有明プロジェクトが目指す
5つのポイントとは
ファーストリテイリングは「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」というコーポレートステートメントを掲げている。情報製造小売業への変革を推進する有明プロジェクトは、この方針を具現化するための重要施策の1つである。
この取り組みはテクノロジーがカギを握る。顧客から店舗、工場までをダイレクトに情報、すなわちデジタルでつなぐ必要があるからだ。具体的には、顧客と双方向にコミュニケーションを取り、その声を取り入れて、本当に求められている商品をつくる。それを必要なタイミングで必要な分だけ生産・販売できるサプライチェーンを構築し、顧客が便利に買い物を楽しめる店舗・EC一体型の購買体験を提供する、という形だ。
「その実現に向け、多様な情報を一元管理するグローバル共通プラットフォームを構築し、『顧客基盤』『商品企画』『生産・物流』『販売』『働き方』という5つのポイントを軸に変革を進めています」と大谷氏は話す(図1)。
図1 「有明プロジェクト」で目指す姿

消費者の声やトレンド情報、商品企画・生産・物流・販売にわたる多様な情報を統合プラットフォームに集約し、デジタルの力を活用して5つのポイントを実践していく
このプラットフォームも含め、同社のシステムはすべてクラウド上で開発・運用している。「ビジネスのアジリティとスピードを向上させるためです。当社のビジネスはグローバルで展開しているため、国や地域を超えて柔軟にスケールできる拡張性も不可欠です。オンプレミスではインフラがビジネスの足かせになる」と大谷氏は理由を述べる。その多くがアマゾン ウェブ サービス(AWS)で稼働しているという。
情報システムのクラウド化に舵を切ったのは約12年前。SAPシステムを含むクラウドリフト&シフトを進める上で、メモリーが4TBに及ぶインスタンスが必要だった。しかし当時、国内にそうしたサービスは存在しない。「AWSはこちらのニーズを汲み取って、東京リージョンに新サービスを提供してくれました。安定性・スケーラビリティの高い様々なサービスを複数のリージョンで利用できる点も魅力です」と大谷氏は評価する。

クラウドへのシステム移行に伴うアーキテクチャ変更もAWSをはじめとしたクラウドを徹底的に活用し進めた。一方で、クラウドに使われるのではなく、使いこなす、そのための標準化もカギを握った。「データベースはNoSQLではなく、Amazon Auroraに統一したり、アプリケーション開発はコンテナやマイクロサービスの利用を推奨したりするなどテクノロジーの統制を図りました」と大谷氏は述べる。使用する技術を最適なものに集約することによって、質の高いグローバル標準のサービスを実現しつつ、チーム間で学びを共有できるようにするためだ。
ネットワークもクラウドを軸に再構築した。以前は本社センター経由で外部と接続していたが、現在は各国拠点が最寄りのAWSリージョンにVPN接続する形に変えた。これにより通信の遅延が激減し、パフォーマンスも向上したという。
AWSはシステムの内製化を支える
重要なパートナー
有明プロジェクトをけん引するデジタル業務改革サービス部は、顧客起点で将来を見据え、すべての領域の業務システムを定義・構築し、活用徹底と効果創出までコミットすることがミッションだ。「当社は『業務=システム』を原則に掲げ、システムの人間が現場以上に現場を理解した上で、お客様と現場にとって一番いい仕組みをつくるよう心掛けています。ここを誰かに任せてしまうとシステムがブラックボックス化し、良い業務構築が難しくなる。そうならないため内製化を選択したのです」と村田氏は語る。

同社は「グローバルワン・全員経営」を目指しているが、これはシステムや業務プロセスを単純に1つに統一するという意味ではない。「世界で一番いい方法を見つけ、合意してやっていくという意味。内製化は技術的な意思決定を他社に依存せず、お客様、当社、そして取引先にとって一番良い方法を意思決定できます」と村田氏は話す。
AWSはこの内製化を支える重要なパートナーでもある。「まず課題感を共有し、その解決にはどんな仕組みが有効かを共に考えていく。AWSのノウハウやベストプラクティスは重要な知見になる」と村田氏は続ける。新しいテクノロジーは5年後、10年後の業界変化を見据えて選定することが重要だ。その“目利き”の部分でも、トレンドをリードするAWSの提案やサポートが参考になるという。
実際、AWSサービスのアップデートや新サービスのリリース時には、ファーストリテイリングのどのようなビジネスやサービスに効果があるかという仮説を立てた提案がある。「私たちから『こんなことできませんか』と無理を承知でお願いしたときに、思ってもみない提案を返してくれることもあります」と大谷氏は語る。
AWSはもともと、小売業であるアマゾンのビジネス課題を解決するために生まれた。ファーストリテイリングと業種は同じだ。「お客様を第一に考えるという点で、価値観やカルチャーに共通点が多い。価値観やカルチャーを共有できる相手とパートナーを組むことは、全社変革の重要な成功ポイントの1つだと思います」と村田氏は話す。
内製化を進めることで、成功体験も積み上がってきた。「問題発生時の解決のスピードが圧倒的に早い。自分たちでつくったものなので、原因に当たりがつくからです。システムを内部まで理解しているので、すべてをコントロールできます」と村田氏は胸を張る。データドリブンな意思決定、新たな顧客体験、業務の自動化・省力化も進んだ(図2)。
図2 内製化による変革事例

データを活用して新商品を企画し、その情報はグローバルで共有する。生産調整や販売計画の柔軟性を高め、輸送手段の最適化や倉庫業務の自動化も促進。店舗やECでは業務自動化に加え、新たな顧客体験の創出に努めている
カルチャーギャップを克服し、
グローバルワンを加速
内製化はすぐに大きな成果を上げたわけではない。その取り組みは小さく初めて学びを蓄積し、段階的に内製化領域を拡大していった(図3)。
図3 ファーストリテイリングの内製化ステップ

まず会員基盤を整備し、カタログサイト、オンラインストア、そしてO2Oによる店舗・ECの融合へと段階的に内製化領域を拡充した。取り組みは日本でスタートし、得られた学びを順次グローバルに広げていく
内製開発人材育成のため独自の施策も行っている。シニアエンジニアを集めて「アーキテクチャレビューボード」を組成した。様々なアーキテクチャデザインのレビューを通じて、会社のビジネス戦略を支える技術的な意思決定ができる人材を育てる。高いスキルを持つグローバル人材のキャリア採用も積極的に進めている。
また現場を知るために店舗応援に出向き販売業務を体験することもある。「『業務=システム』を推進するためには、システムの人間が現場よりも現場を知ることが大切だ。現場を知ることで、どこに、どんな課題があるか身を持って実感できる。それが現場目線のより良いシステムの開発につながっています」と村田氏は語る。
一方で、課題もある。グローバルにスケールしていくためのカルチャーギャップの克服だ。日本とほかの国・地域では様々な物の考え方や文化が異なる。また、現場・現実を通じて培われた会社のカルチャーとデジタル世界を中心に発展したエンジニアリングカルチャーにも違いがある。これらの違いを克服し統合していく必要がある。ビジネスをグローバルにスケールしていったAWSの知見とノウハウに対する期待は大きい。「どんなにグローバル化を進めても、“日本発”の企業であることは忘れません。当社のミッションに共感した仲間でお互いを深く理解し、思いやって、異なる能力の人がチームになって協力して仕事を進める。日本的な良さは守りつつ、グローバルワン・全員経営を目指していきます」と大谷氏は前を向く。
ファーストリテイリングは今後もAWSクラウドを軸に事業変革を進め、“日本発”の世界最高水準のグローバルエンジニアリング組織と年間売上10兆円の早期実現を目指す構えだ。
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