SYNC Design & Innovation in SITE 2026 2026.06.26 パラゴンホール

Event Review

iDID コラボ / Farmgroup×Takram NY

プロサッカー、日タイ両リーグのブランド戦略

<タイ・リーグとJリーグのブランディング>と題したセッションに登壇したのは、タイのデザインコンサルタント会社 Farmgroupのシニアデザイナー、サムパタ・ジェディー氏と、日本のJリーグのブランディングを手がけてきたTakram NYの福田基輔氏だ。両者はそれぞれ、自国のサッカーリーグという「ナショナルブランディング」に近いプロジェクトを通じて、価値観や美意識をどう表現するかに向き合ってきた。

象が導いた、タイ・リーグのブランド刷新

Farmgroup
シニアデザイナー
サムパタ・ジェディー氏(右)

バンコクを拠点に活動し、タイポグラフィとブランドアイデンティティの融合を専門とするデザイナー。FarmgroupやProduce Foundryとの協働を通じ、バンコク都のブランディングやタイ・リーグ、さらにはAppleやNetflixといったグローバルプロジェクトのビジュアルシステムを手掛けてきた。その技術はタイ・デザイン・エクセレンス・アワード(DEmark)や2024年度のグッドデザイン賞(Gマーク)でも高く評価されている。作品はタイ国内外の展示会で頻繁に紹介されているほか、客員講師としてクリエイティブ・コミュニティへの知見の共有にも尽力している。

Takram NY
ブランド&エクスペリエンスデザイナー
福田 基輔氏(左)

ブランドと事業をつなぐBrand & Experience Designer。NYを拠点に、クライアントと共にユーザー体験と企業価値を一体として設計する。代表作にJリーグのブランディング、NOT A HOTEL、Goldwin、ビザスクなど、スポーツからライフスタイル、メディア、テクノロジーまで領域を横断。ADFEST、TIAAなど国際的なアワードを受賞。ブランドを、事業を育てる装置として設計する。

 サムパタ氏はまず、2007年にタイサッカー協会(FA Thailand)と協働を始めた当時を振り返った。それ以前のタイ・リーグは、ロゴやアイデンティティがほぼ毎年のように変わり、名称も「タイ・プレミアリーグ」「タイランド・プレミアリーグ」「タイランドリーグ」など統一されていなかったという。そこでFarmgroupと協会は、たとえスポンサーが変わっても名称は「タイ・リーグ」で統一するという方針を決めた。

 タイらしさを象徴する要素として、タイの国花でもあるラーチャプルック、タイの象、タイ式の東屋の3つを検討した結果、選ばれたのは象だった。「戦象」はタイ代表サッカーチームの愛称でもあり、国旗にも描かれてきた歴史を持つという。象の解剖学的な姿勢や特徴を研究し、牙の形が「T」の字にも見えるようにするなど、ネガティブスペースやプロポーションを検討しながらグリッドに落とし込んでロゴを完成させた。

象をモチーフにデザインされたタイ・リーグのロゴ

タイの象徴である「象」をモチーフに、プロポーションやネガティブスペースを検討してデザインされたシンボルマーク

 ワードマークについても、シンボルに合わせて新たにレタリングをデザインしたという。色については、タイ人にとって意味の深い「ナワラット」から着想を得た。ナワラットはサンスクリット語で「9つの宝石」を意味し、そこから色を選び、スポーツにふさわしく鮮やかに調整したという。その色の強弱は、後にリーグのディビジョン分けにも活用された。

サムパタ・ジェディー氏

 シグネチャーグラフィックには、カノック模様をはじめとするタイの伝統文様を参照しつつ、よりモダンで国際的に見えるよう簡略化を施した。完成したアイデンティティは、審判ユニフォームやボール、各種フォーム、ビルボードから放送用グラフィックまで幅広く展開され、特に試合中継の映像制作は、放送チームとの協働も含めFarmgroupにとって新しい挑戦になったという。

ブランドアイデンティティを展開した審判ユニフォーム

タイ・リーグのシンボルマークとグラフィックを取り入れた審判ユニフォーム。

 展開するアイテム数や仕様が非常に多く、モーションやトランジションといったライブ中継特有の要素まで、制作チームが後々使いやすいよう明確に規定していく必要があったと振り返った。

 2016年には再びタイサッカー協会と協働し、既存のグラフィックをより明るくエネルギッシュに刷新。当初は複雑な表現を試みたものの、放送や運用の現場で使いやすいようミニマルな形に整理し、力が外へ放出されるようなエネルギー感は残したと説明した。

陰影の美に込めた、Jリーグの新たな挑戦

 続いて登壇した福田氏は、「サッカーリーグのブランディングはナショナルブランディングに近い」というサムパタ氏の話に強く共感したとした上で、自身が手がけたJリーグのリブランディングを紹介した。1993年に始まったJリーグは現在60クラブが所属し、2026年8月には欧州のスケジュールに合わせた大きな構造改革とともに新シーズンが始まった。それに向けて約2年かけて取り組んできたのが、「コモングラウンド」というコンセプトのリブランディングだという。

福田 基輔氏

 従来、赤・緑・青で色分けされていた3つのディビジョンのロゴは、色を削ぎ落としたモノクロのロゴマークへと刷新される。「リーグは器として、様々なクラブや選手の個性を輝かせる存在であるべきだ」というのが、その狙いだ。福田氏は「全てのクラブの個性を輝かせながら、どこを切り取ってもJリーグらしくある。これは一見相反する難しい問いだった」と振り返る。

「コモングラウンド」で統一されたJリーグのロゴ

J1・J2・J3の色分けを見直し、モノクロを基調とした共通のデザインへ。各クラブの個性を引き立てる「器」としてのリーグを表現している

 この問いに向き合うため、Jリーグのスタッフら100人以上が参加するワークショップを重ね、「日本独自の価値で戦う」など5つの「Jリーグらしさ」を導き出した。ヨーロッパのトレンドを追いかけて強くなってきたこれまでの延長線上では世界一にはなれないという危機感から、日本固有の美意識に立ち返ることを選んだという。

 そこで採用したデザインコンセプトが「陰影の美」だ。「物そのものの美しさではなく、光と影の間、物と物との関係性に美を見出す」という日本の美意識を、リーグとクラブ、クラブとファン、選手同士の関係性にこそ価値があるというJリーグの本質と重ね合わせたと説明した。

 その結果たどり着いたのが、「Jリーグは影であろう」というコンセプトだ。リーグ自体は白と黒を基調とした存在に徹し、そこに60の個性が輝く場をつくる。ただし、創設時から大切にしてきた日本の国旗を象徴する赤だけは、シンボルマークに残すという判断をしたという。

新しいJリーグにも受け継がれた「赤」

モノクロを基調とする一方、創設時から大切にしてきた日本の国旗を象徴する赤はシンボルマークに残した

デザインの手前にある「意志」という共通項

 福田氏は、今回のリブランディングを通じて「デザインの手前には意志(ウィル)がある」ことに改めて気づいたと語った。「60クラブの個性を輝かせる存在になろう」という意志があったからこそデザインのアプローチが生まれ、ビジネスの成長にもつながったのではないかと述べた。それは、日本の美意識や価値観を軸に世界一を目指すJリーグの姿勢であると同時に、今回のカンファレンス全体のテーマである「グッドデザイン・イズ・グッドビジネス」を体現する事例でもある。その上で「それぞれの強みや価値観に向き合い、それぞれの美意識でピッチ上やクリエイティブの領域で戦っていく。そうしたことをタイと日本の間で議論できるとよい」と期待を語った。

 最後にサムパタ氏は、「タイ・リーグもJリーグも、最終的にはデザインの活用を通じて課題を解決している」と総括した。「私たちは単に美しさのためだけにデザインをしているわけではない。良いデザインは、さまざまな課題を解決できなければならない」とし、それぞれのリーグに明確で記憶に残るイメージを与える機会を得られたことへの感謝を述べ、セッションを締めくくった。両者の対比は、それぞれの国が持つ固有の美意識や価値観を掘り下げることこそが、国境を越えて共感を呼ぶブランディングにつながるということを、あらためて印象づけるものとなった。

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