質と量の両立を
生成AIの力で実現
「商品企画やマーケティングの担当者が顧客に最適化されたOne to Oneの体験をこれまで以上の規模とスピードで提供するために、コンテンツに対する需要は尽きることがありません」
そう語るのは、アドビのデジタルメディア事業統括本部エンタープライズ製品戦略部ソリューションコンサルタントの高橋絵未氏だ。
実際、どのくらいのコンテンツがあればマーケティングに理想的なのか。高橋氏によれば、仮に8つの製品を売る場合、SNSなどのマーケティングチャネルは15ほどあり、世界市場を意識すれば、35言語ほど必要になる。さらにそれぞれに3つのバリエーションのコンテンツを制作するとすれば、1万2600パターンが必要になる。バリエーションを増やしたり毎月変えていくとなると、驚くほどのコンテンツを用意しなくてはならないという。これはあくまでも理想だとしても、現代のマーケティングは大量のコンテンツが必要であることは確かだ。
一方で高橋氏は、やみくもに数をカバーすればいいわけではないという。ブランディング、顧客体験、パーソナライゼーションを高めていく原動力となるのが、高品質なコンテンツだ。だが、内製化するにせよ、アウトソーシングするにせよ、コンテンツ制作への人海戦術的な継続投資は利益を圧迫することになる。では、ブランド力を維持しながら、より多くのコンテンツを制作するには、どうすればいいのか。言い換えれば、コンテンツの量と質を両立させる方法はあるのだろうか。

アドビ
デジタルメディア事業統括本部
エンタープライズ製品戦略部
ソリューションコンサルタント
高橋 絵未 氏
アドビは2年半前からFireflyという画像生成AIモデルを提供していて、これまでに240億枚以上の生成画像が制作されているという。質と量の両立を生成AIの力で実現しようというわけだ。
「クリエイターの間で人気があるアドビのプロ向けツールには、すでにFireflyが搭載されています。例えばPhotoshopもその一つ。葉だけの画像に対して、水のしぶきとカエルの姿を加えてほしいと命令すれば、そのとおりに質の高い画像が生成されます」
著作権問題をクリアしたAI
画像から動画を生み出すことも
こうしたAI活用で気になるのが著作権問題だ。高橋氏によれば、AIのトレーニングに当たって、アドビが許可した画像だけを使っているため、安心・安全の設計になっているという。高橋氏がサンプルとして示したのは、「ヘッドホンで音楽を聴いている若者と、ネオン照明の暗い背景」というプロンプト(指示)をAIに与えた場合の画像だ。一見すると、普通の写真のように見える画像が簡単に生成できる。しかも、「まるで写真のようにリアルな描写が可能で、この1枚の画像から動く映像を生成することもできます」といいながら動画を披露する。先ほどまで画像だったヘッドホン姿の若者が、リズムに乗って体を動かす動画に変身する。

元画像のアングルが1種類しかなくても、カメラの動きと組み合わせることで目をひく映像を作成できる。
「このように、今までコストがかかっていた撮影や準備の手間を大幅に減らすことができます。また、例えばアングルが1種類だけの画像があり、別アングルもほしいときにわざわざ撮り直す必要はありません。ズームインなど、カメラの動きをつけることも可能です」と高橋氏は説明する。また、英語のスピーチの動画を基に、別言語のバージョンも用意し、唇の動きを各言語に合わせて変更することもできる。

英語、日本語、中国語、韓国語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、ノルウェー語、ヒンディー語、デンマーク語、オランダ語、スウェーデン語に対応(2025年3月現在)
高橋氏によれば、生成AIの広告活用も一般的になりつつある。例として紹介されたのは、電通が「くらしのマーケット」というクライアント向けに制作した広告だ。このプロジェクトでは、モデルを使って撮影する場合の予算や工数に制約があったため、Fireflyで架空のモデルが登場する画像を生成した。その結果、本来であれば2カ月ほどかかる制作期間が、5日間という短期間で完了。AIが生成した架空のモデルにもかかわらず、まるで実在する日本人を撮影したかのような精巧な人物画像の生成に成功した。「この事例は、広告制作の新たな可能性を切り拓いた」と高橋氏。
自社独自のトンマナまで取り込み
「拡張・創造」のためのAIへ
PwCの調査※によれば、日本企業は、AIを使って既存業務のコスト削減に注力する傾向がある一方、米国企業は生成AIを成長の原動力と捉える傾向があるという。AIに向き合うマインドの違いがあるのだ。この点について高橋氏は、「削減するという考え方から、拡張や創造につなげるという発想へと転換することが大切だと思います。人や時間の削減という面もありますが、まるで4人チームが8人チームになったかのようなパフォーマンスの向上が期待できます。こういう点にもっと目を向けていただきたい」と語る。
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- 出典:PwC 生成AIに関する実態調査2024 春 米国との比較
Fireflyには、ブランドに合った画像バリエーションを生成できる「カスタムモデル」という機能があり、自社のキャラクターやトンマナ(トーン&マナー)などのビジュアルスタイルを学習させると、意匠性に沿ったアウトプットを安定的に生成できる。

カスタムモデルの使用例。左がトレーニングに仕様した素材、右が出力結果。写真から動画を生成することも可能
「例えば、家電ブランドであれば、ライフスタイル系の写真のトンマナをそろえたいといった要望に合わせて、一度、独自のスタイルをAIに学ばせてしまえば、独自のトンマナに合わせた画像が毎回出力されるようになります」(高橋氏)
外部向けの画像生成に限らず、社内での企画検討の際にも、「こんな感じ」と製品アイデアを見せることで議論しやすくなるという。自社独自のトンマナは、実は社内でぼんやりとしか認識されていないこともある。これをAIに学ばせるためには、社内でなにがブランドにとって核なのか問い直すきっかけにもなるという。
このFireflyカスタムモデルの海外先行事例として、高橋氏はバッグブランドのCOACHを挙げる。COACHでは、カスタムモデルに定番のバッグの形をAIに学習させて、その形に新しい素材やデザイン要素を組み合わせた、試作段階のイメージ画像を生成した。

COACHがカスタムモデルを使用して作成したバッグのコンセプトデザイン
「従来のデザインプロセスでは手書きのスケッチや既存の写真を並べて想像していたような段階でも、今ではほぼ完成形に近い高品質なビジュアルを用意できます。いわば“デジタルツイン”のような活用法ですね」と高橋氏は語る。生成されたデザイン案は、消費者への早期インタビュー調査などのテストマーケティングでも活用されているという。
「これはアメリカでの先行事例ですが、日本でもこうした使い方がスタンダードになっていくのではないかと予想しています」
Fireflyには、もう一つの新たなソリューションがある。それがFirefly Servicesだ。
「これまでFireflyを使いたい場合、Photoshopなどのプロ向けツールからか、Firefly専用のウェブサイトからしか利用できませんでしたが、この機能単体を取り出したAPIも提供しています。自社独自のシステムやアプリケーションにAPIを搭載できるので、例えばECサイトを運営する企業であれば、そのECサイトにFireflyをAPIとして組み込めるわけです」
例えば、スポーツドリンクのゲータレードでは、自社のECサイトにFireflyのAPIを組み込み、ユーザーがオリジナルデザインのボトルを制作できるサービスを展開している。もちろん、色やパターンの選択肢は、ゲータレードブランドのトンマナの範囲内に絞り込まれたAIになっているので、ブランドイメージを壊すようなデザインになることはない。
最後に高橋氏がFirefly活用の意義について、次のように締め括った。
「私自身も、今までは自分一人や少人数チームではできなかったことが、Fireflyのおかげでいわば2馬力以上になっていくことを実感しています。AIは、コスト・期間の削減という面にとどまらず、拡張や創造をもたらす力があります。ぜひこうした特長を生かしていただきたいと思います」