商品や情報があふれる今、「自分の髪には何が合うのか」と迷った経験のある人は少なくないだろう。髪や頭皮の悩みは一人ひとり異なり、その状態は日々変化する。自分に合うケアを見つけるには、まず「今の自分の髪や頭皮を知る」。そんな発想から生まれたのが、花王の「THE ANSWER PROGRAM」だ。
2026年3月にローンチした「THE ANSWER PROGRAM」では、セルフチェック解析と花王の皮脂RNA研究の知見を応用した「肌遺伝子モード解析」を組み合わせ、一人ひとりの髪や頭皮の状態を捉え、その時々に合わせたケアを継続的に提案する。
この画期的な「パーソナライズ商品の誕生」の裏には、「モノ売り」から脱却し、ビジネスモデル自体を転換する全社的な挑戦があった。高度な技術をどう生活者価値に翻訳し、組織の壁を越えて新たなバリューチェーンを築いたのか。初期から伴走支援した博報堂コンサルティングと共に、新規事業創出の舞台裏に迫る。

ヘアケア迷子が増える時代
必要なのは自分を知ること

――商品や情報が増え、選択肢は広がっている一方で、かえって「自分に合うものが分からない」という人も増えているのでしょうか。

山岡 ヘアケア市場では近年、プレミアム化が進み、商品や情報が多様化しています。そのため生活者の悩みも複雑化し、選択肢が広がるほど自分に合うものが選べなくなる「ヘアケア迷子」が生まれていると感じていました。こうした課題に対して従来の「モノ売り」だけにとどまらず、お客様自身が状態を知り、その時々に合ったケアを選べる「継続的なサービス」への転換が必要でした。

花王株式会社
グローバルコンシューマーケア部門
ヘルスビューティケア事業部門
ヘアケア事業部 
ブランドマネジャー

山岡 智弘 氏

鷹野 博報堂コンサルティングではこれまでも花王ヘアケア事業部の皆様と、美容室協業や頭皮解析など様々なチャレンジをご一緒してきました。そうした試行錯誤とリサーチを重ねる中で見えてきたのは、既存のパーソナライズ市場が「お客様の主観的な回答に頼りすぎているのではないか」という課題です。だからこそ、これからの事業のOS(基盤)として機能する、お客様が納得できる「頭皮・髪解析ソリューション」を先行開発するアプローチをご提案しました。

高松 研究開発側としても、単に細かいデータを並べるだけでは信頼されないと感じていました。そこで画面上の設問に答えるだけでなく、自分の髪や頭皮に実際に触れて回答する「自己との対話」を促す体験を目指し、頭皮や髪の特性を16タイプに整理し、自分の状態を直感的に理解・納得しやすい設計にこだわりました。

花王株式会社
研究開発部門 ヘアビューティ研究所

高松 翔大 氏

山岡 その対話型のセルフチェック解析と皮脂RNA研究から生まれた花王独自の技術を組み合わせ、継続的にヘアケアプランを提案する。「THE ANSWER PROGRAM」の現在の形は、そうした試行錯誤を経て組み上がっていきました。

セルフチェック解析と独自の肌遺伝子モード解析を組み合わせ、頭皮や髪の特性を16タイプに分類

花王独自の
皮脂RNA研究の知見を
生活者価値へ翻訳

――「THE ANSWER PROGRAM」では、セルフチェック解析に加え、花王の皮脂RNA研究の知見を応用した「肌遺伝子モード解析」を取り入れています。一方で、目指したのは高度な技術そのものを体験してもらうことではなかったのですね。

高松 開発初期には、RNAをサービスの中心に据えたいという思いもありました。ただ、途中で何度も立ち返ったのが、「この技術は生活者にとってどんな価値があるのか」という問いです。

鷹野 技術はあくまで手段です。生活者が知りたいのは、RNAのデータそのものではなく、「自分の髪や頭皮は今どんな状態なのか」「自分にはどんなケアが必要なのか」ということです。従って、先進的な技術価値を、「髪や頭皮の揺れ動く状態に気づく」という生活者にとっての価値へと昇華できるような体験設計をご提案しました。難解な技術シーズを、納得感のあるUI/UXへと「翻訳」することこそが我々の介在価値だと思っています。

株式会社博報堂コンサルティング
シニアマネジャー 戦略CD

鷹野 翔平 氏

プロトタイピングを活用し、
まだない顧客体験を可視化

――「自分の状態を知り、その時々に合ったケアを選ぶ」という現在の体験は、最初から組織内でスムーズに合意形成されたのでしょうか。

高松 いえ、2023年頃からの探索と技術シーズが結びついて現在の形に至りましたが、研究所や事業部、DXなど多部門が参画する中で、最初から全員が同じ画を見られていたわけではありませんでした。

桑原 そこで我々が持ち込んだのが「プロトタイピング」です。アイデア段階からUIモックをつくり、実際に動くプロトタイプで受容性検証を重ねました。さらに、生活者がこのサービスをどう使い価値を感じるかを映像化した「ビデオプロトタイプ」も制作しました。

プロジェクト初期のプロトタイプではスコープ型デバイスの活用も検討していた

ビデオプロトタイプによってステークホルダー間でのゴールイメージの 共有がスムーズになり、プロジェクトにドライブがかかる

株式会社博報堂コンサルティング
シニアアートディレクター

桑原 秀平 氏

小山 私は途中からプロジェクトに加わったのですが、最初にその映像を見て、「これは生活者にとって価値あるものになる」とすぐに感じました。まだ存在しないサービスの体験が可視化されていたことが、組織の垣根を越えて同じゴールを目指す上で大きな役割を果たしていたと思います。

株式会社博報堂コンサルティング
シニアコンサルタント

小山 七夏子 氏

高松 博報堂コンサルティングの皆さんが早い段階で体験を見える形にしてくれたことが、異なる専門性を持つメンバー間の共通言語になりました。

サービスデザイン発想でつなぐ
顧客体験と事業の仕組み

――魅力的な顧客体験をつくるだけでなく、それを継続して提供できる「事業の仕組み」として成立させる必要があります。商品、頭皮・髪解析サービス、Webアプリなど多岐にわたる要素を、どのように一つの事業に組み上げていったのでしょうか。

三谷 法務やDXなど、これまでの商品開発とは異なる部署や関係者とも連携する必要があり、進行体制は非常に複雑でした。全てが新しいチャレンジの中で、何をいつ決めて進めるべきかという全体の道しるべをどう描くかが大きな課題でした。

花王株式会社
グローバルコンシューマーケア部門
ヘルスビューティケア事業部門
ヘアケア事業部

三谷 俊介 氏

鷹野 そこで我々は、クリエイティブ、UI/UX、システムなどの領域ごとに「分科会体制」をつくり、週次で決めるべきことを明確にしながらプロジェクト全体を動かしていきました。各領域を理解した上でディレクションを行いつつ、分科会ごとに個別最適化して体験が分断されないよう、横のガバナンスを効かせて全体の一貫性を担保したのです。

小山 各分科会での議論内容や複雑な事業構成要素を結びつける考え方として用いたのが「システム思考」です。例えば、解析によって自分の髪への理解が深まり、商品を使って変化を感じれば、再購入や推奨行動につながります。一方で、商品選択の自由度や配送頻度を変えれば、売り上げや在庫にも影響します。顧客体験と事業の仕組みは切り離して考えられないものです。

ヘアケア迷子が生まれる根本の原因をシステム思考を用いて洗い出した図。サービス継続につながるユーザー心理を黄色にハイライトし、影響が遅延する場合を点線で表現している

鷹野 一つひとつを個別に考えるのではなく、お客様の心理や行動と事業数値がどうつながっているかを構造として捉えました。どこを動かせば事業全体にどう影響するのかを見ながら、本サービスを設計しました。

このように事業全体が回る仕組みを捉えるからこそ、単なる構想で終わらせず、最終的に収益が出る状態から逆算して設計することができます。 我々が哲学として大事にしているのは、構想にとどまらない「事業実装」へのコミットです。事業は形にしてなんぼで、収益を出すところまでできて初めて事業になりますから。

顧客との「点」を「線」へ
継続的な関係構築をもとに
ブランド資産を蓄積

――「THE ANSWER PROGRAM」は、一度解析して商品を届けて終わるサービスではありません。生活者と継続的につながることで、どのような可能性が生まれるのでしょうか。

山岡 これまでは、生活者とのつながりは商品を通じたものが中心でした。でも「THE ANSWER PROGRAM」によって、点ではなく線でつながる環境ができ始めています。

今井 そうすることで、こういう髪の人には評価が高かった、こういう頭皮の状態の人にはここが足りなかった、といった気づきも得られます。それをしっかり生かして、次の商品開発を循環させていくことが大事だと思っています。

花王株式会社
研究開発部門 ヘアビューティ研究所

今井 愛美 氏

鷹野 顧客と常時接続し、得られたデータをR&D等へ還元していくこの仕組みは、まさに新しい商品やサービスを生み出し続けるための「学習エンジン」になります。

それだけではありません。研究所と事業部が一つのゴールに向かって事業をつくった経験や、異なる専門性を持つ人材が協働する体制など、新規事業をつくる過程で蓄積された「文化・人材・プロセス」も企業に残ります。 私たちは、こうした組織的な蓄積も企業に蓄積される「無形資産」だと捉えています。それらが次の事業や既存事業にも生かされ、新たな価値を生み出す力になる。

単体事業の収益だけでなく、そこまで見据えて新規事業に取り組むことこそが、我々の提唱する「ブランド経営」であり、「THE ANSWER PROGRAM」はその象徴ともいえるプロジェクトだと思っています。

無形資産の蓄積が新たな事業価値を生み出す力になる

――最後に、花王として「THE ANSWER PROGRAM」を今後どのようなブランドにしていきたいですか。

山岡 「THE ANSWER」というと、答えを届けて完結するようにも見えます。でも我々は、答えを追求し続けるブランドでありたい。商品を届けて終わるのではなく、お客様と継続的につながり、そこで得られたデータや知見を次の研究や商品開発へと還元していく。そうした循環をつくることで「お客様とつながり続けるバリューチェーン」へと変革し、ヘアケア迷子を救い続けるために、納得し信じていただける答えを追求し続けたいと思っています。

鷹野 商品を届けて終わるのではなく、顧客とつながりながらバリューチェーン全体をアップデートし続けていく。この挑戦は、花王様にとって今後の新たな事業基盤になっていくはずです。我々博報堂コンサルティングも、構想から事業実装、そしてその先の「ブランド経営」の実現に向けて、引き続きパートナーとして共に歩んでいきたいと思っています。

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