SYNC Design & Innovation in SITE 2026 2026.06.26 パラゴンホール

Event Review

キーノート:オープニング、特別セッション

デザインとビジネスの融合
「問い」が導く日タイ協創

2026年6月26日、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンホールで「SYNC Design & Innovation」が開かれた。タイ国家イノベーション庁(NIA)主催のアジア最大級の祭典「SITE 2026」の中日にあたり、日経BPとフォーデジットが初共同出展。開会式ではNIAと日本大使が挨拶し、続く基調講演ではタイの政府系機関の幹部がデザイン主導の経済振興策を語った。会場では音楽公演やビジネスマッチングも催された。

イノベーション×デザイン——「新しさ」超える価値

タイ国家イノベーション庁
エグゼクティブディレクター
クリットパカー・ブンファーン

タイ王国イノベーション庁(NIA)長官として、法務分野における広範な知見を活かし、スタートアップ・エコシステムの構築と国家的なイノベーション政策を牽引。農業・食品、ヘルスケア、EV、クリーンエネルギーといった重点分野における「4G戦略」を推進することで、タイをイノベーション駆動型国家へと導く重要な役割を担っている。

 開会の挨拶に立ったNIAのクリットパカー・ブンファーン氏は、日経BPおよびフォーデジットとの連携が今回初めてであることを明かし、「イノベーションとはテクノロジーや科学だけではなく、クリエイティブデザインも極めて重要な要素だ」と述べた。イノベーションは単なる「新しさ」ではなく、実際に価値を生み、具体的なインパクトをもたらすものだと強調。今回のテーマである「Social Innovation Impact」のもと、イベントをスタートアップや投資家、企業、若い才能をつなぐプラットフォームにしたいとの意欲を示した。

 前年のイベントでは投資額が5億米ドルに達したことも紹介し、タイを東南アジアの地域イノベーションハブと位置づける歩みが着実に進んでいることをうかがわせた。

デザイン思考は既存の発想を転換する

駐タイ日本国大使
大鷹 正人

1986年3月、東京大学経済学部卒業。1986年4月に外務省に入省。以降、内閣官房副長官秘書官、経済分野および地域分野の各部局長、在タイ日本国大使館公使など、数々の要職を歴任した。さらに、在米国日本国大使館公使を務めたほか、報道・広報外交を担当する次長および局長を歴任している。2020年10月にハンガリー駐箚特命全権大使に就任し、2024年1月よりタイ王国駐箚特命全権大使を務めている。

 続いて登壇した駐タイ日本国大使の大鷹正人氏は、デザイン思考の本質について時間をかけて語った。「人々は見せてもらうまで、自分が何を欲しいのか分からない」というスティーブ・ジョブズの言葉を引きつつ、iPhoneやiPodの例を挙げ、既存の発想を転換する力の重要性を説いた。さらに日本発の前衛芸術運動「具体派」やスペインの建築家ガウディの作品、東京ディズニーランド、新幹線などを引き合いに出し、当初は懐疑的に受け止められた発想が、後に社会に根づいていく過程を紹介した。

 大鷹氏は「イノベーションを実現するには投資が必要であり、最も重要なのは民間セクターからの投資だ」とも述べ、企業こそが実際に事業を展開し成長させる主体だと位置づけた。また、自由な発想の土台には社会そのものの自由が不可欠だと指摘し、東西冷戦時代を例に挙げた。東側諸国を訪れた際に感じた色彩の乏しさと、西側に入った途端に花々で満ちた風景に一変した体験を紹介しながら、「自由がなければ、価値ある心も存在し得ない」と語った。社会主義時代の東側諸国のアートにプロパガンダの色合いが強く表れていたことにも触れ、自由の大切さを重ねて強調した。

 さらに大鷹氏は、ゴッホが生前正当に評価されなかったにもかかわらず努力を重ね、独自のスタイルを確立していった経緯や、アップルの製品開発が偶然ではなく幾度もの検討と思考の末に生まれたことを紹介し、「天才は生まれながらにして完成しているとは思わない。必ず苦闘がある」と述べた。その上で、登壇者たちがどのように既存の殻を破り、新しいアイデアを生み出し、世界に実現してきたかを語ってくれることに期待を寄せ、挨拶を締めくくった。

成長するタイのデジタル・クリエイティブ産業

クリエイティブ・エコノミー・エージェンシー(タイ)
副エグゼクティブディレクター
インターパン・ブアキャウ

クリエイティブ・エコノミー・エージェンシー(CEA)の副エグゼクティブディレクター。同機関は、タイのクリエイティブ産業およびクリエイティブシティの振興を担う政府機関である。公共政策の策定分野で豊富な経験を有し、CEAには18年間在籍。現在は、産業分野別プログラムの企画、貿易・事業連携の促進、官民連携の推進を統括し、タイのクリエイティブ産業を支えるエコシステムの強化に取り組んでいる。

 基調講演では、まずタイのクリエイティブ・エコノミー・エージェンシー(CEA)副エグゼクティブディレクターのインターパン・ブアキャウ氏が登壇した。同氏は、2018年に政府が「Thailand Creative & Design Center」を格上げしてCEAを設立した経緯を説明し、タイのデジタル・クリエイティブ経済の付加価値は約1000億米ドル、GDPの約8%に相当すると紹介した。クリエイティブ産業の従事者は約100万人、関連企業は約8万社にのぼり、その9割以上が中小企業だという。

 CEAは政策・産業・地域の3つの側面からクリエイティブ産業の発展を後押ししているとし、具体的な取り組みとして、大学生向けにデジタル技術や体験設計のスキルを高める「World Media Lab」の設立、企業やデザイナーの国際コンペティション出展支援、地方でのクリエイティブセンター設立など複数のプロジェクトを列挙した。海外市場への展開支援にも力を入れており、日本も重要な市場の一つとして毎年2、3件の関連イベントに参加しているという。バンコクがユネスコ創造都市ネットワークにおいて神戸や名古屋、旭川と同じデザイン分野で加盟している点にも触れ、日本との結びつきの深さを印象づけた。

日本のものづくりとタイの起業家精神をミックス

depa
執行副総裁 兼 CIO(スマートシティ、デジタルイノベーション、エコシステム担当)
スパコーン・シッディチャイ

インペリアル・カレッジ・ロンドン電気電子工学科卒業。2001年にタイ国立電子コンピューター技術研究センター(NECTEC)に研究員として入所し、コンピュータビジョン、ITS(高度道路交通システム)、地方教育支援、スマートシティなど多岐にわたるプロジェクトを率いる。2015年からはタイ政府のスマートシティ・イニシアチブに参画し、プーケットにおけるスマートシティ実装を主導。2017年にデジタル経済振興機構(depa)のスマートシティ振興部門副総裁に就任し、タイ全土のスマートシティ化を推進する。2021年11月より執行副総裁(Group Executive Vice President)として、スマートシティ振興、IoT・デジタルイノベーション、およびデジタルプラットフォームの普及を統括している。

 続いてデジタル経済振興機構(depa)の執行副総裁 兼 CIO(スマートシティ、デジタルイノベーション、エコシステム担当)のスパコーン・シッディチャイ氏が登壇し、AI時代におけるデザインの役割を語った。「AIの時代において、私たちにとって最大の課題は、もはや答えを見つけることではない。本当に重要な問いを見極めることだ」と述べ、テクノロジーが問題を解決する助けとなる一方、デザインは解決する価値のある問題を発見する助けになると位置づけた。

 スマートシティについても、「センサーや先進的なインフラで満たされているからスマートになるのではない」とし、テクノロジーが人々の日常生活を静かに改善し、地域社会をより安全にし、サービスをより利用しやすくしてこそ、都市はスマートになると語った。日本の精密なものづくりの技とタイの創造性・起業家精神が組み合わさることで、次世代のデジタルおよびデザイン主導の成長に向けた強力な基盤が生まれるとの期待も示し、「単によりスマートな技術を構築することではなく、より良い未来をデザインすることが私たちの責任だ」と締めくくった。

 開会式から基調講演まで一貫して語られたのは、答えを急ぐことよりも、まず本質的な「問い」を立てる力の大切さだった。タイと日本、双方の登壇者がそれぞれの立場からこの視点を共有したことは、両国のデザイン・イノベーション分野における協力が今後さらに深まっていくことを予感させるものとなった。

PAGE TOP