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生活者の「自己認識のズレ」をほどく
デザインリサーチ×AIが導く、健康イノベーションの新ルート

2026年1月27日に、日経クロストレンド主催のウェビナーが開催された。テーマは「生活者インサイトを引き出す“デザイン&リサーチの力”」。市場環境が急速に変化する中での企業成長の鍵とされる「生活者理解」をどう実践するのか。日本では高齢化の進展に伴う予防・未病やフレイル対策が、東南アジアでは都市化と生活習慣病への備えが喫緊の課題となっている中、生活者に使い続けてもらうためのUI/UX設計の重要性がかつてないほど高まっている。本ウェビナーの焦点は、調査量ではなく文脈理解——本人が自覚している意識と、無意識のうちにとっている行動のズレ(認識と実態のギャップ)を浮き彫りにし、いかに行動変容を促す体験へと落とし込むか。第1部ではフォーデジットとの基調講演対談、第2部ではサントリーウエルネスとNTTデータを加えたパネルディスカッションが行われた。
第1部 基調講演対談「なぜ今、リサーチが企業成長の鍵になるのか」

表層ではなく「事業変革」を支えるサービスデザイン

日経クロストレンド・日経デザイン発行人の勝俣哲生氏が、フォーデジットが考えるデザインの役割を問う場面から対談は始まった。フォーデジット取締役COOの末成氏は、同社が取り組むのは見た目を整える表層的デザインではなく、生活者理解を起点に体験を設計し、業務やビジネスそのものにも作用するサービスデザインだと説明した。

「表層的なデザインだけではなく、ビジネスデザインや従業員が使うもの、消費者体験まで、多岐にわたって取り組んでいます」(末成氏)。その実践の中核にあるのがデザインリサーチである。一般的なマーケティング調査が「買うか、買わないか」などの反応に焦点を当てがちなのに対し、末成氏は「人物像」を立体的に捉えるため、オープンな問いから生活の文脈を掘り下げる姿勢を示した。「クローズドな問いより、『一日をどう過ごすか』『週末は何をするか』といった問いで、人物を理解する調査から始めます」(末成氏)。末成氏が強調したのは、生活者の選択の背景には、本人すら言語化できていない前提が潜むことが多いという点だ。だからこそ、答えを誘導しやすい質問よりも、生活の流れを開いてもらう問いが効く。

さらに末成氏が紹介したのは、マレーシアでのヘルスケア調査の例だ。マレーシアでは肥満が社会課題として顕在化している一方、生活者側の健康の捉え方は日本と大きく異なる。定量調査で「運動している」「食事に気を付けている」と回答されても、深掘りすると運動の定義自体が異なるなど、データと実態が乖離するケースがあったという。「『運動しています』と答えるので聞くと、車と家の間を歩く程度。私たちの認識では運動とは言いにくい」(末成氏)。同様に飲料でも、本人は「果物が入っているものを飲む」と意識しているつもりでも、実際は砂糖が多く含まれる大容量ドリンクを一日中飲んでいた、という実態が出てきた。つまり「意識している」という自己認識が、そのまま健康行動には結びつかない。ここに認知のギャップがある。

この自己認識と実態のズレは、ヘルスケアに限らず日本でも起こる。認知症の調査では「自分はまだ若い」「対象ではない」と捉えられ、調査への協力が得られにくかった。そこで切り口を変えたところ、話を聞いてもらえるようになったという。

末成氏が繰り返したキーワードが「入口」だ。生活者が自分ごと化しないテーマに真正面からぶつかっても、行動は変わりにくい。認知症調査の例では「肌診断」という別の入口に掛け替えたことで、コミュニケーションが成立した。「きっかけは何でもいい。健康が究極のゴールなら、どこから登ってもいい」と末成氏は話す。 入口を掛け替えることは言い方を変えるだけではなく、生活者が感じる負担や参加の動機、続ける理由まで変え、体験全体(=ビジネスの仕組み)を組み替えることにつながる。

マレーシアの肥満調査でも同様で、ストイックな提案ではなく「友達や家族と楽しめるゲーム」という入口に置き換え、結果として運動を促す設計にした。生活者の価値観としてみんなで楽しく過ごすことが重視されるなら、健康メッセージを押し付けるより、その価値観に沿った体験へ翻訳する方が届きやすい。正論ではなく受け入れられる入口を設計する。ここにサービスデザインが効く余地がある。

フォーデジット 取締役COO 末成 武大 氏
フォーデジット
取締役COO
末成 武大 氏

AIペルソナとの対話で仮説検証を速める

末成氏は生成AIを活用した新たな試みも紹介した。プロファイルデータ等から生成AIでマッチするペルソナを生成し、そのペルソナと対話しながらインタビューできる仕組みをつくっているという。重要なのは、AIが答えを出して終わることではない。仮説を立て、社内でトライ&エラーを繰り返し、提案の精度を上げるためにAIを使うという位置づけだ。この使い方は「現地での本調査を置き換える」ものではなく、「本調査に入る前の仮説の磨き込み」として機能する。

さらに、国土データを取り込んだ「街」のシミュレーション構想も語られた。嗜好を持つ多数のペルソナを配置し、商業施設を作った場合の来訪頻度や購買行動など、日常生活の接点を可視化する。「ペルソナが100万人いる街にショッピングモールを作ったら、どれくらい来て、どんな購買行動を取るか。接点をシミュレーションできます」(末成氏)。従来は交通量やデモグラなど「引きのデータ」で推測するしかなかった接点を、嗜好や感情を持つ生活者像で検証する。この発想が、リサーチの解像度を一段上げる。

最後に末成氏は、デザインリサーチは遠回りに見えても結果として近道になる。それを体験してもらうプログラムも提供しているとまとめた。短期のプロジェクトではリサーチに時間をかけすぎではと見られがちだが、中長期では失敗確率を下げ、結果的にショートカットになる、というメッセージを残した。

第2部 パネルディスカッション「生活者理解から始まる健康イノベーション:アジア市場の新潮流」

人生インタビューが、下位項目に埋もれた「本音」を掘り起こす

第2部は、末成氏に加え、サントリーウエルネス アジアパシフィックの田口貴寛氏とNTTデータの横堀涼氏が登壇。生活者理解から始まる健康イノベーションをテーマに議論が深まった。

田口氏が紹介したのは、全社員が実践する「人生インタビュー」だ。延べ2000人以上のシニアの人生観・価値観を聞き、定量調査では拾いづらい本音を掘り当ててきたという。田口氏は、定量では下位になりがちな項目の裏に真の欲求が潜むと述べる。一例として「長時間歩いたりすると、膝が痛い」という悩みの背景に「娘とライブに行きたい」という目的があり、さらにそこから目の健康など次のニーズも見えてくることを挙げた。ここで示されたのは、課題(痛み)ではなく目的(やりたいこと)を捉える視点だ。目的が見えれば、入口は複数設計できる。結果として、商品開発やコミュニケーションの打ち手も広がる。

また、会員向けの健康行動促進アプリ「Comado(コマド)」などのサービスや、「ロコモア」の施策であるノルディックウォークなどのリアルイベントも紹介。Comadoの「オンラインフィットネスは、まるで部活動のように人とつながる場となっており、人気のコンテンツとなっています」(田口氏)。Comadoの価値は健康の正しさを伝えるより、続けたくなる体験をつくる点にある。ポイント付与の分かりやすさに加え、交流が生まれることで継続の動機が強くなる。理解を「接点」に変え、行動を継続させる設計が、生活者理解の実践として示された。

サントリーウエルネス アジアパシフィック マーケティング部門 プロダクト開発シニアマネージャー 田口 貴寛 氏
サントリーウエルネス アジアパシフィック
マーケティング部門 プロダクト開発シニアマネージャー
田口 貴寛 氏

4象限の健康データが、体感を「客観」に変える

横堀氏は、生活者理解に必要な健康データを4つに整理した。すなわち「ライフログ」「ライフサイエンス」「健康診断データ」「医療データ」だ。これらをつなぎ、パーソナライズされたサービスへとつなげていく構想を示した。具体例として、健康データの取得・検証を進めるために、自社社員が参加するPoC環境を整え、現在は1400人規模で検証を回していると紹介した。血糖値の連続測定や食事データの記録など手間のかかる計測も、対象設計と運用を揃えることでデータのばらつきを抑えられるという。

また、品川のカプセルホテルを活用した睡眠検証「スリープテックラボ」では、マイクや赤外線カメラなどのセンサーで入眠時間や睡眠ステージ、呼吸状態などを客観データとして取得し、本人の感覚とデータが食い違うケースがあると述べた。「眠れていると思っていたら、実は眠れていなかった。感覚とデータは全然違うことがある」(横堀氏)。ここでのポイントは、生活者理解が「主観(自己申告)」と「客観(計測)」の往復で深まることだ。見えないもの(睡眠、呼吸、血糖など)は、インタビューだけでは確からしさを担保しにくい。だからこそ、計測で新しい発見が得られる。さらに横堀氏は「データはあるが、どう掛け合わせて使えばいいか分からない」という課題を挙げ、単発で終わらせず継続的に活用できる設計が重要だと示唆した。

AI活用についても、複数ペルソナを生成してAI同士を会話させ、企画をブラッシュアップするアプローチが語られた。末成氏は「AIでショートカットはできても、最初と最後は、人が判断することが重要です」と補足した。

NTTデータ 第二インダストリ 統括事業本部 食品・飲料・CPG事業部 第一統括部 統括部長 横堀 涼 氏
NTTデータ
第二インダストリ
統括事業本部 食品・飲料・CPG事業部 第一統括部
統括部長
横堀 涼 氏

アジア文化差の具体例。飲料や健康観が設計を変える

議論はアジア市場の難しさと面白さにも及んだ。田口氏は台湾での気づきとして、日本のように毎日同じサプリを摂り続ける習慣が当たり前だと思い込んでいたが、人によっては「毎日摂るサプリは変えたほうがよい」など、まったく異なる考え方も存在することを紹介。スキンケアでは気候や肌質の違いによって、好まれる使用感や使い方に応じて仕立て直しが必要になると語った。(田口氏)

末成氏も、マレーシアでは民族(マレー系・中華系・インド系)や世代で健康観が異なり、調査設計自体に配慮が欠かせないと述べた。さらに、飲料文化の例として「中華系は冷たい水を飲まない」など、生活習慣の違いがプロダクト設計に直結することが示された。国が違うだけではない。同じ国内でも民族・宗教・世代で常識が変わる。そのためアジアで一括りにすると、入口設計もコミュニケーションもズレる、という警鐘が鳴らされた。

ウェビナーを通じて見えたのは、一人ひとりの深い観察(N=1)、客観データの可視化、AIによる検証の高速化を掛け合わせても、最後に問われるのは「生活者に届く入口の設計」だということだ。認知のギャップ(自己認識のズレ)を捉え、価値観に沿った入口をつくり、使い続けられる体験に落とし込む。ここにサービスデザインの役割がある。

今回の議論では、生活者理解を前に進めるポイントを次の3点として整理できる。
(1)一人ひとりの深い観察(N=1)で何を達成したいかという目的を掘り起こし、定量・計測で確からしさを補う。
(2)自己認識と実態のズレを見つけ、入口を掛け替えて行動につなげる。
(3)AIで検証の速度を上げつつ、問いと判断は人が担う。
この3点を一連のプロセスとして回せるようになると、生活者理解は「調査コスト」ではなく、成長の再現性を高める投資へ変わる。

末成氏は、「私たちは、仕組みを人に届けていくところを担当しています」と、デザイン会社としての立ち位置を、仕組みを人に届けることに置き、企業の目となり耳となって支える姿勢を示した。データ、AI、プロダクトがそろっても、生活者が迷わず、無理なく、続けられる、形になって初めて社会実装が起きる。そこを設計するのがサービスデザインであり、今回のセッションはその重要性を、ヘルスケアという難度の高い領域で改めて示した。

左より田口 貴寛 氏、横堀 涼 氏、末成 武大 氏
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