消費者データに関する透明性の観点から、データを活用した企業マーケティングに変化が求められる時代。人々の趣味嗜好は一方ますます細分化され、そこへのアプローチは難しさを増す。そんな中、高い品質で知られる「今治タオル」ブランドでも特に熱狂的なファンを数多く生み出しているのがIKEUCHI ORGANICだ。同社はオーガニックコットン100%のタオル、工場の電力を風力発電で賄うなど、環境と安全に配慮した理念経営が注目を集める。今回は顧客ロイヤルティ向上に取り組む企業の支援を行うチーターデジタルの加藤希尊氏が、IKEUCHI ORGANICの牟田口武志氏と対談。今後ファンマーケティングをいかに捉え、この難しい時代といかに向き合うべきか。両者の対話から、その道筋が開かれる。

第一に、お客様の声を聞く
かつて救われた過去がある

IKEUCHI ORGANIC
営業部 部長
タオルソムリエ
牟田口 武志 氏

加藤氏 タオル業界と貴社の事業に対する、コロナ禍の影響についてお聞かせください。

牟田口氏 弊社では、B to BとB to Cの両方で事業を展開していますが、コロナでは双方のビジネスとも影響を受けました。B to B事業ではノベルティの需要が急減しました。また、多くの小売店舗が一時期休業や営業時間短縮を余儀なくされたのはご承知の通り。その影響は小さくありません。

加藤氏 東京・青山と京都市、今治市で展開している直営店もお休みされていたのですか?

牟田口氏 はい。危機感を募らせていたとき、店舗のお客様から「お店のスタッフと話せないのが寂しい」という声をいただくようになったのです。これを受けて2020年4月から、オンライン会議ツールZoomを使って店舗スタッフがお客様と応対する「オンライン接客」を始めました。

オンライン接客の様子と、カメラ越しの店員の姿

加藤氏 貴社は2003年に取引先が倒産した影響で、民事再生法の適用申請を行いました。その後、顧客に支えられながら復活を果たしています。いまのお話はそんなストーリーと重なりますが、企業と顧客が、そこまでの関係性を築けるのはなかなか珍しいことですよね。

チーターデジタル
副社長 兼 CMO
加藤 希尊 氏

牟田口氏 代表の池内(池内計司氏)をはじめ、当社ではお客様の声を聞くことを第一に事業を展開しています。実際、池内自らオンライン接客を行うことも珍しくありませんが、やはり一度倒産となった際に、お客様に助けていただいた経験が大きいですね。

加藤氏 具体的に、お客様の声はどのように聞いているのでしょうか。

牟田口氏 コロナ以前は、店頭イベントで伺うことが多かったです。その他、SNSを介したコミュニケーションですね。私も含め、複数の社員がツイッターで情報発信していますが、そこでお客様からご意見をいただくこともあります。ただそのような情報だけではミスジャッジをする可能性があるので、定量的なデータを組み合わせながら意思決定しています。

加藤氏 定量的なデータというのは、「NPS(Net Promoter Score:ネットプロモータースコア)」のようなものですか?

牟田口氏 NPSは定期的に測定していないのですが、似たような指標として「ファンベース診断」の結果を活用しています。企業やブランドのファンをベースにした取り組みで売上や事業価値を高めようとする「ファンベース」というマーケティング手法を実践するために、顧客アンケートによってお客様の感情を可視化するもので、2020年に実施しました。

意図を超えた波及も期待
顧客のブランド資産を掘り起こせ

加藤氏 当社(チーターデジタル)では、顧客の属性やトランザクションデータ(経済、行動)に加え、ライフスタイルなどの趣味嗜好を適切に把握できるゼロバーティデータの活用が、これからのマーケティングには欠かせないと考えています。例えば、貴社では吸水性や肌触りによって、様々なキャラクターのタオルが用意されていますが、顧客の中には柔らかさを重視する人もいれば、吸水性を重視する人もいるかと思います。ゼロバーティデータを活用すれば、「購入」や「来店」というトランザクションだけではなく、好みを捉えて一人ひとりのお客様に紐づけることが可能になるのです。

チーターデジタルが図解するゼロパーティデータ活用

牟田口氏 季節やシチュエーションによって、タイプの異なるタオルを使い分けるお客様が多いので、そのような嗜好によって厳密なセグメンテーションをしているわけでありません。ですが、お客様の行動や心理を適切に把握できるのは興味深いですね。なぜなら当社はマーケティングにおいて、お客様の感情が実際に動いたかどうかを、常に考えるようにしているからです。例えば何かキャンペーンを行った結果、単に「ECサイトへのアクセスが上がったから、これは成功だ」という判断は下しません。繰り返しになりますが、お客様がどのようなことを感じ、どのようにリアクションしたのかを、店舗やファンイベント、SNS、さらにはオンライン接客などを通して伺った内容を、データと組み合わせて判断するようにしています。

オーガニックコットンの生地で製造された、IKEUCHI ORGANICのタオルを実際に触りながら

加藤氏 少し話は変わりますが「パレートの法則」では、2割の優良顧客が8割の売上をあげると言われています。だからこそ、優良顧客とエントリー層を近づけるかは、売上を伸ばすための重要な点になりますが、これを実現するために取り組んでいることはありますか。

牟田口氏 エントリー層に対しては、ブランド認知をどのように高めていくかは課題としてありますが、タオルは実際に手で触れていただかないと、価値が伝わりにくいもの。逆に言うと、一度触れていただければその価値は理解してもらえると自負しています。ですので、まずは私たちの商品を体験できる場所を増やしていくことが必要だと考えています。それは小売店だけでなく、感度の高いお客様が利用するホテルやレストランなど、体験価値を提供できるお店も含みます。体験価値がしっかりと提供できるお店であれば、ユーザーも違いを実感することができるからです。また、1度使用され品質を評価いただいた後、継続してご利用いただくかも課題の一つです。まさにデータを活用して、この課題を解決する方法を模索している最中です。

南青山で営業する直営店、IKEUCHI ORGANIC TOKYO STORE。この日も来店客と店員がコミュニケーションを重ねていた

加藤氏 ファンの熱量を高める手法として最近注目しているのが、顧客の中に眠るブランド資産を引き出す取り組みです。例えば海外サッカー、英プレミアリーグの「マンチェスター・ユナイテッド」は、コロナ禍で試合が開催できない際に「選手のぬり絵コンテスト」を実施。最終的に5000枚ほどの塗り絵が集まりました。他には過去の試合のベストメンバーを選んで提出して、参加を促すキャンペーンを展開しました。選手やチームに対する、顧客の“好き”という気持ちを表層化させた好例です。結果として、500万ほどの投稿を様々な施策を通じて得ることができています。こうした顧客側のブランド資産をうまく引き出すことで、波及する効果は非常に大きいと考えられます。

マンチェスター・ユナイテッドが実施した、所属選手のぬり絵コンテストの様子 (左)とベストメンバー投票の様子(右)

牟田口氏 同感です。規模は異なりますが、当社でも実際にこんなことがありました。結婚10周年を記念する品に、元々考えていたダイヤモンドではなく、当社のタオルケットをお選びいただいたお客様がいらっしゃいました。オンライン接客の対応を気に入っていただいた結果でしたが、Web上であらましをご自身が紹介してくださったのです。その内容が反響を呼び、結果さらにタオルケットで行った施策に対して100以上の口コミが集まりました。やはり今は、メーカー側が製品の良さを語っても伝わりにくい時代なこともあって、まさに私もお客様の中にあるブランド資産を引き出す取り組みの必要性を感じていたところです。

IKEUCHI ORGANICのタオルケット

「コロナが終わったら、工場に行きたい」
オンライン施策でファンの熱量を蓄積

加藤氏 例えば、熱狂度を基準に「エントリー層」「ミドル層」「ファン層」に顧客を分けた時、「ミドル層」にいる顧客を「ファン層」に引き上げるには、企業やブランドのミッションやビジョンに共感してもらうことが必要だと考えられます。貴社ではミッションやビジョンへの共感を促すために、特別な取り組みをされているのでしょうか。

牟田口氏 敢えていえば「できるだけ透明性を高める」ということでしょうか。例えば、言葉だけで「環境と安全に優しいです」といっても、消費者の皆さんにきちんと伝わるとは限りません。昨年のファンイベントでは当社タオルの原材料、オーガニックコットンを収穫するタンザニアの農家を、オンラインでつなぎ紹介させていただきました。自社工場はもちろん、タオルに関係するすべてを包み隠さず見てもらうことで、理解いただけることがあると思います。例えその中に不完全な箇所があっても、きちんとしたミッションやビジョンがあれば問題はありません。むしろ欠けたところを見せることで、親しみやすさも生まれよりご愛顧いただけるのではないでしょうか。

加藤氏 IKEUCHI ORGANICがさらに顧客に愛されるブランドになるために、これから取り組もうと考えていることを教えてください。

牟田口氏 タオルも長持ちさせるには、手入れをきちんと行うことが大切。洋服や靴と一緒です。2021年10月5日、当社は新しく「タオルメンテナンス」プログラムをリリースしました。これはランドリー会社と提携し、購入いただいたタオルを当社監修の方法で洗濯するというもの。できるだけタオルを長く使っていただきたいという思いで始めました。私たちの製品を長期にわたり使用してもらえるということは、それだけブランドに接触する時間も長くなるということ。その分、お客様との関係性も深くなると考えています。今後は「タオルメンテナンス」以外にも、製品が長く愛されるための取り組みを展開するつもりです。またコロナ終息後に、実店舗や工場に訪れたいと思ってもらえるような施策も進めていきたいですね。

IKEUCHI ORGANICのマーケティング施策マップ。コロナ禍を経てオンラインイベント・オンライン接客が加わった

加藤氏 アフターコロナに向けて、ファンの熱量を蓄積するというわけですね。

牟田口氏 それをしていかないと、ブランドが忘れ去られてしまうという危機感を常にもっています。デジタル技術なども積極的に活用し、お客様とのコミュニケーション手段を充実させていきたいですね。昨年オンラインで実施したファンイベントでは、工場内に設置したカメラを介して製造工程を見学していただきました。こうした施策をさらに強化していきます。名付けるとすれば、「工場に行きたくなる工場見学」プロジェクトでしょうか。

「工場に行きたくなる工場見学」プロジェクト、オンライン工場見学の実際の様子

加藤氏 オンラインイベントが単に、コロナ禍で提供できなくなったサービスの代替ではないというのが重要ですね。「手触り感」「リアルタイム感」がある、ユニークかつ素晴らしい取り組みだと感じます。本日は様々な業界、企業に刺激と示唆を与える、興味深いお話をありがとうございました。