iDID コラボ / VISIONs
「いのち輝く」万博、デザインで紡ぐ共創の場
<万博のデザインシステム>と題したセッションに、クリエイティブディレクターで株式会社VISIONs代表取締役、一般社団法人COMMONs代表理事の引地耕太氏が登壇した。2025年の大阪・関西万博は来場者数約2900万人という成功を収めた。引地氏は、そのブランディング全体を統括するデザインシステムのクリエイティブディレクターを務めた。普段は東京を拠点にブランディング会社を営み、デジタルとアナログ、リアルとバーチャルを横断してブランド体験をつくる仕事をしている。万博のブランディング全体を手がけた立場から、デザインを通じた共創の仕組みづくりを語った。
ロゴから始まった、いのちが巡る万博のデザイン
クリエイティブディレクター
株式会社VISIONs 代表取締役
一般社団法人 COMMONs 代表理事
引地 耕太氏
大阪・関西万博デザインシステム「EXPO 2025 Design System」の設計、NHK紅白歌合戦のクリエイティブ・アートディレクション、ナイキのインスタレーション、Kyashのリブランディング、日本財団パラリンピックサポートセンターのブランディングなど、ブランド戦略から空間・体験設計まで領域を横断するプロジェクトを手がける。2025年に株式会社VISIONsを設立。
引地氏はまず、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」に触れ、「デザインという言葉が万博の大テーマに掲げられるのは歴史上ほぼ初めてで、デザイナーとしては大きなプレッシャーだった」と振り返った。「いのち輝く」の「いのち」とは誰のいのちなのかという問いを起点に、人間・自然・テクノロジー(システム)という3つの関係性を、今の時代に問い直すべきテーマとして位置づけたという。「これらをつなぎ合わせる行為こそがデザインだ」と述べ、経済・文化・環境・技術がばらばらに語られてきたものを一つに束ねることを、今回のデザインシステムの大きな挑戦にしたと説明した。
国家的なプロジェクトであることを踏まえ、日本古来の「八百万の神」という価値観――山にも川にも一枚の葉にもいのちが宿るという考え方――を土台に据えた。ドラえもんのようなロボットにもいのちが宿ると感じる日本人の感覚を引き合いに、AIやバイオテクノロジーを含む新しいいのちたちと共に生きる未来をどう描くかを、デザインシステムの中心テーマにしたという。
公募で選ばれた万博ロゴから図形を切り出して展開するという、通常はタブーとされる手法にあえて挑戦した。コンセプトは「サーキュレーション・オブ・ライブス(いのちの循環)」。赤を人間のいのち、青を自然や動植物のいのち、グレーをテクノロジーのいのちとし、それらが共に生きる未来の生態系を描いた。3Dモデルと2Dベクターデータを行き来しながら独自のアルゴリズムで形状のバリエーションを出し、最後は人の手でブラッシュアップするという、当時まだ生成AIが普及する前の手法で制作を進めたという。
「目玉」だけ守る、開かれたデザインシステム
デザインシステムは、個のいのちの成長段階を表す「ID」(いのちが生まれる・成長する・進化する)、異なるいのちが出会い協力する過程を表す「グループ」(Join・Sync・Act)、そして全体の世界観を示す「ワールド」という3要素で構成される。ワールドの一部をトリミングすることで、会場の旗など多様な展開物に応用でき、実際に170種類以上、一つとして同じもののない旗が作られたという。エネルギーが生まれる場所として、野山・海・光という3色のセカンダリーカラーも設定した。
最大の特徴は、「目玉(セル)」と呼ぶ一点だけは変えず、それ以外の色・形・柄は自由に変えてよいというルールを設けたことだ。引地氏は「ガイドラインを守らせるだけのデザインシステムではなく、人々が参加したくなる場をつくりたかった。ルールブックではなくプラットフォームをつくろうと考えていた」と語る。
一貫性と多様性を両立させるこの仕組みから、インターネット上で無数の二次創作が生まれ、ミャクミャクの子どものように見えることから「こみゃく」と呼ばれるようになった。猫の形になったり、擬人化されたり、食べ物の形になったりと、その広がり方は多岐にわたったという。展覧会には来場者による手作りグッズが数多く並び、「みんな自分の作品を『いのち』と呼んで持ってきてくれた。単なるキャラクターではなく、いのちを持つ存在として受け取られていたことが面白かった」と振り返った。
会場デザインでも同じ思想が貫かれた。「EXPO WORLDs」と名付けられた夢洲の会場デザインには100名を超えるクリエーターやアーティストが参加し、各所に「こみゃく」を点在させて八百万のいのちが息づく賑わいを演出した。
「いらっしゃいませミャクミャク」として知られる像のほか、「こみゃくサイン」が、ピクトグラムのように子どもたちを会場内に案内する役割も果たしたという。アニメーターやイラストレーター、モーションデザイナーから現代アーティストまでが参加した「Co-MYAKU ’25」プロジェクトでは、グラフィティのようにこみゃくをモチーフにしたアートも描かれた。ビジュアルだけでなくサウンドスケープも制作し、祭りや静けさの森、街、いのち、空といったゾーンごとに7人のコンポーザーがテンポを合わせ、それぞれ異なる音を鳴らすことで、多様でありながら調和する体験を作り上げたという。
コモンズが生んだ、万博後も続く熱狂
引地氏は今回のデザインシステムの特徴を、従来型のトップダウンによる一貫性の管理と、ボトムアップで生まれる多様性・生成性とを掛け合わせたハイブリッド構造にあると総括した。従来のデザインシステムがガイドラインに基づく統制と、中心からの一方向的な展開を基本とするのに対し、今回は中心を保ちながらも、周辺にプロトコルのように参加者をつなげる余地を残し、非中心的にいのちが生まれ続ける仕組みを目指したという。
「国家と市民の間に、みんなが参加できるコモンズが生まれたことが、この盛り上がりにつながったのではないか」との仮説を示し、この考え方はデザインの枠を超え、これからの社会づくりや教育、まちづくりにも応用できるとの見方を語った。
実際、万博の閉幕前後から2026年春にかけて、京都・大阪・東京でデザインシステムに関する展示が開かれた。万博そのものではなくデザインをテーマにした展示にもかかわらず、多くの来場者が詰めかけ、大阪の「大阪・関西万博デザイン展」では最大3時間待ちの行列ができたという。
メディアでも大きく取り上げられ、ミャクミャクや「こみゃく」への関心は、閉幕後も脈々と続いている。引地氏は、こうした熱狂が終わらずに続いていることこそが、今回のデザインシステムの特徴的な成果だと締めくくった。



