AI時代に選ばれる小売りの条件

  • 南雲 克明 氏

    ファミリーマート
    エグゼクティブ・ディレクター
    (商品価値・MD 改革)
    兼 2030 プロジェクト室長

    南雲 克明 氏

  • 各務 茂雄 氏

    スギ薬局
    取締役AX戦略本部 本部長 兼 CDO

    各務 茂雄 氏

  • 高柳 慶太郎 氏

    プレイド
    取締役

    高柳 慶太郎 氏

  • 勝俣 哲生 氏

    日経クロストレンド
    発行人

    勝俣 哲生 氏

生成AIをはじめとするテクノロジーの進化により、小売業の競争軸が大きく変わりつつある。鍵となるのは、購買データの背後にある顧客の文脈「顧客コンテクスト(文脈)」を捉え、AIと人の感性を掛け合わせて、経営判断や店舗体験へつなげることだ。2026年9月10日、経営者・事業責任者を対象に、イベント「AIで進化する小売り最前線─データ・テクノロジーが変える、経営戦略と顧客体験のこれから」(主催:日経クロストレンド、協賛:プレイド)が開催された。ファミリーマートの南雲克明氏、スギ薬局の各務茂雄氏、プレイドの高柳慶太郎氏らが登壇し、AI時代の経営戦略と進化する顧客体験の在り方について、各社の実践を交えながら議論した。

勝俣 哲生 氏
日経クロストレンド 発行人
勝俣 哲生 氏

AIに選ばれるために
「商品の文脈化」を進めることが
重要に

本イベントの冒頭には日経クロストレンド発行人の勝俣哲生氏が登壇し、AI時代の新たな消費モデルについて解説した。消費者の購買行動の起点は、従来の「注目」や「検索」から、AIへの「相談」へと移りつつある。AIエージェントが商品を比較・検討するようになれば、企業には顧客だけでなく、AIにも選ばれるための情報設計が求められるという。

勝俣 哲生 氏

その際、商品名や規格などの基礎情報だけでは十分ではない。勝俣氏は、「誰のための商品か」「どの場面で使うのか」「何と組み合わせるのか」といった「商品の文脈」を、AIが理解できる形で整えることが重要だと指摘した。

さらに、店舗の役割も、会員数やポイントによる顧客の「囲い込み」から、顧客自身が「ここに居たい」と感じて戻ってくる「所属」へ変化すると展望した。地域との結びつきや長い時間をかけて育まれた記憶、帰属意識などは、他社が容易に模倣できない店舗の資産になる。

南雲 克明 氏
ファミリーマート エグゼクティブ・ディレクター
(商品価値・MD 改革)兼 2030 プロジェクト室長
南雲 克明 氏

感性とデータで
「選ばれ続ける価値」をつくる

続いて、ファミリーマート エグゼクティブ・ディレクターの南雲克明氏が登壇し、「顧客データが経営を動かす ─ AI時代の小売りビジネス改革」と題した基調講演を行った。

南雲 克明 氏

南雲氏は、人口減少や物価高が進む成熟市場では、店舗数の拡大だけに依存した成長は難しいと説明。競争軸を変え、選ばれ続ける価値をつくり、収益の生み方を変える必要があると説いた。消費者は予定調和的な買い物ではなく、「想像を超える驚きや発見」を待っていると指摘する。

「便利で何でもそろうことは、コンビニエンスストア業界にとって、もはや当たり前です。ファミリーマートは、必要なものをそろえる存在から、お客様が欲しくなるものや、語りたくなるものを生み出す存在、そしてさらには文化を生み出す存在へと、戦う軸を変えていかなければなりません」(南雲氏)

その起点となるのが、消費者自身も明確には自覚していない欲求、すなわち「インサイト」の発見であると同氏は語る。人の感性で捉えたインサイトを自社の強みと掛け合わせ、AIとデータサイエンスを「第2の脳」として活用することで、価値創造の確度を高めていく。

インサイトを起点に、価値をつくり、ビジネスを変える

※POD(Point of Difference:差別化要素)

インサイトを起点に、価値をつくり、ビジネスを変える

POSやアプリ、SNS、天候、人流などのデータを1つの基盤につなげれば、個店単位の分析と予測、意思決定の迅速化、24時間の検証による高速PDCAが可能になる。南雲氏は、各店舗の成功要因を蓄積して「組織知化」し、使うほど賢くなる経営基盤を目指すと説明した。

一方、新商品の種を生み出す際には、人の感性が欠かせない。既存商品の改良には顧客や従業員の声、販売データを活用し、新カテゴリーや新商品開発では直感と主観、現場での観察とデータから新たな価値や商品を創造する。感性とデータを組み合わせることで、選ばれ続ける価値を生み出すという考えだ。

高柳 慶太郎 氏
プレイド 取締役
高柳 慶太郎 氏

「何が売れたか」から
「なぜ売れたか」へ

次に登壇したプレイド取締役の高柳慶太郎氏は、「AI時代のデータ活用で独自性を生む―小売りにおける『顧客コンテクスト』という競争資源」と題し、購買データの背後にある顧客の文脈を、企業の競争力へ変える方法を紹介した。

高柳 慶太郎 氏

高柳氏によれば、将来にわたって企業の利益に貢献する顧客を見極め、適切に経営資源を配分するためには、「何が売れたか」という結果だけでなく、「なぜ売れたか」まで理解し、データとして蓄積する必要があるという。

「お客様がどのような背景で商品を手に取り、なぜそれを好きになり、どのようなプロセスを経て来店し、購入したのか。そうした顧客コンテクストが、企業の成長の源泉になる時代が来ています」(高柳氏)

例えば仕事帰りに総菜を購入しているという履歴だけを見れば、同じ総菜の値引きクーポンを送る施策になりやすい。しかし、その背景にある「手軽に夕食を済ませたい」という思いまで捉えられれば、ミールキットを提案するなど、異なる切り口から顧客へ働き掛けられる。表層的な購買データだけでは見えなかった顧客の深層心理を理解することで、施策の選択肢が広がり、一人ひとりの文脈に応じた「ハイパーパーソナライゼーション」が可能になる。

「コンテクスト連動型CRM」
購買履歴だけでなく、顧客の状況に応じた提案を可能にする「コンテクスト連動型CRM」

小売業における顧客コンテクストの活用先はマーケティングに限らない。顧客コンテクストをデータとして蓄積できれば、商品開発や店舗運営などさまざまな企業活動へ還流することで、自社ならではの価値創造につなげられる。顧客がいつ、なぜ、どのような悩みから商品を購入したのかという文脈をAIに学習させることが、他社には模倣しにくい競争力になるという。

同じ購買履歴を持つ顧客でも、購入時間や商品の組み合わせを踏まえれば、その背景にある異なるニーズを推測できる。こうした顧客の状況に即した提案を重ねることが、体験価値と顧客生涯価値(LTV)の向上につながる。

顧客コンテクストを読み解き、自社独自の価値として事業活動へ還流する
顧客コンテクストを読み解き、自社独自の価値として事業活動へ還流する

従来、こうした顧客一人ひとりの複雑な状況を捉え、多岐にわたる現場業務へ反映させるのは容易ではなかった。しかし、近年のAI技術の発展によって実用化へのハードルは大きく下がりつつある。プレイドでは、膨大なデータから顧客コンテクストを抽出する独自技術「Context Lake」を基盤に、顧客理解を実際の事業成長へと結び付ける取り組みを推進しているという。

顧客コンテクスト変換基盤「Context Lake」の概念図
顧客コンテクスト変換基盤「Context Lake」の概念図

一方で、高柳氏は、AIが人にとって代わるわけではないとも強調した。プレイドが掲げるミッションは、「データによって人の価値を最大化する」。店舗スタッフが持つ経験や暗黙知、企業のアイデンティティーを体現するノウハウをデータ化し、AIで活用できるようにすることで、人の活動を支えていく。効率化やコスト削減だけでなく、顧客をより深く理解し、人の価値を高めるためにAIを使うことが、顧客コンテクストを競争資源へ変える鍵となる。

パネルディスカッション

AIを現場の価値へ変える
「良いアナログ」

  • 南雲 克明 氏

    パネリスト

    ファミリーマート
    エグゼクティブ・ディレクター(商品価値・MD 改革)兼 2030 プロジェクト室長

    南雲 克明 氏

  • 各務 茂雄 氏

    パネリスト

    スギ薬局
    取締役AX戦略本部 本部長 兼 CDO

    各務 茂雄 氏

  • 高柳 慶太郎 氏

    パネリスト

    プレイド
    取締役

    高柳 慶太郎 氏

  • 勝俣 哲生氏

    モデレーター

    日経クロストレンド
    発行人

    勝俣 哲生氏

本イベントの後半には、「AI×顧客データ活用の“リアル” ―小売りの次の一手はどこにあるのか?」と題したパネルディスカッションが行われた。南雲氏、高柳氏に加え、スギ薬局 取締役AX戦略本部 本部長 兼 CDO 各務茂雄氏もパネリストとして参加し、勝俣氏がモデレーターを務め、AIとデータを実店舗の価値へつなげる方法について議論を交わした。

推進する「AX戦略」

冒頭、各務氏は、スギ薬局が推進する「AX戦略」を紹介した。同社にとってのAXとは、接客や顧客との対話など、残すべきアナログの価値を高める「Analog Transformation」と、AIを活用して業務や意思決定を変える「AI Transformation」を組み合わせたものだ。良いアナログは増やし、非効率なアナログは減らすことで、テクノロジーと人の強みを共に生かしていく。

その考え方は、店舗で働く従業員の環境改善にも表れている。各務氏は就任後、約100店舗を巡回し、通信環境やハンディ端末の遅さなど、日々の業務を妨げる問題を現地で確認した。こうした困り事を一つずつ解消し、従業員が顧客と向き合うための「可処分時間」を生み出してきたという。

スギ薬局の価値の源泉は、店舗での接客にある。業務の効率化は、単なるコスト削減ではなく、従業員が接客へより多くの時間を使えるようにするための手段だ。各務氏は、店舗を顧客が「自分らしくいられる」お茶の間のような場所にしたいと語った。

何をAIに任せ、どのような人の営みを残すのか。スギ薬局のAX戦略からは、AIの導入自体を目的にせず、現場で守り、伸ばすべき価値から変革を設計する姿勢が浮かび上がった。

顧客と従業員の心を動かす
データ活用へ

続いてディスカッションのテーマは、顧客データの収益化、いわゆる「リテールメディア」の可能性へと移った。各務氏は、広告収益を追うあまり、店舗やアプリが本来持つ顧客体験を損なってはならないと指摘した。店舗の立地や利用者の特性によっても適切な施策は異なるため、どこで、どのように収益化するかを慎重に見極める必要があると語った。

この議論を受けて紹介されたのが、プレイドのコマースメディア構築・収益化サービス※1「KARTE Offers」だ。高柳氏は、リテールメディアを単に広告枠を販売して収益を得る仕組みとして捉えるのではなく、顧客の心をどれだけ動かせるかが重要だと説明した。

  • ※1小売店舗に限らず、Webサイトやアプリなど、購入・申し込みといった取引が発生するサービス全般を対象とするため、「コマースメディア」としている。

顧客コンテクストとの関連性が高く、「自分にとって役立つ情報だった」「次に何が表示されるのか楽しみだ」と感じられる体験でなければ、サービスは長続きしない。広告収益を優先した結果、顧客体験を妨げたり、顧客の離反を招いたりすることがないよう、プレイドが一貫して重視してきたCXを起点に、企業と共に新たな体験を設計していくという。

推進する「AX戦略」

また、データ活用の対象は顧客だけではない。パネルでは、プレイドがトリドールホールディングスと共同開発した「ハピカンダッシュボード」も紹介された。店舗で働くスタッフの幸福度を示す「ハピネススコア」、顧客の体験価値を測る「感動スコア」、売上などの「繁盛スコア」を集約・可視化し、顧客から寄せられた評価を翌日の朝礼などで共有する仕組みだ。単にデータを確認するためではなく、すべての従業員がハピネス・感動・繁盛の状態を正しく理解し、そのサイクルを楽しく前向きに改善するための動機形成と行動促進につなげることを目的に開発されている。データを介して現場の内発的動機を引き出し、従業員体験の向上につなげる試みだ。

高柳氏は、こうした取り組みは、トリドールホールディングスが掲げる「心的資本経営」という理念と結び付いているからこそ意味を持つと指摘した。企業理念やアイデンティティーも、その企業が持つ重要なコンテクストである。これを踏まえてデータを活用することで、施策が企業の文化に根付き、顧客体験と従業員体験を共に高められる。

プレイドがトリドールホールディングスと共同開発した「ハピカンダッシュボード」
プレイドがトリドールホールディングスと共同開発した「ハピカンダッシュボード」

AIとデータは、人にとって代わるものではなく、人が顧客と向き合う余白を生み出し、その価値を高めるためにある。顧客と従業員双方のコンテクストを捉え、より良い体験へつなげることが、AI時代の小売業に求められている。

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