「サービスデザイン」という概念をご存じだろうか。デジタル上のデザインのコンセプトだが、アプリやソフトウエアといった見た目だけではなく、その奥にあるユーザーの新たな体験を描き出すことで、ビジネスの提供価値につなげるサービス自体をデザインすることだ。社会生活にデジタルデザインの重要性が高まる中、フォーデジットはサービスデザインをどのように展開していくのか。同社代表取締役CEOの田口亮氏に日経クロストレンド・日経デザイン発行人の佐藤央明が話を聞いた。
デザインを横断的に考える
佐藤 国境を超えてデザインビジネスを展開していくということですが、まず田口さんが考える「デザインの定義と意義」を教えてください。
田口 デザインの役割は、何かを社会に実装することだと考えています。その意味で、当社ではデザインを広く定義しています。産業が進化する中で、デザインはどんどん製品側のプロセスの中に細分化されていった流れがあったのではないでしょうか。
その後、デジタルの普及によってデザインの力が産業の中で再注目されるようになってきました。特にユーザーと触れ合う部分のデザインについては、もっと横断的に考える必要が出てきています。
今の時代はデジタルを駆使しなければ社会が成り立ちません。これはもう後戻りすることはありません。当社が一番注力しているのは、ユーザー体験をデザインし社会に実装される接続のところでデジタル技術を内包したサービスデザインです。なので、ユーザーがどう見てくれるのか、どう使ってくれるのかを重視しています。
実際のアウトプットとしては、アプリケーションやWebサイトなどの総合的なデジタル領域が多くなりますが、当社はその裏側にある体験全体を領域としてとらえています。ユーザーインタフェース(UI)は体験全体の中の一部分です。
フォーデジット
代表取締役 CEO
田口 亮 氏
佐藤 川上からサービス全体に関わる方がデザインによってもたらされるメリットが大きいということでしょうか。
田口 体験は全ての人に存在しますしデジタルテクノロジーやサービスを効果的に活用することが求められています。ユーザーはもちろん、従業員やマネジメント層、意思決定者など全てに統合した体験を提供していくことで、ビジネスとして大きな成果につながります。社会全体がそういう世界観を求めるようになってきています。
佐藤 アップルなどを見るとまさにそう思いますが、日本企業はどうなのでしょうか。デザインの本質的な意義を理解しているのでしょうか。
田口 経済産業省が、ブランドとイノベーションで産業の競争力を高めようという「『デザイン経営』宣言」を打ち出したのが2018年です。一定の理解は広まりましたが、実行フェーズにまで進んでいる企業はそれほど多くないと感じています。
佐藤 デザインを経営に生かしているのはどんな企業でしょうか。
田口 いくつかうまくいっているといわれている企業はありますが、実際にどうなのかは中に入ってみないと分かりません。ただ、銀行などの金融機関はデジタル投資を積極的にしている印象です。
当社の事例では、5年半前から一緒に取り組んでいるゆうちょ銀行が挙げられます。デザインプロセスを取り入れていませんでしたが、当社とチームを組んでユーザー中心のデザインを進めてきました。
「ゆうちょ通帳アプリ」プロジェクトの最初から、ユーザーを知ろう、ユーザーに向き合おうということから一緒に取り組み、今ではそれが企業姿勢として根付きはじめています。早期に1000万口座という目標をクリアするなどの結果が出ていますから、効果があったといえるでしょう。
場当たり的なデザインではサイクルが回らない
佐藤 ユーザーを中心に考えることで、デザインにはどんなメリットが生まれるのでしょうか。
日経クロストレンド・日経デザイン
発行人
佐藤 央明
田口 メリットというより国際規格として人間中心設計(HCD)という考え方があります。最初の導入ステップの後4つのステップがあり、そのうち2ステップはユーザーを知ることです。例えば、ユーザーが自社のサービスをどう活用しているか観察すると、事業者側では想定できなかった使い方をしていたりします。実は、そこに隠されたニーズがあったりするのです。それをデザインに落とし込むことで、よりサービスの価値が高まります。
HCDサイクル
ここでハードルになるのは、事業者が「自分たちはユーザーのことを知っている」という思い込みです。このハードルを超えなければ、ユーザーの実態とズレが生じて、導入してもサイクルが回りません。場当たり的なもので終わってしまいます。逆にユーザーとしっかり向き合っていくと、「共感」というアウトプットが得られ、デザインプロセスがユーザーの体験の向上や改善といったユーザー中心のサイクルに変わります。
佐藤 御社のようなデザインファームとコンサルティングファームとの違いは、最終的にものをつくるという意味でのデザインに落とし込めるかどうか、という点だと考えてよいのでしょうか。
田口 そうですね。HCDのサイクルを回しながら実際に「つくる」活動をしていきます。この「つくる」こと自体が目的化されると、このサイクルが分断されてしまい、もともと何がしたかったのかという観点が欠落して、本来の目的に向かって進みづらくなります。
12〜3年前は、ユーザーを知ろうとすることがあまり求められていませんでした。そこでフォーデジットとしてビジュアルに対するユーザー調査の活動を始めました。「こういうアプリを制作してください」という依頼に応えることはできなくはありませんが、それだと何の筋立てもない「大喜利」やテンプレートと同じになってしまいます。
当社が提唱しているサービスデザインは、サービスの成功、つまりユーザー体験の成功とビジネスの成功の双方に焦点を当てています。そこにはアプリケーションだけでなく、オペレーションやマーケティングといったサービス全体を成功させる要素が全て入ってきます。
サービス全体をしっかり分かった上で、デザインの観点で一緒にプロジェクトを進めていくためには、同じチームの一員として取り組む必要があります。長い時間をかけて一緒にサービスを良くしていくので、当然ですが、クライアントとの信頼関係も非常に大事にしています。
経済成長とデジタル化が進むアジアは有望市場
佐藤 アジアでの事業展開にも取り組まれているのはどんな狙いがあってのことでしょうか。
田口 アジア、特に東南アジアは大きく変化しています。経済が成長し、消費者の購買力が向上すると、価値観が変わり、消費行動パターンも変わります。必要なものを買うだけではなく、好きなもの、主義主張に合ったものが欲しいと考えるようになります。さらにアジアではスマートフォンが一気に普及し、デジタル化が急速に進んでいます。
日本は高度経済成長期とデジタル化は時期がずれていました。一方、東南アジアは経済成長とデジタル化が同時並行で急速に進んでいるわけです。そうなるとどうしても、ニーズの方が先に来るので、粗い状態でサービス提供がされることも多くなります。今は、粗いところがあっても利用されていますが、そろそろ2巡目になりより良いサービスが求められるようになると、デジタル技術やデザインも高度化し、サービスデザインの考え方が広がっていくと見ています。
佐藤 日本企業にとっての東南アジアは、開発だけを委託するオフショアのイメージがありましたが、状況は違うようですね。今後の展開をお聞かせください。
田口 オフショア開発は経済格差があってこそ成り立っていました。経済が発展したことで状況は一変しています。5年以上前から見てきましたが、今では都市部は特に人件費や物価など、日本とあまり変わらないと感じています。
日本と全く同じデジタルツールを使っていますし、全体として見れば人材レベルも大きな差はありません。しかも若い人が多く、ポテンシャルが高い人材が多い。消費活動も人材も含めて大きな市場になっている。「東南アジアは発展していない」「東南アジアは日本のために働く人材のプール」などといった前時代的な東南アジア観は捨ててしまうべきです。
また、そのポテンシャルを生かすには教育面のサポートが必要です。教育もやはり追いついていません。人材を育成し、事業者側の理解を高め、より良いサービス提供を目指すための意識を高めていく必要があります。
フォーデジットでは、2021年から企業向けにサービスデザインの研修をやっていましたが、東南アジアで広く教育事業を始めました。タイの国立大学であるモンクット王工科大学トンブリ校(KMUTT)と提携して、実践的なプログラムを提供しています。大学の単位として認めてもらう予定もありますし、企業向けの研修も検討中で、今後東南アジアで広げられるよう事業展開していきます。
東南アジアといっても国ごとに言葉も文化も異なり、それぞれが特徴を持っています。サービスデザインはユーザーの生活をより良くするために、事業を提供するクライアントとデザインチームが、一緒になって取り組むことが重要です。なので、日本で培った経験を基に各国のメンバーとチームを作って、共にデザイン市場を形成していくつもりです。