変化の激しいビジネス環境において、マーケティングの最大の課題は「データ」だといわれている。
dentsu Japan(国内電通グループ)が実施した独自調査からも、その実態と背景が浮かび上がった。
課題の根底には、スキルや知識、人材の不足がある。
データやAIの活用が企業の競争力を左右する時代、データマーケティングで優位性を確立するには何が必要なのか。
パーソルテンプスタッフCMOの友澤大輔氏と電通 データマーケティング局の篭島俊亮氏が、議論を交わした。聞き手 日経クロストレンド発行人 勝俣哲生
勝俣 マーケティングにおけるデータ活用の実態について、dentsu Japanの独自調査ではどんな結果が得られましたか。
篭島 昨年末に全国のビジネスパーソン5000人を対象に調査したところ、「データ活用はまだ十分に進んでいない」という回答が約70%に上りました。理由として最も多かったのは「データを扱うスキルや知識の不足」、次いで「統合や連携を進める人材の不足」。さらに「管理ポリシーが整っていない」「プライバシー対応が追いついていない」といった仕組み面の課題も明らかになりました。

マーケティングデータの多くは部署ごとの蓄積にとどまり、横断的な統合や連携、意思決定への活用まで至っているケースはまだ少ない。結果、データ活用が十分に進まない状況に

データ活用を阻む要因として最も大きいのが、スキルや知識、人的リソースの不足。続いてポリシーやツールの不統一、裁量や権限の制約なども課題として浮かび上がった
勝俣 この結果を、友澤さんはどうご覧になりますか。
友澤 データ活用はマーケティングにとどまらず、人材評価や生産性向上、商品開発などあらゆる企業活動と密接に関わっています。AIの普及によって、その領域はさらに広がっていくでしょう。しかし現実には、良いデータも悪いデータも区別せずに、ただため込んでしまっているケースが多い。いわば、目的なく雨水をバケツにためている状態です。せっかく集めても使い道が見えてこない。人材や仕組みの不足だけでなく、経営が方針や覚悟を示せていないことも大きな要因だと考えています。
篭島 ひと昔前は、そもそもデータを取っていないことが課題でしたが、今は「集めたデータをどう活用するか」が最大の悩みに変わってきていますね。
友澤 料理に例えると分かりやすいかもしれません。普通はまず作りたいものがあって食材や下ごしらえを整えるのに、実際は何を食べたいのかも決めないまま材料を集めているようなものです。本来なら目的を定義して整えておくべきなのに、それができていない。とはいえ、定義されていない非構造データも、AIと掛け合わせることで新たな価値を生み出せるようになったのも事実です。それこそ、電通さんが持つ調査データなどと組み合わせれば、大きな化学反応が起きるはずです。
勝俣 データもAIも揃った今、あとはこれをどう価値に変えるかが課題ですね。
友澤 いまやAIがデータ活用の一部を代替できるようになりました。この1〜2年で大きく変わったのは、「社内の人間でなければビジネスは分からない」という前提が薄れつつあることです。むしろ、マーケティングやデータ活用を本当に理解しているプロと伴走することが、スピーディーな価値創出につながる時代になったといえます。

勝俣 企業には多くの1st Partyデータが蓄積される一方で、それをどう生かすかが課題となっています。外部データと掛け合わせようにも、IDが揃わず活用が進まないという声も少なくありません。ここは今、どう変わってきていますか。
篭島 最近では、AIや統計を駆使することで、たとえIDが完全に一致しない場合でも、疑似的にデータ同士を繋げて解釈していく手法も広がってきています。今後はさらにデータ活用の幅が広がっていくでしょう。また、ペルソナ像をクリアに描くという観点では、構造化データだけでなく、SNS上の発言やアンケートの自由回答のような非構造データの価値も高まっています。どんなデータを重視するかという考え方や目利きそのものが、ますます重要になりつつあります。
勝俣 なるほど。これまで活用しきれなかったデータも、AIを介することで目的設定がしやすくなり、生かせるチャンスも広がってきているわけですね。
友澤 その通りです。データにはボリューム(量)・ベロシティ(鮮度/速度)・バラエティ(種類)の3要素がありますが、その中で最も購買に影響を与えるのは、鮮度です。2秒前の情報と1週間前の情報とでは、ユーザーの関心はまったく違いますし、2日経てば興味が変わってしまうこともあります。だからこそ、“今この瞬間”の情報をもとに、AIを使って素早く仮説を立てて試すことが重要です。そして、ユーザーの反応を見ながら軌道修正をしていく。このサイクルを回すことが、今の事業会社に求められるデータ活用だと思います。
勝俣 瞬間のデータで動きつつ、長期の変化を追う視点も必要です。dentsu Japanでは、その両輪にどう対応していますか。

篭島 私たちの強みは、その両方をカバーできる点にあります。1つは、半年に1度の大規模アスキング調査によって、時系列で生活者意識の変化を追えること。もう1つは、プラットフォーム事業者の大規模IDデータを、セキュアなデータクリーンルームで運用できる知見です。「定点の意識データ」と「直近の行動データ」を掛け合わせることで、解像度と鮮度を兼ね備えた示唆を提供しています。
友澤 バランスが肝心ですよね。鮮度だけに寄りすぎると反射的なリタゲに偏ってしまうし、過去のデータだけでは人を語りきれません。両者を掛け合わせることで、精度の高い示唆が得られるのです。しかも、そのスピードはAIによって一気に加速し、試作や検証も短期間で行えるようになりました。このことからも、データ活用の重要性は以前にも増して高まっていると感じます。
勝俣 データ活用の成果を高めるうえで、社内組織と外部パートナーの関係はどう考えるべきでしょうか。
友澤 重要なのは、外部をどれだけ味方につけ、「ベストチーム」をつくれるかです。インハウスかアウトソースかという二項対立にこだわる必要はありません。私は両方を経験しましたが、行き着いた結論は「パートナーを150%使い倒す」こと。適切なオリエンができ、専門家の力を最大限引き出せる人こそが、成果を出せるのです。特にデータ分析のように社内に専門性が不足しがちな領域では、外部を巻き込んでワンチーム化することが肝要です。それによってマインドセットも変わり、新しい挑戦に踏み出すことも可能になります。
篭島 日経クロストレンド読者調査から分かったとおり、多くのマーケターがパートナーへの期待を抱いています。実際、クライアント様からも「常駐してプロジェクト推進を支援してほしい」という依頼が増えています。分析人材が足りないケースもありますが、それ以上に「プロジェクトを前に転がす人」が不足しているんですね。そこにマーケティングの知識とデータのハンドリング経験、プロデュース力を持つ人間が入ることで、関係者を動かし、上層部を説得する材料も整えられる。そうした役割への期待はますます高まっており、我々も積極的に応えていきたいと考えています。

パートナーに期待するスキルとしては、「データ分析力」が最も高く、次いで「戦略立案」となっている。
※日経クロストレンドリサーチ Special調べ
勝俣 AIやデータ活用が進むなか、企業はどのように競争優位を築いていくべきでしょうか。
友澤 データ活用はある程度型が決まっているので、正しく取り組めば70点は確実に取りに行けます。いわば“負けない戦い”ができるフィールドです。かたやAIの強みは、この再現性のある領域をいかに早く、24時間365日絶え間なく提供できるかという点にあります。これは顧客体験に直結する大きな価値です。たとえば保険や人材派遣のようなサービスは、「どこでも同じ」になりやすく、価格競争やスピード対応が差別化の要となるからです。AIの進化はその流れをさらに加速し、もはや業界全体が同じ方向に進みつつあります。つまり、コモディティ化が避けられない状況です。
勝俣 コモディティ化が進行する中で、新しい価値をどう生み出すかが問われますね。
友澤 おっしゃる通りです。“負けない戦い”ばかりしていては、レッドオーシャンから抜け出せない。ブルーオーシャンにたどり着くためには、常識や前提を飛び越える必要があります。その鍵を握るのが、データの対極にあるクリエイティブの力だと思います。もちろん、その裏付けや仮説検証にはデータが不可欠だし、発想をより速く、遠くに飛ばすためにはAIの瞬発力も欠かせません。データとAI、そしてクリエイティブジャンプ。これらをうまく使いこなしてこそ、150点を叩き出す“勝てる戦い”ができるのではないでしょうか。

篭島 まったく同意です。今はデータから課題を抽出し、AIに多様な打ち手のシナリオを生成させることまではできますが、課題はその先。どのシナリオを選び、どう磨くかにあります。ここはクリエイティビティや、現場で積み重ねたエグゼキューションの経験値が生きる部分です。その意味で、AIと人間の共創はますます重要になってくると思います。
友澤 そうなると、やはり社内だけで解決するのは難しい。信頼できる外部パートナーと連携して、垣根を越えた「ベストチーム」をつくることが最適解となってきます。これからのマーケティング責任者には、いかに外部の人材と知見を取り込み、社内に巻き込めるかどうかが求められてくるでしょう。それが、価値創出や事業成長に向けた新たな一歩となるはずです。
勝俣 dentsu Japanでは、伴走型マーケティング支援モデルとして、「Marketing For Growth」を提供されています。事業をグロースに導くためのAI・データ活用におけるポイントを教えていただけますか。
篭島 先ほどもお話ししたように、クライアント様から多くいただくのが、「データは溜まっているが、うまく活用しきれていない」というご相談です。「Marketing For Growth」では、データやマーケティングの文脈を理解したうえで、「この課題にはこのデータ同士を掛け合わせれば有効だ」といった設計を示すことで、クライアント様が成果を実感できるよう支援しています。
また1st Partyデータの解像度を高めるために、dentsu Japanの保有する各種データを掛け合わせて活用の幅を広げる取り組みも進めています。加えて、直近では、非構造データと安定したプロフィールデータの両方をAIに学習させて、リアルなペルソナを生み出す実証も始めています。これを活用して、新商品の潜在ポテンシャルやマーケティング施策の効果を事前にテストすることもできます。今後ますますできることは広がるはずなので、多様なデータ資産を持つステークホルダーとも連携し、クライアント様の成長につながる新たな価値を一緒に創り出していきたいと考えています。

勝俣 最後に、今後の展望についてお聞かせください。データやAIをさらに活用していくうえで、どのような挑戦をしていきたいと考えていますか。
友澤 これまで通り、当たり前のことを効率的にやる部分ではデータを活用していきますが、それだけでは差別化はできません。パーソルテンプスタッフとしても、業界トップクラスという立場に恥じぬよう、新しい価値を提供し続けていく責任があります。難易度は高いですが、データやAIを使って、どこまでクリエイティブジャンプを実現できるかに挑戦していくつもりです。そのためにも、電通さんをはじめ信頼できるパートナーとともに、最適なフォーメーションをつくり、積極的に取り組んでいきたいですね。
篭島 私たちが目指すのは、クライアント様がお持ちのデータ資産を事業価値に転換し、グロースにつなげていくことです。それには、1st Partyデータとプラットフォーム事業者のデータをつなぐアプローチもあれば、明確な価値が定まっていないアセットをデータと見立てて生成AIで新たな価値を創り出すケースもあります。こうした実践知を体系化したのが、「Marketing For Growth」です。そのフレームや手法も、時代の変化に応じてアジャイルに進化しています。dentsu Japanは、今後も伴走支援を通じて新たな価値創造に取り組み、クライアント様の成長をともに実現してまいります。
※日経クロストレンド リサーチ Special「マーケティング業務に関するアンケート」を実施し、回答数203人の回答結果から制作。

戦略的なデータ活用がマーケティングの一丁目一番地となる中で、改めて「データの価値」を正しく認識することの重要性を感じた対談でした。友澤さんがおっしゃるように、まずはボリューム(量)・ベロシティ(鮮度/速度)・バラエティ(種類)の3要素で自社のデータを見つめ直し、しっかりと目的を定義した上で運用していく姿勢が必要です。
また、データ・AI活用をするうえで、「負けない戦い」と「勝てる戦い」を切り分けて考えることも重要です。友澤さんいわく、再現性のあるデータ活用領域に正しく取り組めば、「70点」は確実に取りに行ける一方で、そこはすぐにレッドオーシャンになると……。
では、「勝てる戦い」へ進むにはどうすべきか。それには、データやAI活用に加えてクリエイティブの力が必要とのこと。もはや自社だけで抱えきれるお題ではなさそうです。急速な技術の進展で、かつてないほどマーケティング業務で「検討すべきこと」や「できること」が増えている今、外部パートナーとベストチームを組む必要性が高まっていると感じます。