
シンフォニーマーケティング株式会社
代表取締役 庭山 一郎氏
1962年生まれ、中央大学卒。35年間で約600社の企業に対しB2Bマーケティングのコンサルティングを手がける。各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティング&セールスの戦略立案、組織再編、人材育成などのサービスを提供。海外のBtoBマーケティング関係者との交流も深く、世界最先端のマーケティングを日本に紹介している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授、早稲田大学大学院 WASEDA NEO 講師、IDN(InterDirect Network)理事。著書に、『法人営業は新規を追うな 重要顧客と最高の関係を築くABM』(日経BP)『儲けの科学 The B2B Marketing』(同)など多数。
BtoB企業の営業活動を変える手段として、欧米では2000年代初頭からマーケティングオートメーション(MA)が活用されてきた。顧客の行動データをもとに営業プロセスを最適化する、いわばBtoBマーケの中核ともいえるツールだ。しかし、日本でMAが本格的に販売が開始されたのは2014年。その後、2万社以上が導入しているにもかかわらず、MAを正しく使いこなせている企業は1%にも満たないと庭山氏は語る。
「MAは本来、購買プロセス全体を可視化し営業活動を支援するための仕組みですが、ほとんどの企業がメール配信ツールとしてしか使っていません。メール送信だけならもっと安価な手段はいくらでもある。つまり“導入=成功”ではないんです」
導入以前に問題なのは、日本企業の多くがマーケティングそのものを正しく理解していないことだという。日本の大企業には、マーケティングを体系的に学んだ人材が少ないという庭山氏。その証拠に、欧米の上場企業では当たり前に存在するCMO(最高マーケティング責任者)が、日本企業ではわずか5〜7%しか存在しないという。もちろん、CMOがいればすべてうまくいくわけではない。ただしこの数字は、組織としてマーケティングをどう位置づけているかを如実に示している。マーケティングを“戦略”として扱っていないからこそ、経営レベルでの責任者が不在のままなのだ。
CMOの役割は、中期経営計画をマーケット視点から支えることにある。市場の変化を見極め、顧客との関係性を設計し、新たな売上を生み出す仕組みを経営とともに描く。それができる人材が経営陣にいないということは、「誰に、何を、どう売るか」という最も重要な問いに対して、組織として答える手段を持たないということだ。
だからこそ、今日本企業に求められているのは正しいマーケティング教育だ。MAツールの使い方や最新トレンドを知るだけではなく、「マーケティングとは何か」という本質的な理解を、組織全体で共有していく必要がある。とはいえ、教育の対象がマーケティング部門だけにとどまっていては、むしろ逆効果になる危険性もある。マーケターだけが意識を高め、横文字のフレームワークやKPIなどを持ち込もうとしても、他部署との間に温度差が生まれてマーケティング部門は社内で孤立しがちになる。せっかくスキルを磨いても「他の部門と話が通じない」「理解されない」というフラストレーションに直面し、組織の中で浮いてしまう。結果的に、優秀な人材が離職してしまうという悪循環が起きている。
「マーケティングって“儲けの科学”なんですよ。科学というからには再現性があるし、それをマーケターだけが知っていればいいわけではない。社長も、営業も、開発も…すべての部門が理解し、同じ言語で連携する必要があります。マーケティングは、会社全体の要なんです」
日本企業は本来、極めて高いポテンシャルを持っている。技術力、開発力、品質、そして生産の安定性。加えて、長年同じ会社で働く人材の定着率も高く、業務ノウハウの蓄積や組織力の面でも世界に誇れる水準にある。にもかかわらず、グローバル市場で存在感を発揮できていない。その最大の要因がマーケティング力の弱さだ。庭山氏は、日本企業の現状をこうたとえる。
「大学受験にたとえるなら、他の科目は偏差値70なのに、英語だけ40。それではどんなに頑張っても第一志望に届きません。でも、英語を70にするのは難しくても、60くらいまで引き上げることは不可能じゃない。今からだって十分間に合います」
ここでいう英語のように、マーケティングはいまや企業活動において極めて重要な役割を担う存在となっている。世界中の顧客や市場と接続するためのインターフェースであり、競争力の源泉でもある。言い換えれば、どれほど優れた製品や技術を持っていても、それを世界に伝える手段がなければ、勝負の土俵にすら立てないということだ。しかも今は、業界全体が激変する再構築期にある。生成AIの登場により、マーケティングの定石が根底から覆されつつある今だからこそ、むしろチャンスがある。ルールが固まりきっていない今なら、追いつくだけでなく、一気に飛び越えることも可能だ。

IGC Harmonics 2025 2日目のパネルディスカッションの様子。左から庭山氏、28Marketing LLC President and CMOのSteve Gershik氏、6sense Head of Research&Thought LeadershipのKerry Cunningham氏
こうした想いを胸に、庭山氏率いるシンフォニーマ―ケティングが立ち上げたのが、日本のマーケターが世界のトレンドに直接触れられ、刺激を味わえる場である「IGC Harmonics」だ。
BtoB専門のパイオニアであるシンフォニーマーケティングは、このカンファレンスを「中立かつ本質重視の学びの場」と位置づけている。ノンスポンサー主義を貫き企業の宣伝色を排し、本当に語るべきテーマだけに絞り込んだセッション構成は、多くの参加者から高い支持を集めている。年々参加者は増加し、今回で3回目となるIGC Harmonics 2025は2日間で数百人規模のマーケター・経営層が集結。リピート参加者も多く、開催を重ねるごとに学びの質に対する期待値が高まっていることがうかがえる。
初日は「日本の現場に根づいた実践知」がテーマ。国内の大手企業で奮闘するマーケターたちが、自社で直面した壁や葛藤、そしてそこから導き出した打ち手を赤裸々に共有した。表面的な成功事例ではなく、泥臭い試行錯誤にフォーカスした構成が、参加者の共感を呼んだ。2日目は「グローバルから学ぶ、成果を出すためのマーケティング」をテーマに、BtoB分野で最も影響力のあるアナリストの二人が米国から来日した。庭山氏とのパネルディスカッションでは、MQLモデルの終焉とBuying Groupへの移行、さらには生成AI時代におけるスコアリングの再設計など、最新トピックが次々と提示された。
「現場のリアルと世界の知見が交差する、極めて濃密な2日間でした。マーケティング部門だけでなく、経営層や営業・開発の方など多様な立場の方にも多数ご参加いただきました」と庭山氏は振り返る。
マーケティングを「現場の業務」と捉える時代は、もう終わりにしなければならない。ツールの導入や資料作成、展示会の運営といった“施策の実行”だけでは、企業は変われない。大切なのは、経営の中にマーケティングの視点を持ち込むことだ。それに対して全社で答えを出していく体制が求められている。「偏差値40の英語を60にできれば、志望校に届く」という庭山氏の言葉は、日本企業にとっての現実と可能性を象徴している。マーケティング以外の強みは十分ある。だからこそ、あと一歩が惜しいのだ。このまま立ち止まれば、再び世界から10年、20年と引き離されるかもしれない。だが、今動けば、取り戻せる。
変革は、「気づいた今」から始められる。マーケティングを経営の中心に据えること。それが、世界と戦うための第一歩だ。偏差値40から60へ。その道筋を、日本企業はようやく見つけ始めたのかもしれない。