杉本:新型コロナウイルスの拡大は、リテール業界に大きな影響を及ぼしています。百貨店などインバウンド消費に支えられた業態を中心に希望退職を募る動きが出ており、その一方で、業績好調な企業も少なくありません。マスクや消毒液など、安全・安心を守るための商品を取り扱うドラッグストア業界や、巣ごもり消費を支えたホームセンター業界では、最高益を記録する企業が出ています。
消費者ニーズの変化に対応できているかどうかで、明暗が分かれているように感じます。こうした変化に対応するため、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する動きも加速しているようですが、実際にどのような取り組みが行われているのでしょうか。
東:最もDXが進んでいるのは、世界最大かつ最先端のリテール市場である北米です。
例えば、世界最大規模の小売業であるウォルマートは、米国内に広域の店舗網を持つ強みを生かしつつ、成長が続くオンライン市場にも注力しています。同社の2020年8~10月期の業績は増収増益、オンラインでの売り上げは前年同期比79%増となり、フィジカル店舗とオンラインを組み合わせた新しいビジネスモデルが消費者の支持を得たことが証明されました。
ウォルマートのように、アマゾンなどのディスラプターに市場を奪われつつあった伝統的な小売企業が、自らのビジネスモデルをトランスフォームして迎え撃つという北米市場の動きは、やがて日本でも起こり得るという意味で非常に示唆に富んでいます。
杉本:国内の動向はいかがでしょうか。
松本:日本でも、フィジカルとオンラインを組み合わせる動きが広がりつつあります。
例えば、イオンは19年11月、英国のネットスーパー企業であるOcadoと日本国内における独占パートナーシップ契約締結の発表をされました。Ocadoのテクノロジーとノウハウを活用し、30年度までにネットスーパー事業で6000億円の売り上げを目指す計画です。
市場環境が激しく変化し、スピード対応が要求される中で、日本の小売業におけるIT内製化比率も顧客接点となるシステムを中心に増えてきています。そうした環境の変化とともに、小売業のお客様が富士通に求める役割も変わってきていることを実感します。
杉本:リテールのビジネスは今後どのように変化していくべきでしょうか。富士通が掲げる「リテールDX」のコンセプトに照らし合わせながら教えてください。
松本:富士通は、リテール企業のお客様がDXを実現するためのポイントは、「CX(顧客体験)」向上、「EX(従業員体験)」向上の両立と、それを支える「VC(バリューチェーン)」の高度化であると考えています。これを実現するためには、デジタルテクノロジーの高度利活用を通じたビジネスモデルの変革が不可欠です。
まずCXについては、新型コロナウイルスの感染拡大で一気に変化した消費者の価値観や行動様式に対応し、フィジカルとデジタルの両面を組み合わせた新たな購買体験を提供することで顧客の支持を得る必要があります。
ほとんどの消費者がスマートデバイスを持ち歩く時代となった今、これまでにない新たなCXをリアルタイムに提供することも技術的に不可能ではなくなりました。当社はフィジカル、デジタル両面でCX向上に向けたテクノロジーやソリューションを提供していきます。
杉本:EXの向上は、なぜ大切なのでしょうか。
松本:新型コロナウイルスの影響で、感染対策など店舗従業員1人あたりの業務負担はますます重くなっています。これに対応するには、これまで人の経験と勘に頼ってきた業務をAI(人工知能)やIoTテクノロジーに置き換え、省人化と自働化を促進することが大切です。当社は、従業員の負担を減らし、EXを向上させる一方で、自働化によるオペレーション全体の生産性向上と高度化を実現していきます。
杉本:VCの高度化は、なぜ求められるのでしょうか。
松本:廃棄ロス削減等の小売業だけで解決できない課題の解決には、製・配・販のバリューチェーン全体での最適化や、企業間でのコラボレーションの促進、異業種との連携がますます重要になってくると考えています。
富士通は、企業間のコラボレーションを促進するプラットフォームの提供に取り組んでおりますし、当社には食品メーカー、卸売業、物流会社など、たくさんのお客様がいらっしゃいます。1社だけで解決できない課題については、業界や異業種も一緒になって、課題解決に導く取り組みを進めていきたいと考えています。
杉本:CXとEXの向上、VCの高度化というビジョンを実現するために、富士通ができることについて教えてください。
清水:大きく分けると、2つのアプローチがあります。1つ目は、デジタルシフトが急速に加速している領域に対してのアプローチです。このアプローチにおけるポイントは、「市場変化・ニーズ変化への柔軟な対応」および「スピード」だと考えています。
そのためには、我々自身も変化する必要があり、マイクロサービス化やアジャイル開発、メガクラウドのPaaSサービスを効率的に利用したローコード開発を行うなど、アジリティを意識してソリューション提供のスピード化を図ることが求められています。
さらに大切なのは、そうした取り組みの中に、富士通としてこれまでリテールビジネスに携わってきたノウハウを注入することです。例えば、小売業を意識したマイクロサービスの切り分け方やAPI、品質とコストバランス等を意識したソリューションを提供することが我々のミッションだと思っています。
そうした考えの下、20年秋に「Brainforce」(ブレインフォース)というソリューションサービスの提供を開始しました。このサービスでは、ユニファイドコマース向けのサービスおよび、サービスの組み立てに必要となるAPIの提供を行っています。
杉本:こうした新しいソリューションサービスは、すべて自社で開発されているのですか。
清水:この領域については、当社だけでの取り組みではなく、他社サービスや、スタートアップ企業との連携を図ることで、スピード対応を図っていきます。
直近では20年12月に北米のスタートアップ、ブイコグニションテクノロジーズが開発したレジレスソリューション「Zippin」(ジッピン)との連携を発表しました。マイクロマーケットを主要ターゲットとしており、AIを利用した無人店舗ソリューションを開発していく予定です。
杉本:2つ目のアプローチとは、どんなものでしょうか。
清水:基幹業務を支えるビジネス領域に向けたソリューションへの取り組みです。
この領域で大切なポイントは「事業継続」と「事業の効率化」です。従来の業務ソリューションのように継続的に提供するだけでなく、事業の効率化という点で、AIを利用した基幹業務プロセスの高度化を実現するソリューションを目指します。
松本:一例として、ある食品スーパーの日々の発注業務に需要予測SaaSを活用されている事例があります。人の経験と勘に頼っていた予測業務をAIが行うようになったことで、予測精度が2倍に高まり、食品廃棄ロスやオペレーションの削減につながりました。今後も、こうしたソリューションを積極的に提案してまいります。
杉本:他にも、今後の目標があればお聞かせください。
松本:当社は、先ほど述べた「CX、EXの向上とVCの高度化」の実現に向けたテクノロジーやソリューションを提供するだけではなく、市場環境、競争環境が急速に変化し、先の見通しが立ちにくい時代に、小売業のお客様と共に考え、解を導き出し、お客様の経営革新、事業革新に寄り添う、真のDXパートナーとなるべく、活動を進めてまいります。
東:富士通には日本だけでなく、北米、欧州、アジア、豪州にも数多くの小売業のお客様がいらっしゃいます。今後、段階的にではありますが、真のDXパートナーを目指した活動をグローバルベースでも進めていきます。
杉本:最後に、リテールビジネスに関わるビジネスパーソンにメッセージをお願いします。
松本:21年3月に「リテールテックJAPAN 2021」が開催されます。今回お話しした内容に加え、業界有識者の対談、ソリューションや先進事例等をご紹介させていただく予定です。オンライン出展となりますので、ぜひそちらにもお越しいただければと思います。