日経XTREND SPECIAL

「強いCX」はこう作るRidgelinezが提唱する
“アイデンティティ共鳴型”の顧客体験

プロダクトやサービスを開発する際、近年重視されるようになったCX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験)。しかし現実は、ほとんどのプロダクトやサービスでその差異化が行われておらず、特徴的なCXを生み出せていない。
そうした中で注目されているのが「アイデンティティ共鳴型」のCX開発の手法だ。
消費者がどんなライフスタイルを送りたいのか、その根底にある価値観を分析する。これまでのマーケティング調査にはない、深い洞察から読み取った潜在的なニーズをベースに、企業のアイデンティティや存在意義に沿ったプロダクト・サービスを開発する。ユーザーと企業の「自分らしさ」を共鳴させることで初めて生み出せる、その企業にしかできないCXに今、注目が集まっている。
今回は、数多くの企業のCX変革を支援しているRidgelinezに、アイデンティティ共鳴型CXとは何かを解説してもらった。「自分たちらしさ」を打ち出すことなく顧客体験をデザインして失敗した事例、成功を収めている企業の事例を紹介してもらう。その上で真のCXを成し遂げるために必要なことは何かを聞いた。(聞き手:日経BP 総合研究所 上席研究員 デザイン・イノベーション センター長 丸尾弘志氏)

企業と顧客の「らしさ」が
響き合う関係づくりを

企業が「自分たちらしさ」(アイデンティティ)とは何なのかを問い直し、その「らしさ」に沿った顧客体験をデザインすること。これが、Ridgelinezが提唱するCX変革のポイントである。

消費者の価値観や行動様式は多様化しているが、企業が消費者に提供する価値は、むしろ同質化、均一化が進んでいる。そうした中で、他社にはない「自分たちらしさ」を打ち出した企業だけが消費者の共感を呼び起こすことができ、顧客に感動や喜びを与えるようなCXを提供できるのである。企業と消費者それぞれの「らしさ」が響き合う、“アイデンティティ共鳴型”の顧客体験だ。

「残念ながら、そうした顧客体験を提供できている業種や企業はそれほど多くありません。中でも、自社のブランドアイデンティティを踏まえずにビジネスを展開して失敗するケースはかなり多く見られます」と語るのは、Ridgelinezの鈴木謙一氏である。

鈴木 謙一氏
profile
鈴木 謙一
Ridgelinez株式会社
Director
CX改革やデジタルマーケティング戦略の策定、営業改革支援等、幅広いテーマのコンサルティングプロジェクトをリードし、企業のマーケティング高度化を支援。データ活用サービスの企画や多様なマーケティングパートナーとのアライアンスを経験し、富士通にてデジタルマーケティング事業統括を経て現職。

その典型的な業種の一つが、フードデリバリーサービスだという。コロナ禍以降、自宅で食事を取るニーズが急拡大し、外資系を含むさまざまなフードデリバリーサービスが続々と参入した。競争相手の増加とともに、注文の奪い合いも激化の一途をたどっている。実際、フードデリバリーサービスは、登場してからわずか2年ほどで成熟産業となり、大手による中堅の買収や、一部外資の撤退といった淘汰が始まっている。

「ラインアップをひたすらそろえ、いかに早く安く届けるか、という利便性だけで競争するとそれだけが評価軸になってしまいます。例えば、サービスを提供するターゲットを働く単身者に絞るといったように、他社にはない差別化要素を設け、そこからターゲットに求められるサービスをデザインしていく取り組みが求められるのではないでしょうか」と語るのは、Ridgelinezの本多純氏である。

本多 純氏
profile
本多 純
Ridgelinez株式会社
Senior Manager
B2B、B2C含む複数の業界に対し、テクノロジー・人の感情両面でのマーケティング&コミュニケーション戦略策定、業務&ITグランドデザイン、導入・利用定着化、デジタルデータ/チャネルを生かした新規事業開発などを手掛ける。エンジニアとしてのバックグラウンドと、フォトグラファーの顔も持ちクリエイティブにも精通する、BTC型人材。

「暮らし」「感動」で変わった
パナソニックとソニー

一方、自社のアイデンティティを明確に打ち出し、それを消費者のアイデンティティと共鳴させることで、CXを成功させている企業もある。その代表例として鈴木氏と本多氏が挙げるのが、パナソニックとソニーだ。どちらも日本を代表する家電メーカーだが、2000年代以降、幾度もの大きな経営危機に直面したことはよく知られている。

米アップルによるシンプルさと高いデザイン性を兼ね備えたコンシューマーエレクトロニクスや、韓国製、中国製をはじめとする安くて性能・機能も良い家電が世界市場を席巻し、日本の家電業界を苦境に追い込んだ。一部の家電メーカーは身売りせざるを得なくなったが、パナソニックとソニーは、自社のアイデンティティに立ち返り、選択と集中と磨き上げを行うことで、家電メーカーとしても独自のポジションを確立しながら生き残りを図っている。

「そうした一時期の困難を乗り越え、パナソニックとソニーは、自社のアイデンティティを起点とする事業やサービスのデザインに取り組むようになりました。掲げているアイデンティティやアプローチの方法は異なりますが、両社ともに大きな成果を上げました」と本多氏は解説する。

例えばパナソニックは、創業100周年を迎えた2018年に「くらしアップデート」という新ビジョンを、2021年には「一人ひとりに“ちょうどいい”くらしを提案する」とそれぞれ発表した。個々の製品の性能や意匠をとがらせる家電メーカーの立ち位置を見直し、自社のアイデンティティを、生活者のくらしをより快適・充実化するためのライフスタイルパートナーと位置づけ、個々人のくらしのニーズに寄り添ったプロダクトと、個別化された情報・サービスを総合的に提供するアプローチを取っている。

従来の日本製家電と言えば、高性能・多機能が当たり前だったが、パナソニックは「フルスペックから、マイスペックへ」という考え方の下、機能詰め込み型のものづくりから脱却。あえて機能を削ぎ落としたり、ユーザーがアプリで機能をカスタマイズできたりする調理家電などを提供している。メーカー側からのお仕着せで、使うことのない機能まで搭載するのではなく、料理の好みや調理方法に合わせて、ユーザーが使う機能だけを選んでもらうというものだ。「くらし」というキーワードを起点に考えるからこそ、こうしたアイデアが生まれると言える。

鈴木氏は、新しい「くらし」の提言例として、パナソニックが花王とのコラボレーションで実施した『#センタク』プロジェクトにも注目する。「洗濯は一見手間のかかる面倒な家事と思われがちですが、清潔でいい香りの服に家族が袖を通すと、気持ちが前向きになる、自分の大切な家族のためのポジティブな家事として捉え直し、『もっと楽しんでみませんか』と顧客に提案しているのです。その他、米国では働く親の負担軽減のためのパーソナルアシスタントサービス『Yohana Membership』も展開しており、こうしたアプローチも顧客を思いやるメーカー側の気持ちと新しい暮らし方を求める顧客側の気持ちを共鳴させる取り組みだと言えます」と語る。

同様に、ソニーは2017年の経営方針説明会で「ソニーは感動会社である」といった旨の発表をして以来、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」をPurposeに、感動を体感するための優れたハードウェア、感動を表現するクリエイターのコンテンツ、そして感動を顧客に届けるDTC・サービス業を組み合わせた事業を行う企業に変革していった。感動の創造から提供までを担う企業と位置付けることで、かつて自社を脅かした韓国メーカーやアップルとは異なるアイデンティティを確立することに成功している。

「映画やゲームといったエンタテインメントのコンテンツを充実させることで、製品だけでは生み出せない感動を届けようとしています。地上波では『4K』対応コンテンツが充実していないため、ソニーの高機能テレビの強みを生かすため、グループの映画事業会社であるソニー・ピクチャーズと連携した専用のコンテンツサービス『BRAVIA CORE』を提供したり、ゲーム機『PlayStation』とテレビの連携機能を強化するなど、より大きな感動を提供できるようにグループ全体で取り組んでいます」(鈴木氏)

「4K」や「HDR」など単純に高画質・高音質の製品を作っても、例えば地上波ではこれらに対応したコンテンツはない。感動を生む映画やゲーム、アニメや音楽コンテンツと、それを最大限で楽しむための高画質・高音質なハードの両面から豊かな体験を供給し、プロダクト・サービス両面の価値を実感できる環境を提供している。

このようなアイデンティティに立脚した取り組みがユーザーからの支持を獲得。例えば日経リサーチのブランド戦略サーベイ2021の総合評価ランキングでは、全600社中ソニーは3位、パナソニックは6位という評価を得ており、ユーザーの高い信頼を得ている。加えてソニーは、2022年3月期決算予測において過去最高の営業利益を見込んでおり、株価もこの10年で約8倍に上昇した。

「すべきでないこと」を
規定することでより強く

本多氏は、パナソニックとソニーの取り組みについて、「パナソニックなら『くらし』、ソニーなら『感動』という、各社のキーワードに直接関与しない事業やサービスは、どんどん切り捨てているのも特徴です」と語る。「パナソニックは『くらし』の中心に据えていない事業は生産委託に切り替えるなど取捨選択を行い始めていますし、ソニーは『感動』に振り切るために、ノートパソコンや電池などの事業を切り離しました。アイデンティティを起点とするCXにシフトすれば、何を『すべき』(Do)なのか、『すべきでない』(Don’t)のかがおのずと峻別できるようになり、そこにリソースを集中させて強みをさらに発揮できるようになります」(本多氏)。

では、アイデンティティ起点のCXを成功させるためのポイントとは何か。鈴木氏は、刈り取り型、囲い込み型の顧客体験や事業モデルから脱却し、企業と顧客が融合した新たな事業デザインプロセスを構築することが重要だと語る。

「従来の顧客体験や事業モデルづくりのアプローチは、ニーズが顕在化している顧客をいかに効率よく捕捉し、その情報を基に自社を魅力的に訴求することで、製品・サービスを選んでもらうかに重きが置かれています。いわゆる刈り取り型です。このやり方では、属性や行動起点などのデータ分析を基にターゲット顧客を特定し、より効率的な接点を使ってプッシュ型の製品・サービス訴求を行うのが一般的ですが、突き詰めていくと、ニーズが顕在化している同じ消費者層に、各社横並びで似通った体験を提供してしまうことになってしまいます」(鈴木氏)

かつては、「モノからコトへ」の転換によって顧客体験を高めるという考え方もあった。しかし本多氏は、「有形(モノ)であろうと無形(サービス)であろうと、手段を売ることに閉じてしまったら、顧客に提供できる価値は変わりません」と説明する。

自社商品の販売促進ありきのアプローチは、顧客の価値観や行動原理に寄り添ったものではないため、価値観の違う顧客には最初から見向きもされないか、買ってはみたものの結局自分には合わなかったからと永遠に距離を取られてしまう。価値観に合った顧客についても、各企業から商品性の訴求を受けるだけであればコストパフォーマンスだけが評価されてしまう。もっと利便性の高いものが登場すれば、市場丸ごと駆逐されてしまい、サステナブルなビジネスにつながらない。「そこで、B to Cであれば生活者のライフスタイル、B to Bなら法人のビジネスに寄り添い、彼らの生活上の幸福感や仕事の成功にコミットするように事業をリデザインすることが必要になります」と本多氏はアドバイスする。

具体的には生活者の価値観を捉え、モノ+コトを組み合わせた顧客体験を作り、生活者のライフスタイルのパートナーとして収益を上げていく事業構造を描くことだ。そのためには、誰のどんなライフスタイルに企業として寄り添うのか、なぜそれを自分たちの企業が行うのか、その目的設計とスコーピングを行い、企業のアイデンティティを形作る必要がある。

Ridgelinezは、アイデンティティ起点のCX変革を支援するために、2つのアイデンティティを捉えるフレームワークを活用している。

1つは「生活者のアイデンティティ」を捉えるための「Human & Value」(ヒューマン&バリュー)というフレームワークだ。人々の欲求や思想、感情などから「14の価値観」モデルを定義したもので、これをもとに生活者の価値観と実際の消費行動との関連性の分析、新たな価値観を踏まえた顧客体験やサービス提供の効果測定などを行っている(図1)。

図1:生活者のアイデンティティを捉えるフレームワーク
図1:生活者のアイデンティティを捉えるフレームワーク
デモグラフィックでは見えない人の行動を捉え続けるサービスを作るために、Ridgelinez独自の人の価値観モデル「Human & Values Model」を作成

Ridgelinezは2021年に、日本と米国の合計4000人に「日頃から意識している価値観とは何か」を調査。「安全で健康に過ごしたい」「個人の自由を大切にしたい」といった14の価値観について、日頃どの程度意識しているかなどを聞いた。すると現代の社会には、上記の価値観モデルに基づいて、大きく分けて5つの特徴的な行動様式を持つクラスタがあることが分かったという。この5つのクラスタをさらに深掘りして行動様式や潜在的ニーズを分析していくことで新しいプロダクトやサービスを開発する潜在的ニーズを探していくのだという。

「このフレームワークを活用することで、生活者がどういう行動を取っているかということに加え、『どうありたいか』を捉え、社会やライフスタイルの未来像を人起点で予測できるようになる」と鈴木氏は説明する。

もう1つは、「企業のアイデンティティ」を捉えるための「CXアイデンティティフレームワーク」である。まずは、その企業がどういう目的や強みで事業を行っているのか、社会的な存在意義とも言える「パーパス」を定義し直す。さらにその会社が市場からどのような印象を持たれ期待されているのか、その企業に対する生活者の視点との重なりを捉える。そして、判明した結果に基づいて企業の行動規範を掘り下げ、顧客体験やサービス提供における「Do」と「Don’t」を決めるというものだ(図2)。

図2:企業のアイデンティティを捉えるフレームワーク
図2:企業のアイデンティティを捉えるフレームワーク
企業の内と外の声を中心に、人起点で企業のアイデンティティを捉えるRidgelinez独自のフレームワーク

言い換えるとこのフレームワークは、企業の「ひととなり」を決めるための作業となる。経営者や社員、そして取引先や顧客を含めた360度の視点から「自分たちらしい振る舞い」を定義して、そこからプロダクトやサービス、その提供方法までの、提供すべきCX全体を作り込んでいくというものだ。

「売り切り型のビジネスモデルから、生活者に選ばれ長く愛され続けるというサステナブルな事業モデルへ転換するには、これらフレームワークはもちろんだが、企業の組織体制やDX戦略も含めた大きな変革が必要。デザイン、ビジネスモデルの設計、DXのサポートまでトータルで顧客をサポートできるのが、Ridgelinezの強みでもある」と、本多氏は言う。

vol.1
Ridgelinez株式会社