SYNC Design & Innovation in SITE 2026 2026.06.26 パラゴンホール

Event Review

コミュニケーション × デザイン / CJ WORX

「もし違ったら?」が生む新市場

情報やアイデアを瞬時に得られる時代には、商品や広告の表現が似通いやすい。CJ WORX共同創業者のジン・パオプラパイ氏は、既存の前提に「もし、そうでなかったら?」と問いを投げかけることで、新たな市場やコミュニケーションを生み出せると語った。IKEAやLEGOから、Coway、KFC、デング熱啓発まで、常識を反転させた事例をひもとく。

常識を反転させる問い

CJ WORX
Co-Founder
ジン・パオプラパイ氏

タイのクリエイティブ・デジタル・マーケティングコミュニケーション業界を牽引するビジョナリー起業家。グローバルエージェンシーネットワークでの豊富な経験を経て、2011年にCJ WORXを共同設立し、タイを代表する独立系クリエイティブ・デジタルエージェンシーへと成長させた。カンヌライオンズ グランプリ、D&ADアワード、複数回の「年間最優秀独立エージェンシー」受賞など、国際的な評価を数多く獲得。現在は、クリエイティビティ・データ・AI技術・消費者心理を融合させ、measurableなビジネス成長と高インパクトなマーケティングソリューションの実現に向けてエージェンシーの変革を率いている。独自のアウト・オブ・ザ・ボックス™(OOTB)クリエイティブ思考フレームワークを通じ、起業家・マーケター・イノベーターが既成概念を打ち破り、革新的なプロダクト・サービスの創出や新市場の開拓を実現できるよう支援。急速な技術変化とデジタルディスラプションの時代において、クリエイティブ起業家精神を広く推進し、組織の持続的な成長に貢献している。

 新しいアイデアを生み出すために必要なのは、一部の人だけが持つ特別な才能ではない。商品やサービスの「当たり前」を見つけ、それを否定する問いを立てることだ。

 CJ WORX共同創業者のジン・パオプラパイ氏が提示したのは、「もし、そうでなかったら?(What if not?)」という思考法である。AIによって短時間で多くの回答や表現を得られる一方、誰もが同じ情報や手法を使えるため、商品や広告は似通いやすくなる。そこで、自社の商品は通常、誰に、何を、どのように売っているのかを整理し、その前提を反転させる。

 例えばIKEAに「もし家具を売らなかったら?」と問えば、店舗は商品を購入するだけでなく、食事や空間を楽しむ場所になる。LEGOに「もし子ども向けでなかったら?」と問えば、同じブロックが大人向けのコレクションやインテリアになる。変わったのは、商品そのものではない。誰が、何のために買うのかという解釈である。

 「クリエイティビティは才能ではありません。誰もがすでに持っているものです」

 新たな発想とは、何もないところから突飛な案を生むことではない。ビジネスを構成する前提を一つずつ外し、商品の意味や利用場面を再設計することなのである。

浄水器ではなく「水」を売る

 パオプラパイ氏は、「もし、そうでなかったら?」を実際のコミュニケーションに応用した事例を紹介した。タイで浄水器のサブスクリプションサービスを展開するCowayには、利用者に「なぜ機械に毎月料金を払い、定期的なメンテナンスを受ける必要があるのか」が伝わりにくいという課題があった。通常なら、浄水器の性能や機能を説明する。しかし、消費者が本当に求めているのは、機械を所有することではない。そこでチームは、「もし機械を売らなかったら?」と問いを立てた。

 「私たちは、機械ではなく水を売ることにしました」

 打ち出したメッセージは「Just drink.」。利用者は管理や品質を気にせず、ただ安心して水を飲めばよいと伝えた。これによりCowayは、浄水器を貸し出す会社ではなく、清潔な水が絶えず手に入る生活を提供するサービスとして位置付けられた。商品を変えなくても、提供価値の定義を変えることで、料金やサービスの必要性を理解してもらいやすくなる。

 KFCの深夜配送キャンペーンでも、前提の反転が使われた。サッカーの世界大会期間中、夜間も注文できることを訴求したかったが、公式スポンサーではないため大会名を使用できなかった。

 そこで、「もし注文ボタンを使わなかったら?」と考えた。着目したのは、審判が両手で四角を描くVARのジェスチャーだ。この動作を見たらKFCのLINEを確認し、チキンのクーポンを受け取れる仕組みを設計した。

 「注文ボタンは、本当に画面上のボタンでなければならないのでしょうか」

 新しい記号を浸透させるのではなく、サッカーファンがすでに知る動作に別の意味を与えた。大会名を使えないという制約を避けるだけでなく、制約そのものをアイデアの起点にした事例である。

違和感からアイデアを育てる

 三つ目は、デング熱の危険性を伝える啓発キャンペーンだ。

 デング熱はタイで長く知られているため、身近すぎるがゆえに、命に関わる危険性が十分に意識されにくかった。病気の危険性を説明するのは、通常、医師や専門家である。そこでチームは、「もし医師が伝えなかったら?」と問いを立てた。登場したのは、デング熱の被害者123万7467人分のデータを基に生成したバーチャルヒューマン「Ingma(インマ)」である。

 「私の身体は、1,237,467人のデング熱の被害者のデータから作られました」

 医師が統計を説明するのではなく、被害者を象徴する存在が自ら危険性を訴える。数字を一人の人間の姿へ変換することで、受け手の感情に訴えた。情報の送り手を変えるだけで、同じ事実の受け止められ方は大きく変わる。

 最後にパオプラパイ氏は、ユニクロを題材に即興で発想を展開した。ユニクロの商品を買うのは「誰でも」である。では、「もし誰でもなかったら?」。そこで示されたのが、タイの僧侶に向けた「AIRismの法衣」だった。吸汗性や通気性に優れた素材と、寺院へ法衣を寄進する文化を組み合わせた案である。

 一方、宗教に関わる提案だけに、会場には笑いとともに戸惑いも生まれた。パオプラパイ氏は、この「違和感」が新しいアイデアの兆候になると話す。

 「一線を越えるのではないか、やってよいのかと感じる。その感覚は、新しい領域の境界線に立っている証拠です」

 もちろん、違和感のあるアイデアをそのまま実行するわけではない。まず否定せずに残し、その後、リサーチやテスト、デザイン思考を通じて、受容性や実現性を検証する。

AIRismの法衣

 AIは、過去の情報を基に、多くの人に受け入れられやすい回答を提示できる。しかし、文化や社会の境界線に踏み込み、リスクを引き受けて新しい意味を提案するかは、人間が判断しなければならない。

 「もし、そうでなかったら?」という問いは、商品開発や広告だけのものではない。誰に売るのか、何を提供するのか、誰が伝えるのか、どこで顧客と接するのか。ビジネスの前提を分解し、一つずつ問い直す方法である。正解を早く得られる時代だからこそ、すでにある正解を疑うことが、新しい市場やコミュニケーションを生み出す出発点になる。

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https://www.cjworx.com/