年4月、新たなカンパニーが加わる。それが、「GAZOO Racing Company」である。その規模は小さく社員数は300人に満たない。しかし、そのエッジが立った存在は、トヨタに火をつける起爆剤のような存在と言ってもいいだろう。“Racing Company”の名の通り、トヨタのモータースポーツ事業を統括する部署だが、それだけではない。モータースポーツ活動で得た知見を活かして高品質のスポーツカーを製造し、収益を得る。その収益で、モータースポーツ活動をさらに推進させ、また新たな知見を得るというエコシステムを構築するのが事業目的だが、重要なのは、収益や技術だけを生み出すプロジェクトではないということ。そこには、クルマそのものをもっと好きになって、よりよいクルマづくりを行う人材を育成するという企業にとって最も重要な狙いが含まれている。

 同社のモータースポーツ活動で「人づくり」を如実に表すのが、「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」(以下、「ニュル24時間」)への挑戦だ。初参戦は2007年。当時トヨタの副社長だった豊田章男氏が「人材を鍛え、クルマを鍛え、もっといいクルマづくりの基盤に据えるべき」と、有志の社員と参戦した。そこで、モータースポーツ活動での経験は人材育成につながることを実感した豊田氏は「ニュルは限られた人間しか参加できない。同じような経験を全社員に味わって欲しい」と考えるようになった。それが、「TOYOTA5大陸走破」プロジェクト(以下、「5大陸走破」)の発端である。

現地でクルマと向き合うことで新しい気づきを得る

関谷利之氏

 GAZOO Racing Companyが「5大陸走破」をスタートさせたのは2014年のこと。オーストラリア大陸を皮切りに、北米大陸(2015年)、南米大陸(2016年)、ヨーロッパ大陸(2017年)、そして本年はアフリカ大陸と進み、2020年までに5大陸すべてを走り抜ける。過去すべてのプロジェクトに参加している、車両の監査・評価・改善などを担当する凄腕技能養成部の関谷利之氏は「『ニュル24時間』にも参加しましたが、『5大陸走破』でも同じような経験が得られると感じました」と語る。その経験とはなにか。

「5大陸走破」の創設に関わった、凄腕技能養成部の金森信明氏は「純粋にどっぷりとクルマだけに向き合う機会は、自動車メーカーの社員といえどもなかなかありません。また、過酷な環境下では、さまざまなトラブルが発生します。装備も限られる状況において短時間でトラブルに対応することは、技能や知識も高められるし、人としても成長できます」と話す。


金森信明氏


 実際、トヨタの市販車の乗り心地の追及を担う関谷氏でさえ「『5大陸走破』はクルマに乗っている時間が長い。やはり、長時間乗らないと分からないことは多く、テストコースの走行では得られない貴重な体験ができました。特に感じたのは、これまでの経験が通じないことです」と振り返る。

「テストコースでは、さまざまな走行を評価します。中でも、直線走行は振動や音がよく分かりますが、この点にこだわり過ぎると、カーブ等でのハンドリング性能に影響が出る場合がある。そういったときは、これくらいがちょうどいいかなとバランスを取るのですが、その考え方がいつも正しいとは限りません。オーストラリア大陸では、世界最長146.6kmの直線道路を走りましたが、こんなに長い直線がある国でまず優先されるべきは、ハンドリング性能よりも振動の少なさや音の静かさです。このように国々の風土や気候、道路特性によって最適なクルマとはなにかと考えさせられることは多いですね」と関谷氏は語る。

 トヨタには「現地現物」という言葉がある。机上や頭だけで考えたり判断したりするのではなく、現場の事実に基づいて考えることだ。そういった意味で、現地の文化や気候の中で、長時間クルマと向き合い最適なクルマとはなにかを見出すことは、まさに現地現物である。

これからのトヨタを担う世代を参加させる

風間一哉氏

「5大陸走破」は技術系の社員のみならず、事務系の社員も多く参加する。広報部に所属する風間一哉氏は、そのメンバーのひとりである。

「私が参加したのは、2015年11月18日~12月8日に実施されたアラスカルートです。1チームは30人程度で、2週間ごとに参加者が入れ替わります。クルマも現地で売れている車種を中心に複数台を乗り替えます。北米ではのべ23車種が使われました」

 風間氏が参加したのは、入社から3年目の25歳のとき。非常に若い気がするが、「金森氏にはプロジェクトの概要を決めるときに、『年寄りは連れていかないと決めていた』と言われていました」と笑う。風間氏は当初「楽しみ半分、怖さ半分。でも、こんな機会でもないと、アラスカなんて行くことはないだろうな」と軽く考えていた。広報部ということもあり、クルマのことも分かっているつもりだった。

「思い上がりでしたね。自分がクルマのことを分かっていないことを思い知らされました」。もちろん、風間氏は商品知識は豊富で自社のクルマに対する造詣も深い。「知らなかったのは、クルマの本質です。アクセルをどう踏めば、どう動くのか。過酷な環境下で長時間クルマと向き合うことで、初めてクルマのことが分かった気がします」と語る。

「『5大陸走破』の参加者には、参加における具体的なミッションは課せられていません。報告書の提出はありますが、チーム内で何を担当し、そこからどのような知見を得て、それを後の仕事にどう活かすかは、個人に委ねられています」。風間氏は「現場で自分が技術的な手助けや調査検証は難しい」と考え、得意の英語を活かして、チーム内でのコミュニケーターとしての役割を担った。その過程で、現地事業体メンバーとの関係を深め、現地で求められる機能にも気づかされたという。

「冬のアラスカでは、クルマが止まることは死に直結します。私たちの仕事は、ほんの少しでも妥協してはいけないことを改めて痛感しました」

 風間氏は広報部員として、試乗会などで自動車評論家と接する機会も多い。帰国後、風間氏は積極的に評論家の意見を聞き、できるだけ正しく開発部門に伝えることを心掛けているという。直接クルマの開発に関わる立場ではないが、広報としてどのようにすれば「もっといいクルマづくり」に貢献できるかを考えた末の行動だという。