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QRコード決済の普及で広がる金融包摂
PayNetが描く持続可能な未来

マレーシアの全国決済のインフラを運営するペイメンツ・ネットワーク・マレーシア(PayNet)は、マレーシア国立銀行が株式の過半数を保有する国策企業であり、オンラインバンキングやQRコード決済などのサービスを通して、シームレスなデジタル決済体験を国内に広げる役割を担う。一方、サービスデザインを手がけるフォーデジットは、UI/UXを軸に企業のデジタル体験を改善してきた。両社に共通するのは「利用者に寄り添うデジタル体験」。末成氏とイドリス氏は、2025年にマレーシアのジョホール州メディニ地区で開催された「メディニ・ジョホール2025」のパネルディスカッションで同じステージに立った。金融包摂とデジタル体験という共通テーマのもと、今回は現場視点からUI/UXの役割と戦略の接点を語り合う。

QRコード決済でマレーシアの繁栄を促す

末成 ジョホールでご一緒した際から、PayNetがESGを戦略の軸に据えている点が強く印象に残っています。その背景と狙いを、改めて教えてください。

イドリス マレーシアにおけるリテール決済サービスの運営事業者として、私たちの使命は、PayNetの金融プラットフォーム上に構築されたデジタル決済を通じて、すべてのマレーシア国民が繁栄できる社会を実現することです。

 2024年、全国におけるデジタル決済の総取引額はマレーシアのGDPの4倍に達し、デジタル取引の高い回転率と利用頻度を示しています。

 特に重視しているのは「金融包摂(Financial Inclusion)」です。ESGは単なるコンプライアンスではなく、取り組みを設計するための戦略的な視点として捉えています。こうしたESG戦略に基づき、私たちは零細・中小企業(MSME)の支援に取り組んでいます。

 誰もが金融サービスにアクセスできる金融包摂は、私たちが率先して取り組むべき課題です。そのために基盤となるプラットフォームを構築し、中小零細企業や、これまで金融サービスから取り残されてきた層に教育や訓練を行い、ユーザーとして育成しています。

 利用者が成長するにつれて事業は拡大し、利益を生み出すようになります。その結果、民間銀行がより積極的に参画できる環境が整います。私たちの役割は、企業が成長できる環境を整備することにあります。

末成 「自立」を支援し、市場を育てるという考え方は、私たちが沖縄で行っている「MOM FoR STAR(マムフォースター)」という取り組みにも深く通じます。沖縄は子どもの貧困率やシングルマザーの非正規雇用率が高いという課題を抱えているのですが、「MOM FoR STAR」ではそうした環境にあるお母さんたちに、UI/UXデザインなどのデジタルスキルを習得するトレーニングと、その後の就業支援をセットで提供しています。PayNetの取り組みにも共通するところがあると感じます。

イドリス まさにそうですね。私たちの取り組みの一つに「PayNet Cambah」というエンパワーメント・プログラムがあります。マレー語で「芽吹く」を意味するこの活動では、B40(低所得者層)の方々を対象に、パートナー企業と提携してデジタル金融リテラシーやスキルの訓練を行い、彼らが自立して所得を得られるよう支援しています。

 たとえば、ランカウイ島では、高級リゾートホテルで使われなくなったベッドシーツなどの寝具を提供してもらい、100人ほどの女性たちの手でファッションアイテムにリサイクルして、ブティックで販売しました。

ペイメンツ・ネットワーク・マレーシア

 このリサイクルでは、素材そのままの状態に比べて10倍以上の高い価格で服が売れるようになりました。こうしたコミュニティの底上げと、そこへのデジタル決済導入を一気通貫で行っています。デジタル経済に参加してもらうには、まず安定した収入の基盤となる「プロダクト」や「就業機会」が整っている必要があります。こうした土台作りから関わることで、彼女たちが自然な形でデジタル経済に参加できる仕組みを作っています。共通のゴールがあれば、将来的に私たちのプロジェクト同士でコラボレーションすることも考えられますね。

末成 ぜひ、いつか実現させたいですね。そうした社会的なインパクトを生むPayNetの戦略が、実際の現場でどのように体験設計に結びついているのか、とても興味があります。

イドリス 私たちは必ず現場の観察から始めます。利用者の生活の文脈を丁寧に見ていくと、金融やデジタルに対する不安や曖昧さがどこにあるのかが見えてきます。そうした一つひとつの曖昧さを取り除いていくことが、体験設計の出発点になっています。

ペイメンツ・ネットワーク・マレーシア シニアダイレクター/ストラテジー&ESG責任者 アズリーナ・イドリス氏
ペイメンツ・ネットワーク・マレーシア
シニアダイレクター/ストラテジー&ESG責任者
アズリーナ・イドリス 氏

現場視点とUI/UXの重要性

末成 新しい技術やコンセプトを広げるには使いやすさが重要です。私たちが得意とするサービスデザインではUIやUXが重視されます。現場の観察から、UI/UXに何が必要だと見ていますか。

イドリス 私たちは「顧客中心」を徹底しています。UI/UXは単なる見た目ではなく、金融サービスへのハードルを下げる重要な戦略的要素だからです。そのために最も大切にしているのが「曖昧さの排除」です。机上で考えるのではなく、現場に足を運んでユーザー目線で状況を把握することが不可欠です。

 例えば、QRコード決済が屋台で急速に普及した背景に「調理中に手を洗わずに決済できる」という具体的な利便性があったことも、現場でのユーザージャーニーの観察から判明しました。こうした小さな「使いやすさ」の積み重ねが、中小企業の成長や金融包摂を支える重要な役割を果たしています。

 「PayNet Cambah」のプロジェクトを通して実感したことのひとつは、プログラムのすべてを母国語であるマレー語で作成し、表現のわかりやすさを徹底したことが、1番の成功の鍵だったということです。現場の感覚に即したUI/UXこそが、金融リテラシーの壁を越えるための戦略的要素だと考えています。

末成 ファイナンスも、ビジネスの拡大も、椅子のように目に見える形のあるものではなく、すべて無形の価値ですよね。椅子であればそこにあるから座れますが、無形のサービスは「それを使うことで自分の生活がどう変わるのか」を具体的にイメージできなければ、行動にはつながりません。

 日本でも、夫婦で切り盛りしている飲食店などでは、デジタル管理の方が効率的だと頭ではわかっていても、日々の忙しさの中で踏み出せないケースが多くあります。その状況を変えるには、現場の切実な課題をユースケースとして可視化し、「自分ごと」として想像できる体験を提示することが必要だと思います。

 そのためにも「将来は今よりいいものになる」というイメージや、理屈を超えて「なんだかやってみたい」と思ってもらうことが大事です。私たちの「MOM FoR STAR」でも、デジタルスキルを学ぶお母さんたちが、身近なロールモデルを見て「あの人のようになりたい」と憧れを持つことで、自然に学びが深まっています。

 デジタル化はあくまで一つの手段に過ぎません。その手前にある「使ってみたい」「これならできる」というユーザーの感情を動かし、体験を設計することが、私たちの仕事です。大きなビジョンを描きながら現場の目線に立ってサポートをしているPayNetの取り組みは素晴らしいと思います。

イドリス こうした現場起点のUI/UX設計は、単なる利便性の向上に留まりません。零細企業が直面している課題を根本から解決し、彼らの成長を後押しするための「鍵」になるものです。

金融戦略で零細企業の課題をサポート

末成 こうした現場の体験を改善し、小規模事業者の成長を支援するうえで、次のステップとして不可欠なのが資金調達の手段です。リスクマネーを融資するマイクロファイナンスは非常に重要で、フォーデジットもマレーシアのフィンテック企業「Bee Informatica(ビー・インフォマティカ)」に出資し、パートナーシップを結んでいます。彼らが運営する中小企業向け融資プラットフォーム「fundingbee」は、従来の銀行融資が届かない零細企業や若手起業家に対し、独自のスコアリングで資金調達の機会を提供する金融サービスです。

イドリス 「fundingbee」のような取り組みは、私たちが目指す金融包摂においても非常に重要なピースですね。 私たちが現場を分析して見えてきたのは、零細企業の支援には想像以上に複雑な課題が絡み合っているということです。私たちが分析したところ、彼らには大きく3つの側面で9つの課題があります。1つ目は「収益性」です。原材料費、人件費、光熱費の値上がりによってマージンが縮小し、利益を出すことに苦労しています。

 2つ目は「経済の透明性」です。米国の関税の影響など輸出をメインに不確定要素が増え、季節変動による需要のパターンの不規則化、生活費の値上がりによる国内消費の低下が起きています。

 そして3つ目が「効率性」です。手動作業が多く生産性が低いことに加え、現金取引が多いため「デジタルフットプリント(取引履歴)」が残らず、それが融資へのアクセスを悪くし、資本コストを押し上げています。

末成 まさにBee Informaticaが解決しようとしている「信用履歴がないために融資が受けられない」という課題と直結しますね。デジタルに関する知識や体制が整っていない事業者に対してどう改善を図っているのでしょうか。

イドリス 段階的な教育プログラムを提供しています。まずデジタル金融のトレーニングを通してデジタルへの理解を深め、次に自分で財務管理できるノウハウ、そして財務面からの経営管理の促進。最後に、不正や詐欺を未然に防ぐ方法を教えています。

末成 日本では消費者向けの教育はあっても、事業者が自ら財務やデジタル活用を学ぶ場は限られています。沖縄の「MOM FoR STAR」ではデザインのトレーニングは行っていますが、金融実務まで含めたエンド・ツー・エンドの支援となると私たちだけではできません。

イドリス 私たちもすべてを自前で行うのではなく、専門性を持つパートナーを呼び込んで、チームとして取り組んでいます。研修の実施やモニタリング、育成といった現場の底上げをパートナーに担当してもらって、その先に市場へのアクセスがあるという段階を設計しています。

末成 事業者が成長し、次のステージに進もうとすると、国内だけでなく海外市場との接続も視野に入ってきます。その際には、クロスボーダーの決済システムが欠かせませんね。

イドリス その点では、ASEAN各国をつなぐクロスボーダーQRコード決済の枠組みを構築し、徐々に他の地域にも広げています。決済ネットワークをリンクさせることで他国との取引を可能にし、零細企業のQRコード決済導入を後押しすることが、結果として金融包摂のさらなる促進につながっています。その延長線上で、将来的な決済の選択肢としてステイブルコインについても調査は続けています。 ただし現時点では、貨幣や通貨としての定義が国によって異なり、規制や公式な見解も定まっていません。実用化を前提にするというよりは、あくまで可能性を慎重に観察している段階です。

末成 確かに、現時点では「何に使えるのか」「誰にとって価値があるのか」といったユースケースがまだ明確ではありません。コンセプトが先行しがちな領域だからこそ、私たちも具体的なユースケースづくりの支援が重要だと感じています。

株式会社フォーデジット 取締役COO 末成 武大 氏
株式会社フォーデジット
取締役COO
末成 武大 氏

戦略を軸に全社で挑むESGとデジタル活用

末成 PayNetでは、従業員の皆さんが部署を越えて同じゴールを共有している印象があります。 ESGやデジタル活用といったテーマを、どのように組織全体で推進しているのでしょうか。

イドリス 中心となる戦略があり、それがコーポレートスコアカードとして全社のKPIに落とし込まれています。

 ESG戦略は2年前から始まった新しい取り組みですが、すべての部署が戦略策定に関わり、目標を設定しました。一度にすべてに取り組むのは無理でも、スモールステップで全員が携わることが重要です。

末成 日本でも、部署ごとのサイロ化を排して「一気通貫」で体験を考えることの重要性を再確認しました。今後、私たちのようなサービスデザインの会社に期待することはなんでしょうか。

イドリス 現時点では、具体的な要件が固まっているわけではありませんが、まずはマレーシア国内のユーザー企業に対するUI/UX改善の支援を期待しています。

 PayNet自身はB2Bの企業なので、直接のコンシューマー向けUI/UXの必要性は高くありません。しかし、私たちの取引先企業にとっては、ユーザージャーニーを考えることが重要です。例えば、フィンテック企業を支援する「PayNet Fintech Hub」を開催していますが、こうしたイニシアチブにおいて、パートナー企業にUI/UXの専門性を提供していただくチャンスは多いにあるでしょう。マレーシアは新興国であり、デジタルプロダクトやサービスのUI/UXには、まだ多くの改善余地があります。

末成 企業が成長するためには、ソーシャルメディアやAIなど、デジタル技術を活用することが欠かせません。その一方で、ユーザー企業を支援するパートナー自身が、テクノロジーを無理なく使いこなせる環境や体験を持っていることも重要だと感じています。 私たちは、単にデザインを提供するだけでなく、パートナーがデジタルを活用しやすくなる体験づくりや、現場に根づく形での支援にも貢献できると考えています。PayNetが描く金融包摂とデジタル経済の未来にご一緒できることを楽しみにしています。

左より末成 武大 氏、アズリーナ・イドリス氏
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