生活者の感性が多様化する今、従来の広告手法ではブランドの魅力を十分に伝えきれず、差別化も難しい。そんな時代に、技術とクリエイティブの融合で「未踏の体験」を生み出す組織がある。独創的なR&D(研究開発)の成果を生かしてクライアント企業に伴走する「Dentsu Lab Tokyo(以下、DLT)」だ。これまでにない体験をユーザーに届けることができると評価され、急速に実績を伸ばしている。DLTに宿るDNAと仕組み、そして企業との協業によって生まれた事例を通じて、「伝わる」を超えた「動かす」マーケティングの可能性を、日経クロストレンド発行人の勝俣哲生が探る。
プロトタイピングと対話によってクライアント企業と共創する。
組織横断の知恵を集結して生まれるものとは?
DLTは「テクノロジー×クリエイティビティ」を軸に、クライアントや社会に向けて新しい体験やソリューションを提供するクリエイティブR&Dチームである。2015年の設立当初は8人だったが、現在では約170人に急拡大した。電通グループとしてもかなり力を注いでいることがわかる。
Dentsu Lab Tokyo Chief Director
zero Dentsu Lab Tokyo zero GM
廣田 元章 氏
各クリエイティブ局からクリエイティブディレクター、コピーライター、プランナー、アートディレクター、プロデューサーらが集結。中でもユニークなのが、DLTを象徴するクリエイティブテクノロジストだ。DLTのチーフディレクターを務める廣田元章氏は「テクノロジーを活用した創造的なアウトプットを担うポジションです。このメンバーはDLTにしか存在しません」と説明する。
Dentsu Lab Tokyo Chief Director
zero Dentsu Lab Tokyo zero GM
廣田 元章 氏
DLTの大きな特徴は、クライアントワークとR&D開発という2つの顔を持つことだ。クライアントワークではCMやグラフィックなどのマスコミュニケーション分野、パラリンピックや万博、ミュージアム・展示会など大規模イベントの企画・制作を手がける。一方のR&D領域ではAIを活用したコンテンツ開発や新技術を応用した次世代の体験づくりに勤しむ。「技術に精通したメンバーが多いため、クライアント様が持つ要素技術をどうすればより多くの人に届く形にできるかを一緒に考え、コンサルティング的な立場から支援することも私たちの重要な役割です」と廣田氏は言う。
東京2020パラリンピック、水上ショー、バーチャル万博など、多彩なイベントの企画・制作を手がけている
DLTのメンバーは業務時間の最大30%までをR&Dのプロトタイプ開発に充てることができる。湧き出るアイデアを源泉に、自ら手を動かしてR&Dを進めるのがDLT流だという。
「取り組むテーマは『技術からくるもの』『人間からくるもの』『好奇心からくるもの』など各々の感じる領域をベースにしています。当然、最初からうまくいくことは少なく、探究心と想像力をもって試行錯誤や失敗を重ねながらプロトタイプを作っていきます。その活動を通じて“ワクワクを作る筋肉”が鍛えられていると言ってもいい。それらの経験から得られたノウハウやコツがクライアントワークに活かされ、“以前自分たちでやってみた”という実践知をもとに、より価値のある提案ができます。こうしたR&Dとクライアントワークの循環が生まれていることが、私たちの大きな強みです」(廣田氏)
DLTでは「Playful Solution(プレイフルソリューション)」の考え方を重んじている。技術の発展によりアイデアや表現に用いるツールが多様化してきた今、ストレートな訴求だけでは人の心は動かない時代になってきているからだ。
「広告は基本的に間接的なアプローチなので、話題化や認知向上などを通じて課題を解決していく手法が中心です。その方法も非常に大事だと思っています。しかしテクノロジーがどんどん進化する中で、これまでのように言葉や映像だけで人の心を動かすのは難しくなってきました。DLTはサービス開発やプロダクト制作などの手を動かすスキルを活かして、企業や社会の課題を直接的に解決できる新しいアプローチを得意としています。やはり人が印象に残るのは“驚き”や“ワクワク”がある体験をした瞬間です。だからこそ、増え続ける伝達手法や新しい技術に私たちのクリエイティビティを掛け合わせ、常に“ニューネス”のある体験で人の心を動かすことに貢献したいと考えています」(廣田氏)
アンドロイドプロジェクト(マツコロイド)、WOW BALL、necomimi(ネコミミ)などワクワクする体験を提供するプロダクトが続々と生まれている
ここからは、テクノロジーやR&Dを背景にしながら、マーケティングや商品プロモーションを促進拡大した事例を紹介する。
3Dマツケンや味の素マッチングサービスなど、
「ここにしかない体験」の立役者たち
3Dマツケンを日本全国に降臨させ、
連日のバズ&人が動く全体の体験設計と企画開発
具体的な実績について見ていこう。生活者向けのマスコミュニケーションでは、パルコでの広告キャンペーンが注目を集めた。2024年正月のグランバザールにおける「MATSUKEN PARADE!!」だ。俳優の松平健さんをボリュメトリックキャプチャによって3DCG化。セール期間中に日替わりで全国各地のパルコ店舗に“3Dマツケン”がARで出没するイベントを主導した。
「全国を巡る“1日限定のマツケンAR”として展開し、日本全体を巻き込むお祭りのような企画にしました。そのエリアでしか体験できない特別感が口コミやSNSで自然と拡散していったのがユニークでした。さらに店舗と連動し、コースターのQRコードを読み込むとInstagramのフィルターが起動してマツケンさんが登場するなど、リアルとデジタルが融合した“遊べる広告”として多くの人に楽しんでいただけたと思います。CMもARの世界観を軸に制作することで強い映像になっています」(廣田氏)
DLTとしては「MATSUKEN PARADE!!」がパルコとの初仕事だったが、好評を受けて夏のグランバザールや翌年の正月グランバザールもタッグを組んだ。2025年正月にはT.M.Revolutionの西川貴教さんを起用して真っ赤なPARCO版「HOT LIMIT」スーツを着てもらい、マスからデジタル店頭施策までをトータルで設計。その結果、前年比の売上が伸びた。
俳優の松平健さんを3DCG化することにより、生身では実現不可能な、全国を巻き込んだお祭りを実現させた
インタラクティブな空間設計・展示の企画制作を実施
展示・体験設計では、鹿島建設の技術研究所内にある「KAJIMA CONCRETE BASE」を手がけた。鹿島建設が保有するコンクリート技術を“体験”として伝える展示設計とし、「よく見かける技術を並べただけの展示ではなく、まるで美術館での絵画や彫刻のように見せるという発想を取り入れています」と廣田氏は振り返る。
「インタラクティブ性を持たせることで、来場者が自然と触れて体験したくなる仕掛けを設計しています。例えば技術ごとに1つずつ用意されたコンクリートキューブを中央の円形テーブルに置くと、その技術を詳しく紹介する映像がテーブル表面に投影される仕組みです。限られた空間の中でも“次はどんな映像が見られるのだろう”と好奇心を誘う体験を生み出し、“見て、触れて、深く知る”を楽しめる場にしています」(廣田氏)
視覚、触覚、インタラクションを掛け合わせて「技術を体験させる」設計とした。企業の価値を来訪者に分かりやすく伝える「空間コンテンツ」として機能する
初動から体験できるプロトタイプを提案し、アウトプットの精度を高める
この1〜2年はAIによるコミュニケーション施策が活発化している。代表的な事例は味の素(株)「ウマッチ」だ。うま味調味料「味の素®」と相性の良いレシピに出会えるマッチングサービスで、生成AIを駆使して100人分の“人格のあるレシピ”を作り出したのが開発の白眉となっている。
「うま味調味料『味の素®』をいろんな食材にかけてみようというキャンペーンで、『うま味のマッチング診断』をAIで行うという内容です。『味の素®が何にでも合うなら、“出会い”をテーマにしたAIによる提案型にすれば面白いのでは』という発想から、マッチングアプリのようなUI /UXで食材とのマッチングを楽しんでいただくことを目指しました。レシピ特有の“あるある”も織り交ぜ、遊び心ある体験を生み出しました。開発メンバーはR&Dで培った生成AIのプロンプト制御の知見を活かし、出力のトーンや個性をコントロール。通常なら破綻しがちな多人数生成を高精度で実現できたのは、DLTならではの成果です」(廣田氏)
「ウマッチ」のプロジェクトでは最初の提案段階から「企画書ではなく体験を持っていくこと」を重視した。実際に動くプロトタイプを体験してもらい、クライアント企業とともに磨き上げる開発スタイルによって、信頼の獲得と完成までのスピードを両立させたのだ。
「動く体験を見せることで、こう返すといい、このトーンが心地いいといった具体的な議論にすぐ移ることができました。私たち自身、クライアント様との関係が『提案する側と受ける側』から『一緒に作るパートナー』へと変化してきていると思います」(廣田氏)
「フライドポテト」がお調子者でサクサクな人生を求める人格として描かれたり、「お粥」が優しい人格として表現されたりする擬人化が、ユーザーにユニークな出会いの体験を提供する
成熟市場でもアイデアと技術で
“ネバービフォー”を生み出したい
次々と繰り出される斬新な提案と体験が高く評価され、DLTはここ数年、前年同期比150%以上の成長を続ける。「広告市場全体が成熟する中で伸びているのは、課題に応じて最適な表現や手段を提案できるチームがいるからこそです」と廣田氏は手応えを感じている。
DLTは東京・東銀座にスタジオを構え、そこに企業を招いて開発したプロトタイプを実際に触ってもらう取り組みも進めている。取材場所になったスタジオには、CEATEC 2025でも披露した架空のものの触感も表現できる 「さわれる読書(FANTOUCHIE・ファンタッチー)」、脳波で身体を拡張するコミュニケーションツール「necomimi(ネコミミ)」、食感を擬似体験できる装置「Phantom Snack(ファントムスナック)」などが置かれ、訪問者が驚きと興奮に満ちていろんな感想をもらすという。
「国際学会『SIGGRAPH Asia 2024』でのFANTOUCHIE発表が契機となり、某メーカーのクライアント案件にまでつながりました。このようにプロトタイプを起点に新しいビジネスの芽が生まれつつあり、体感した企業から『一緒に商品化しましょう』とお声がけいただくことも増えています」(廣田氏)
日本から始まったDentsu Labは2024年にグローバルへと拡大。第一弾としてロンドン、アムステルダム、ワルシャワ、そしてムンバイ、ベンガルールに拠点を開設し、今後も順次広げていく構えだ。
「私たちの取り組みは非言語的・ノンバーバルな体験であり、グローバルでも通じる表現力を有しています。例えば、日本のプロデューサーとロンドンやムンバイのクリエイティブテクノロジストが組んでプロジェクトを進める——そんな国境を越えたチームも現実になりつつあります。多様な視点が交わることで、よりインクルーシブで新しい発想が生まれる。その可能性に、私たち自身がとてもワクワクしています」(廣田氏)
取材中、廣田氏は何度か“ネバービフォー(これまでにない)”との言葉を発した。「テクノロジー×クリエイティビティ」による推進力は、これからもネバービフォーな体験を提供してくれそうだ。新たな広告手法として、多くの企業の参考となるだろう。
取材を終えて日経クロストレンド発行人 勝俣哲生
イノベーションを生むために、顧客起点のマーケティング思考で考えられるR&D組織をどう育てるか。多くの事業会社が課題として捉えているものの、なかなか解決策を見いだせていないところだと思います。そこに寄り添い、ときには思考をジャンプさせた別角度から「あるべき姿」と「明確な顧客メリット」を打ち出せるのが、DLTの凄みと言えるでしょう。荒唐無稽なアイデアではなく、具体的なモノやサービスに落とし込んでいることで、「これができるなら、こんなこともできないか?」と、発想が広がります。実際、お話を聞いている中でも、日経トレンディだったらこんなアウトプットになるかもなどと、考えることしばしばでした。
DLTが掲げる「Playful Solution(プレイフルソリューション)」というキーワードも注目したいところ。情報があふれる現代において、人の心を動かすスイッチはどこにあるのかを探求し尽くすDLTのさまざまな取り組みが、世の中の“体温”を上げていくきっかけになりそうです。
