Theme1エージェンティック・コマース時代の小売業とは
AIを活用しつつも主導権は渡さない
Rokt
ビジネス開発
松田 誠 氏
勝俣 AIの導入に関して、「NRF 2025」では「不安と実験」が語られた年だったと言えると思います。そこからわずか1年、「NRF 2026」ではAIの実装が前提となり、「AIに関係しない展示やセッションがない」とまで言われる状況でした。
Rokt
ビジネス開発
松田 誠 氏
松田 「NRF 2026」の会場で感じたのは、「商品を用意し、オンライン・オフラインを問わずお客様に訪問いただき、お客様に購買に必要な情報を提供し、購買を完了する」といったリテールのプロセスを、すべてAIによってリプレースされてしまうのではないかといったリテール、ブランド企業の危機感でした。特にGoogleによるUCPの発表には会場がざわつきました。これまでリテールやブランドが担っていた、商品の「発見、検討、購入」という購買プロセスが、AIによって一気通貫で代替されるようになるため「顧客データやインテントを直接取得できなくなるのではないか」といった懸念が共有されていました。
木村 その危機感の中でも、特にリアル店舗を持つ小売業者はAIエージェントには負けないという矜持を感じました。世界最大の小売チェーンであるウォルマートは、UCPのパートナーとなることを選んだ一方「AIを活用しつつも、主導権は渡さない」と宣言しました。「NRF 2026」で強く印象に残ったメッセージの1つです。
松田 これまでブランディングやCRM、購買体験などの結果によって消費者は購買する場と商品を選んでいました。これに対しエージェンティック・コマースでは、購買プロセスではなく、商品と流通の客観的データに基づき選択から購入完了までを行います。このようなエージェンティック・コマースによる新しい購買プロセスにおいて、「NRF 2026」では、AIから選ばれるためには顧客とのコミュニケーションより、「価格、品ぞろえ、在庫、配送サービス」など、リテールの本質を磨くことがより重要になるという認識が共有されていたと思います。店舗側の視点から杉浦さんはどのような見解をお持ちですか?
セブン-イレブン・ジャパン
新規事業推進室 総括マネジャー
杉浦 克樹 氏
杉浦 お客様がリアル店舗に求めるのは体験価値です。オンラインでのエージェンティック・コマースか、リアル店舗か、二者択一にはならないと思います。リアルの良さを提供し続けることで両方が成り立つと考えています。エージェンティック・コマースはリアル店舗のコンペティターという存在ではありません。しかしリアル店舗の魅力を高めていかないと、店舗に出向く動機がなくなります。来店機会の減少こそが真の危機だと思います。
セブン-イレブン・ジャパン
新規事業推進室 総括マネジャー
杉浦 克樹 氏
松田 AIに選ばれるようにする、と同時にAIにリプレースされない購買体験を実現する必要があるのではないかと考えます。Roktでは購買タイプ別に、これからの時代の買い物にAIがどのように関与するのかを整理しました。縦軸が熟考の必要性、横軸が選ぶ楽しさです。コモディティー商品など判断負荷が低い領域ではAIエージェントによる購買代行が進む可能性が高い一方で、結婚指輪のように意思決定の重要度が高い購買や、旅行・イベントといった体験価値を伴う商品においては、人間主導でAIが補助にまわると考えています。自社の商品・サービスを、より人間主導の購買体験にシフトさせることがエージェンティック・コマースの時代において重要になるのではないでしょうか。
購買タイプによって、AIの関与が変わってくる。熟考の必要があり、選ぶ楽しさを感じられるものほど、人間が主導しAIは補助にまわる
勝俣 AIが当たり前の今、日本の小売事業者が考えるべき大切なことについて見解をお聞かせください。
松田 今年のNRFではターゲット社が「AIを使う会社(Using AI)」ではなく、「AIで動く会社(running on AI)」になった、と説明していましたがAIを自社に完全に統合させることで現在の爆発的なAIの進化を自社の成長に取り込む姿勢が明確になっていました。日本においても局所的にAIを使うのではなく、AIがビジネスプロセス全てを動かすように会社全体を作り替える必要があるのではないでしょうか。
木村 米国小売業は変化に対するスピードが速いと感じています。日本小売業のリテールメディア導入では、PoC疲れや、局所最適も多く見受けられます。日本の場合、個店で課題を潰すのに時間をかけるのに対し、米国では短期間でPoCを行い全店展開していきます。日本企業は、意思決定と実行のスピードに課題があると思います。
杉浦 店舗の観点では、“まだリアルで買うよね”という感覚が油断につながる可能性があると思います。リアル店舗の強みを担保し続けることと、顧客体験価値を高める新しいものを取り入れることを両立させるべきだと考えています。
Theme2リテールメディアの収益を本業に生かす
米国と日本の小売業における意識の違い
勝俣 リテールメディアは、小売企業が自社で保有するECサイト、アプリ、実店舗のデジタルサイネージなどを広告媒体として活用する手法です。「NRF 2026」では、リテールメディアを従来の「広告枠を売る販促施策」から、今や成長資金を調達するCFO(最高財務責任者)の資本政策へとその位置付けがシフトしていることが重点テーマとして取り上げられました。リテールメディアのフェーズ変化をどのようにとらえていますか?
松田 米国の小売企業は購買接点をアセットとしてとらえ、そこでリテールメディアを活用して収益拡大を図ることを主要な経営戦略に位置付けています。リテールメディアで付帯収益をあげ、それを原資に本業である小売事業での競争力を高めていくサイクルをまわす、持続的成長モデルを実現しています。この考え方は、日本の小売企業も持つべきだと思います。ECサイトのリテールメディアに関しては、データに基づく効果測定がしやすいこともあって導入が一定進んできています。リアル店舗のリテールメディアは効果測定などの課題もあり、実装はまさにこれからというフェーズではないでしょうか。
リテールメディアで付帯収益をあげ、それを原資にしてより良いサービスを提供するというサイクルを回す
電通
リテールマーケティング局 シニアプロデューサー
木村 仁昭 氏
木村 「NRF 2026」では、リアル店舗のリテールメディアを「眠れる巨人」と表現していました。そのポテンシャルを生かしきれていない理由は何か。店舗のリテールメディアは、広告主、メーカー、小売などプレーヤーが多く、成果指標と定量評価手法が確立されていないことが大きな要因となっています。
電通
リテールマーケティング局 シニアプロデューサー
木村 仁昭 氏
松田 広告主は広告の成果に対してシビアです。リアル店舗でのリテールメディアはどれだけ効果があるかを明確に提示できないため、広告主側も投資しにくいのが現状だと思います。また、リテールごとに出稿フォーマットが異なるため、広告主としては横断的出稿に手間を要するという点もボトルネックになっています。
木村 成果指標づくり、出稿フォーマットの統一などは、1社だけでできることではありません。リテールメディアに関わるプレーヤーが同じ土俵に乗って横断的に取り組むネットワーク化が必要です。その実現では、中立的立場から広告代理店が支えるべきだと考えています。2026年1月に、電通ではリテールメディアの開発・活用に取り組む専門組織「リテールマーケティング局」を新設しました。横断的な取り組みにも本腰を入れて取り組んでいきます。
杉浦 セブン-イレブンでは、購買に向けた背中の一押しとしてリテールメディアを活用しています。その姿勢は変わらないのですが、さらにお客様の購買行動に変化を起こすことができれば戦略的投資を行えると思っています。背中の押し方とともに、お客様のLTV(Life Time Value、顧客生涯価値)を高めるために活用していきたいと考えています。
Theme3エージェンティック・コマース時代の顧客体験設計
「購入の瞬間」と「偶発購買」がポイント
勝俣 エージェンティック・コマース時代において、各リテール企業が自社の顧客体験の設計として大切にすべきポイントはどこでしょうか?
木村 リアル店舗もECサイトも、エージェンティック・コマースとの差別化では、「もともと予定していなかったのに購入する」という偶発購買がポイントの1つになると考えています。
杉浦 先ほど申し上げたように、セブン-イレブンでは、リテールメディアを『購買に向けた背中の一押し』としても活用しています。その施策の1つが、お昼時にデジタルサイネージで「揚げたて」を訴求することです。お客様のワクワク感の醸成が狙いです。AIによる買物代行では提供できない店舗ならではの顧客体験です。リアルな売り場で楽しい体験を創り出すというのは、日本らしいリテールメディアになると考えています。お客様の購買行動に変化を起こし、LTV(Life Time Value、顧客生涯価値)の引き上げに繋げることができれば、リテールメディアへもさらに戦略的投資を行えると思っています。
勝俣 お客様が購入する文脈に入って、そこに寄り添い効果的な提案を行うことが重要だということですね。
松田 Roktでは、ECで消費者の買い物意欲が最も高まる「購入の瞬間」に、AIの分析によって、そのお客様が関心を持っている商品やサービスを提案します。杉浦さんからお話のあった「揚げたて」に近いアプローチですね。Roktで提案する対象は、ECサイトを運営する企業が取り扱っていない商品、いわゆる非エンデミック広告です。たとえば、アパレル商品の買い物をしていたユーザーが、興味のある音楽ストリーミングの体験オファーを受け取る。出店企業との競合を防ぎ、新たな広告主獲得につながるとともに、偶発購買に近く、お客様に新たな体験価値をもたらすと考えています。
勝俣 「NRF 2026」で実感したのは、エージェンティック・コマース時代はもう始まっているということでした。本日のディスカッションでは、エージェンティック・コマースと共存しながら、購買の瞬間を活用した新たな体験を通じて、小売企業の成長とともにお客様に対する新たな価値提供に向けたヒントがあったと思います。本日は、ありがとうございました。



