流通・小売業のビジネスは無数のサプライヤー、卸会社から顧客企業、一般消費者まで多様なステークホルダーとの「つながり」で成り立っている。そのため、ビジネスを支える基幹システムは必然的に複雑なものになりがちだが、そこで課題になるのが「最新技術をどう実装するか」ということだ。生成AIを例に挙げるまでもなく、現在のテクノロジーは日進月歩で進化している。重厚長大なレガシーシステムでは、それらを俊敏に取り入れることが難しいだろう。
この課題の解決に向け、先駆的な取り組みを展開するのがサッポログループと三越伊勢丹グループだ。今回は、両社の取り組みを基にシステムのモダナイズ、そしてその先の“流通DX”に向けたポイントを考える。
システム刷新の「先」を見据えた
両社の挑戦とは?
サッポログループの事業ドメインは大きく3つある。サッポロビールを中心とする酒類事業、ソフトドリンクやスープなどを提供する食品飲料事業、商業施設やオフィスの開発運営を手掛ける不動産事業だ。それらグループの事業会社を傘下に持つ持株会社が、サッポロホールディングス(以下、サッポロHD)である。
サッポロHDはグループ全体のIT戦略も統括する。2017年にサーバー基盤をプライベートクラウドへ移行したが、サーバー以外の機器の管理・保守を自ら行う必要があることや、機器入れ替えのたびに多大な費用と工数が発生することが課題になっていた。そこで同社は、約100あるシステムの全面パブリッククラウド移行を決断。その狙いについて、同社の伊藤 淳氏は次のように話す。
「目的は大きく2つです。1つはビジネスや社会環境の変化に柔軟に対応できる、効率的なシステム基盤を構築すること。クラウドの場合、ネットワーク機能を含めて機器の入れ替えが不要なため、そこにかかっていた人の手間やコストを減らせます。その分のリソースを別の領域にシフトすることで、環境の変化にも素早く対応できるようになると考えました。もう1つは、データやデジタル技術の活用促進です。グループ各社から寄せられるAI活用などのニーズに、即応できる仕組みを整えたいと考えました」

伊藤 淳氏
サッポロホールディングス株式会社
DX・IT統括本部
IT統括部
企画グループリーダ
アマゾン ウェブ サービス(AWS)を採用して構築した新環境のポイントは、「安定」と「挑戦」の両立だ。既存の基幹システムを移行し、安定的に運用する「安定重視プラットフォーム」のほか、新たに「チャレンジ重視プラットフォーム」を整備(図1)。これにより、DXに必要な環境をスピーディに現場に提供できるようにした。
「DXを推進することはグループ全体の重要ミッションです。今回のAWS環境構築に当たっては、そこに貢献できるようにすることを当初から意識していました」と伊藤氏は強調する。
図1 サッポロHDの新たなシステム環境(イメージ)

汎用機能を共通基盤化した上で、守りと攻めの環境を分離して整備した。これにより“流通DX”に資するチャレンジも容易に行えるようにしている
AIと人の協働で、
需要予測の精度を従来比1.2倍に
現在はAWSおよび外部パートナーと共にシステムの移行を進めている。順調に進んでおり、2025年上期の完了を目指していたプロジェクトは予定より前倒しできる見込みだ。
「移行済みの部分については機器の保守作業が不要になり、人の負担を軽減できています。また、事業部門の要望に合わせて環境を柔軟に構築できるようになりました。機器入れ替えなどの作業の手間、コストも抑制できています」と伊藤氏は紹介する。
AWSの最新のサービスや技術を利用できるため、機械学習やAIを用いたデータ活用も進めやすくなった。「DXに向けたアプリケーション開発も加速できています。グループ各社のデジタル戦略を支える環境が具現化されつつあります」と伊藤氏は話す。
パートナーと共同で立ち上げたRTD※商品開発AIシステム「N-Wing★(ニュー・ウィング・スター)」は、DXの取り組みの一例だ。過去に検討した原料のレシピを学習させたAIに、新商品のコンセプトなどを入力すると、おすすめの配合やレシピを瞬時に提示してくれる。人が検討・試行錯誤する場合に比べて、商品開発にかかる時間を5割削減できる見込みだ。また、AIアルゴリズムは人が思い付かないようなレシピを創出することがあり、それが開発担当者の新たな気付きにつながっているという。
もう1つ、ビールやRTDの出荷における「AI需要予測システム」の本格運用も始まっている。商品発売の約16週間前から需要予測を開始し、その後の受注状況や販売状況などを反映させて出荷量予測の精度を高めていく。すべてをAIに任せるのではなく“人とAIの協働”がこのシステムの特徴だ。機能検証における予測精度は従来と比べ約20%向上した。
「先進技術を活用して、新たな可能性に挑戦する。これからもDXに向けたグループ各社の取り組みを、システムの面から支えていきます」(伊藤氏)
サッポロHDの事例から分かるのは、ITシステムを刷新する上では、単に基盤を新しくするだけでなく、その先のビジネス変革を見据えることが重要だということである。同社のさらなる挑戦に引き続き注目したい。
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伴走パートナーと共に
段階的に進める三越伊勢丹
“流通DX”実現へのステップは1通りではない。2023年に創業350周年を迎えた「三越」、ファッション・ビューティー分野に強い「伊勢丹」のほか、金融、不動産、旅行、物流などの事業展開をする三越伊勢丹グループは、サッポログループとは異なる手法で変革に挑んでいる。
具体的には、既存システムを段階的に置き換えていくことで、ビジネスへの影響を最小化しつつDXを進めるアプローチだ。
長年の利用を経てサイロ化した基幹系システムを機能ごとに切り分けて、クラウドに適した形にデザインしなおす。これを、新たに構築したビジネスプラットフォーム(以下、BPF)上に段階的に再配置していく(図2)。この方法を用いることで、既存システムの改変量を減らし、万一の事故によるビジネス停止などのリスクを抑えることが可能になる。
図2 三越伊勢丹グループのビジネスプラットフォーム(BPF)

既存システムの機能やデータを切り出し、マイクロサービス化した上でBPF上に段階的に再配置していく。各機能はあくまで汎用的なものにすることで、複数企業が共有できるようにした
取り組みについて、三越伊勢丹システム・ソリューションズ(以下、IMS)の竹前 千草氏は次のように述べる。
「当社にはこのような取り組みを経験した人も有識者もいなかったため、伴走型で支援してくれるパートナーを探していました。そこで選んだのがAWSです。デモやワークショップの形式で取り組みのポイントを学べる点は、非常にありがたいと感じました」

竹前 千草氏
株式会社 三越伊勢丹システム・ソリューションズ
ICTエンジニアサービス部
部長
とはいえ、大規模プロジェクトを推進するのは簡単ではない。最初に立ちはだかったのが「組織の壁」だ。ITシステムの刷新は、事業部門にすぐさまメリットを生み出すものではないため、取り組みに対する業務現場の理解が得にくい。そこで、このムードを打開するため、IMSを含むグループのITを管轄する企業・組織が集まって、トップが共同で取り組みの推進を宣言したという。「これにより、ユーザーを巻き込んだ意思決定プロセスを確立できました。このような全社的プロジェクトにはトップが関わることが不可欠だと感じました」と竹前氏は語る。
次に立ちはだかったのが「テクノロジーの壁」だ。システムの開発と運用を統合する新たな手法では、素早いシステムの改善が可能になる一方でエンジニアの役割は増大する。「『自分たちの仕事が増えて大変になるのでは』という不安を払しょくするために、自動化機能などを駆使して、エンジニアの負荷軽減を図りました」と竹前氏は述べる。同時に、エンジニアが誰でも参加できる「アーキ相談会」を新設し、困りごとを迅速に解決できるようにしたという。
つくった仕組みを外販して
流通業界のDXに貢献
新たなITシステムは、三越伊勢丹グループのビジネスに多くのメリットをもたらしている。
「最も大きいのは、新規ビジネスの立ち上げや、チャレンジングな取り組みを加速しやすくなったことです」と竹前氏。以前は、新規ビジネスを立ち上げたいと考えても、複雑化した旧システムからデータを取り出す工程に多くの時間と手間が必要だった。現在は、必要な情報をAPI経由で素早く抽出して活用できる。取り組みに当たっては都度、AWSとも相談しながら、最適な仕組みなどを検討しているという。
「なおBPFのAPIは、当社グループに固有の要素を極力排除して、流通小売業界で汎用的に使えるものにしています。そうすることで、複数のグループ企業が同じAPIを共有でき、シンプルで効率よく活用できるからです」と竹前氏は説明する。
IMSでは、今回構築したBPFの仕組みを、同じ流通小売業の顧客向けに外販することで、企業のDX推進にも貢献していく考えだ。既にマーチャンダイジング(MD)の機能を、百貨店向けに提供しているという。
また、三越伊勢丹グループは、重点戦略の1つに「まち化」を掲げている。百貨店を中核に複合用途を広げ、来街・滞在・回遊・居住したくなる不動産のみにとどまらないインフラ機能を含めた独自の収益モデルを目指す取り組みだ。「今回のITシステム刷新に伴ってグループ内のDXの気運が高まり、まち化を推進するコンテンツやユニークな顧客体験創出のアイデアが、事業部門・システム部門の双方から出始めています」と竹前氏は述べる。
アイデアを具現化するためのチャレンジが、既に複数スタートしている。これは、スピード感を持って活用できる新たなITシステムが、組織にイノベーティブなムードをもたらした好例といえるだろう。
AWSは先進のテクノロジーを提供するだけでなく、パートナーとして伴走することで多くの企業のビジネス変革をサポートしている。業界ごとの知見やノウハウも豊富に有する。このようなパートナーと共に取り組むことが、時代にそぐわないITシステムからの脱却と、その先の“流通DX”を実現するためのカギになるはずだ。
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アマゾン ウェブ サービス ジャパン
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