SYNC Design & Innovation in SITE 2026 2026.06.26 パラゴンホール

Event Review

スタートアップ × デザイン / ZIPAIR Tokyo

価格と体験を両立する、ZIPAIRの新たなエアライン戦略

「SYNC Design & Innovation」の「スタートアップ×デザイン」セッション<エアライン×イノベーション>には、ZIPAIR Tokyo執行役員・CMO Strategy Leadの松尾拓哉氏が登壇した。同社を「New Basic Airline」と位置づけ、機材の高稼働・高密度化による価格競争力と、乗客が自ら時間をデザインできる体験設計を語った。

「フルサービスキャリアでもローコストキャリアでもない」独自の立ち位置

ZIPAIR Tokyo
執行役員・CMO Strategy Lead
松尾 拓哉

事業戦略、マーケティング、ブランディングに専門性を有し、航空事業、金融事業に豊富な経験を持つ。2000年に日本航空入社。主に、事業計画、マーケティング・ブランディング戦略に従事。2005年より経営企画室にて国内事業計画を担当。経営破綻から再上場までの一連の流れに携わった後に、マーケティング戦略を担当。全社戦略の策定と実行支援を行う。2017年にJALグループとSBIグループのジョイントベンチャーのフィンテック企業でCMOに就任。2021年、Z holdings(Yahoo)入社。PayPay銀行に出向し、2022年コンシューマーローン事業部長に就任。2022年7月よりStart Up企業のCMOを務める。2023年1月よりZIPAIRのダイレクターとしてマーケティング領域の一部支援を行い、2023年12月より執行役員CMOとして正式に参画する。

 JALグループの中長距離LCC(ローコストキャリア)として2020年2月に就航したZIPAIRは、成田を拠点に定期便9路線を運航し、累計搭乗者数は昨年400万人を突破した。台湾やオーランド、ラスベガスへのチャーター便も運航し、今年度中にはクアラルンプール就航も予定する。搭乗者の国籍は日本人以外が多数を占め、若年層のインバウンド需要が主要ターゲットだという。

 松尾氏はまず、ZIPAIRの立ち位置を明確にした。「我々は、フルサービスキャリアでもローコストキャリアでもないと思っている」とし、自らを新しい価値をつくる「New Basic Airlineニューベーシックエアライン」と定義する。その柱は、①フルサービスキャリアと同等のフルフラットシートとシートピッチを備える「エアラインスタンダード」、②地上でできることを空でも実現する「グラウンドスタンダード」、③地上の最新技術をビジネスに応用する「レイテストテクノロジー」の3つだという。長距離フライトだからこそ座席の広さは譲れない領域だとし、この点では価格競争のために妥協しない姿勢を示した。

 ②では、アジアで初めて全機にスターリンクの高速インターネットを搭載し、機内でもオンライン会議ができる環境を整えた点を強調した。③では今年4月にローンチした独自の機内システム「AltoNex」を紹介。従来はコールボタンから注文、乗務員のギャレー往復、POS端末を用いたオフライン決済までを経て完了していた機内サービスを、乗客のスマホ操作一つで在庫確認から決済までを完結させる仕組みに変えたという。松尾氏は「7アクションかかっていたことが、1アクションで終わる」と述べ、この技術を将来的に世界の航空会社へ展開したい考えを示した。あわせて、優れた顧客体験は従業員のエンパワーメントにもつながるという同社の信念にも触れた。

引き算の思考で生んだ価格競争力

 安さの背景には、機材をいかに効率的に使うかという発想がある。松尾氏は「航空会社にとって航空機を上手に活用することが重要だ」と述べ、機材稼働率の向上と座席の高密度化が価格競争力の源泉だと説明した。従来のLCCは小型機で短距離路線を往復させる「マルチレグ・ショートホール」モデルが主流だが、ZIPAIRはワイドボディ機を使い、折り返しをせずにひたすら長距離を飛ぶ「シングルレグ・ロングホール」モデルを採用する。北米路線に力を入れる理由も、需要の大きさに加え、このビジネスモデル上の必然だという。長距離運航には大型機の運用や高いオペレーション能力が求められるが、JALグループの一員として長年のノウハウを受け継いでいることが、これを可能にしていると説明した。

 高密度化については、経営戦略のフレームワークである「ERRCグリッド」を引き合いに出し、取り除く・減らす・増やす・付け加える要素を徹底的に議論して座席構成を設計したと説明した。シートバックモニター、全員一律の機内食といった従来型エアラインの標準機能をあえて取り除く一方、低価格・座席の広さ・無料Wi-Fiは強化・追加した。

 その結果、ZIPAIRは290席まで積み込むことに成功した。これに機材稼働率の向上分を掛け合わせることで、高いコスト競争力を生み出しているという。

 バンコク線を例に、ビジネスクラスに該当するフルフラットシートは5.9万~※、エコノミーシートに該当するスタンダードシートは2.2万円~※、6歳以下は一律5千円※という運賃も紹介し、燃油サーチャージを設定しない料金体系の安さを印象づけた。松尾氏は「引き算はなかなかできない。でも、新しい世界をつくろうと思うと、引き算をしなければいけない」と述べ、この発想こそが同社にとって最も重要なイノベーションだと語った。

※別途、空港使用料及び各種税金が必要です。

空間より「体感時間」を売る哲学

 松尾氏はサービス哲学として「Delight Tailor Services」を掲げる。全てをパッケージに含める伝統的なフルサービスモデルに対し、ZIPAIRが基本として提供するのは座席という空間と移動という時間のみで、機内食や手荷物などはすべてオプションとする。「お客様が本当に必要なものを、ご自身で選んでいただける仕組みをつくっているから、結果的に安くなっている」というのが松尾氏の説明だ。

 さらに松尾氏は、エアラインが提供する価値を「空間」と「時間」に分解し、さらに時間は「時間そのものであるフライトタイム」と「体感時間」の2つに分かれると述べた。「空間=座席の広さ」は大差なく「フライトタイム」は航空機の性能に依存し、似たような航空機を使用する他社と大きな差がつきにくい一方、機内で過ごす「体感時間」の質にこそ差別化の余地があると指摘する。従来の航空会社が機内食や最新の映画で乗客の時間を埋めてきたのに対し、ZIPAIRは乗客自身が時間をカスタマイズできることに価値を置く。「自分で時間をコントロールできれば、飛行機に乗っている時間はあっという間になる」とし、これこそが同社の差別化の核心だと結んだ。

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ZIPAIRが目指す「選べるエアラインサービス」

従来型航空会社が機内食や手荷物などのサービスを運賃に一律で含めるのに対し、ZIPAIRは移動と座席を基本サービスとし、必要なサービスのみを利用者自身が選択できる仕組みを採用。価格の最適化と顧客体験の向上を両立している

 この体感時間という発想は、機内Wi-Fiの位置づけにも表れている。ZIPAIRは創業当初からWi-Fiを無料としており、この5月には全機で高速インターネット環境を整えた。今なお航空会社の多くがエコノミークラスの通信を有料または時間制限や容量制限つきとする中、松尾氏は「6年前、Wi-Fiが無料の航空会社はほとんどなかった」と振り返り、乗客が機内でも自分の時間の使い方を選べる環境こそが体感時間を短くする核心だと説明した。

 最後に松尾氏は、世の中で起きている変化に単に反応するのではなく、主体的に適応していくことがZIPAIRにとって大切な戦略だと語り、講演を締めくくった。

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