クレジットカード業界大手のJCBは、アジャイル開発を取り入れて会員専用Webサービス「MyJCBアプリ」の全面リニューアルに挑んだ。サービスデザインやデザイン思考を活用してユーザー体験の価値向上を得意とするフォーデジットをパートナーに迎え、ユーザー視点での価値創出をともに推進したこのリニューアルは、ドイツ「iF DESIGN AWARD」やイタリア「A' Design Award & Competition」などのアワードでも高く評価されている。両社のリーダーがプロジェクトを振り返った。
理想の姿を描きアジャイルで開発する体制を
末成 MyJCBアプリのリニューアルに踏み切った背景はどのようなものだったのでしょうか。
木次 これまでのアプリも一定の役割を果たしていたと思いますが、お客様にとってより便利で使いやすく、さまざまな機能をもっと活用いただける状態にしたいという思いが強くなってきました。デジタル化をさらに推進する中で、実際のご利用状況を確認してみたところ、ログイン後にトップページで金額だけを確認して離脱されるお客様が多いという傾向が見えてきました。
私たちとしては、カードをより便利に、積極的にご利用いただくためのキャンペーンやお手続き機能など、より多くの価値をアプリでお届けしたいと考えていました。そうした提供したい価値が十分に伝わっていない現状を改善し、お客様の体験をさらに高めていくために、リニューアルに踏み切ることを決めました。
末成 リニューアルプロジェクトのパートナーとして当社を選んでいただいた理由はどんなところにあったのでしょうか。
木次 いろいろな会社からご提案をいただいた中で、他社とは違うなと感じました。実績から金融領域にも豊富な経験値を持っていることがわかりました。現実の制約にとらわれずに、理想を描くことから取り組んでいこうという雰囲気があって、新しい風を吹き込んでくれるのではないかという期待が大きかったですね。
末成 御社とNTTデータでアジャイル開発に取り組むというのも新しい取り組みだったと聞いています。
木次 変えたかったもののもう一つは開発のスピードです。アジャイル型の開発体制にすることで、短いサイクルでいろいろな機能を提供できるようにしたいというのも、今回のリニューアルの目的の一つでした。
理想からの落とし込みと新しい開発体制の両方に取り組むことで、開発メンバーの負担は大きかったと思いますが、いろんな意見を出し合いながら活発な議論が広がり、満足して取り組んでくれているようでした。
末成 JCBさんは金融系なので、もっと堅い印象を持っていたのですが、みなさんがカジュアルな雰囲気で意見を交わしていたので、風通しが良くてフラットなカルチャーのある会社なんだと感じました。その点もアジャイルと相性が良かったのではないでしょうか。また、木次さんのような立場の方が直接開発の陣頭指揮をとるというのも新鮮でした。
木次 実は、担当者からリニューアルしたいと話が上がってきた時、時間とパワーがかかることが分かっていたので、私は何度か反対していました。ただ、メンバーの熱意に動かされた結果、日常の開発体制と切り離した専任部隊を立ち上げ、私が直接マネジメントする覚悟を持って臨みました。
株式会社ジェーシービー
カード事業統括部門
カード事業統括部長
木次 謙 氏
※2025年4月より営業本部 営業統括部長
550のアイデアから絞り込んで機能を実装
末成 理想を描くところからスタートして、何度かユーザー調査をして方針を決めながら、ステップを踏んで開発を進めていきました。今回の取り組みで、最も難しかったことは何でしたか。
木次 こういう機能があったら良いよねと理想の議論をする一方で、今のアプリの機能をどこまで踏襲するかという線引きを決めるところです。取り組みたい全ての内容を反映しようとすると、3年程度必要になってしまうため、最初のバージョンでは安全・安心の価値をしっかり可視化しながら、御社の知見を活かしてユーザーが使いやすいデザインを実現していきました。
末成 アイデアは全部で550もありましたね。それを全部見て優先度をつけるのは大変だったと思います。調査もアイデアの受容性調査、トーン&マナー決定のためデザイン検証、画面設計のユーザーテスト等、合計で5〜6回やりました。我々もここまで調査を行えたプロジェクトはなかなかありません。
木次 デザイン思考やアジャイル開発を勉強する中で、プロトタイプを作ってお客様に試していただくというのが当たり前だという感覚がありました。機能を取捨選択する際に諦めざるを得ないところがあったりしますが、それが当初の目的からずれていないかを確認したかったんです。
末成 自分が納得して腹落ちするまでこだわり抜くというのは本当の意味でのオーナーシップですね。プロダクトオーナーの理想形だと思います。
木次 でもリリースが近づいてくるにつれ、大変でした。というのも、私自身が途中で追加のフィードバックや見直しを何度も求めてしまい、開発チームに負荷をかける形になってしまったためです。担当者からはもう間に合いませんよと何度も言われました。
末成 たしかに私たちも本当に間に合うのかと不安になるほどでしたね。ただ、みなさんの努力が「iF DESIGN AWARD 2025」および「A’ Design Award & Competition 2025」受賞という国際的な評価にもつながりました。社内での評判はいかがでしたか。
木次 見やすくなった、使いやすくなったという声はたくさん聞いています。今回最もこだわった部分だったので、良い評価につながって本当に良かったと思います。アワードについてもお祝いの言葉を多数いただきました。今回のリニューアルはやらなければならない案件だという社内の理解者が多かったことも大きな力になりました。
リリースした後も総勢70名規模のアジャイル開発体制を維持させてもらっていて、今でも2ヶ月に一回のペースでバージョンアップをしています。こうしたら良いのではという社内からの声も継続的に寄せられています。
末成 期待値が上がっているということですね。
木次 毎回お客様の評価を聞くことはできないので、社内に評価する体制を作りました。やりたいことはまだたくさんありますが、お客様目線で見てどれが大切なのかを評価して、優先順位を決めて開発に取り組んでいます。
株式会社フォーデジット
取締役COO
末成 武大 氏
カードと一体化して利用価値を提供する
末成 これだけの規模でアジャイル開発に取り組んでいる事例は稀だと思いますが、理想的な環境ができつつあると感じます。今後はどのような展開をお考えでしょうか。
木次 色々な機能を増やしていかなければなりませんが、安全・安心をお届けすることが何よりも重要です。安全性が高く、お客様が安心してカードを利用できる機能をどんどん取り込んで進化させていくことが、最優先事項として重点的に取り組んでいく部分です。
末成 日本を代表するカードブランドとして、安全・安心を体現することには大きな期待が寄せられていますね。
木次 SNS上で「日本人だからJCBを使おう」というような発信もあってありがたいと思います。日本唯一の国際ブランドホルダーとしてJCBの印象をさらに良くすることは大きな価値があると思っています。
末成 金融機関は昔からシステム化が進んでいましたが、安全・安心のためにシステムが大規模化したり複雑化したりして、開発に時間がかかるといわれていました。そんな中で今回アジャイルできる環境を作り出したことは素晴らしいと感じています。
ただ、一方で止めてはいけない世界であることも大前提です。金融はミッションクリティカルな業種で、システムが止まることでユーザー側に大きな迷惑がかかってしまいます。今後も当社の強みであるデザインの作法を踏まえながら、真面目に一緒に取り組むことで、双方にとって良い役割分担を実現していきたいと考えています。
木次 JCBカードは持っていても、MyJCBを使っていない人もたくさんいます。まずそれを100%にして、カードと一緒になって価値を提供するという状況を当たり前にしていきたいですね。
基本的にアプリにとって重要なのはカードを使う支援をすることです。カードの明細を見て何に使ったか、あといくら使うことができるかを確認する、などお客様のニーズは様々です。それらをしっかり捉えて対応できるように、もっと機能を高度化していきたいですね。
手元にカードがなくてもアプリだけで決済できる機能も含めて、カード決済とアプリを一体化して便利にしていくことを徹底的に追求することで、他社よりも便利だといわれる姿を実現していきます。