コミュニケーション × デザイン / dentsu Japan
デザインがブランドの運命を変える
高品質な商品を作るだけでは、消費者に選ばれにくくなっている。dentsu Japanのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター、八木義博氏は、ウェルチのプレミアム化やニッカウヰスキーのリブランディングを例に、デザインが商品の「意味」を変え、価格や顧客との関係、ビジネスそのものを動かすと語った。AI時代に、ブランドの意思が重要になる理由とは。
品質だけでは選ばれない時代へ
dentsu Japan
エグゼクティブ・クリエイティブディレクター / グロースオフィサー
八木 義博氏
ブランド、ビジネス、カルチャーを横断し、企業やブランドの価値を捉え直すクリエイティブに取り組む。人がなぜつながるのか、何に価値を見出すのかという根源的な人間のインサイトを起点に、ブランドと社会の持続的な関係を構築することを創造の核としている。キャリアを通じて国内外で800を超える広告賞を受賞。アート・ディレクターズ・クラブ(NY)ではアジアから唯一の理事を務め、カンヌライオンズ、ADC、ADFEST、スパイクス・アジアなどで審査委員長を歴任。2026年にはD&AD、London International Awardsの審査委員長に就任。JRグループ「MY JAPAN RAILWAY」ではカンヌライオンズ・グランプリ、D&ADブラックペンシルを受賞。ニッカウヰスキー「No Labels」「dear difference」では、ブランドの哲学を起点に新たな価値と世界観を構築し、カンヌライオンズでゴールドを受賞。また、京都芸術大学での講義やCreative LIAisonsでのメンター活動を通じて、次世代クリエイターの育成にも取り組んでいる。
デザインは、商品の見た目を整えるためだけのものではない。ブランドの価値を再定義し、次に向かうべき方向を示す役割を持つ。dentsu Japanの八木義博氏は、その役割を「Designing Brand Destiny」と表現する。
「私たちは単にロゴや広告をデザインするだけではありません。ブランドがどこへ向かうべきかをデザインします。つまり、その運命をデザインするのです」
一般的な広告やコミュニケーションでは、「どのように伝えるか」が問われる。しかし、ブランドの未来を変えるには、その前にある「なぜ、このブランドは存在するのか」「どのような意思を持っているのか」までさかのぼる必要がある。
八木氏がこうした考えを重視する背景には、市場環境の変化がある。かつては、高品質な商品を作ること自体が競争力になった。一方、現在は大企業だけでなく、ローカルブランドや小規模な企業も高品質な商品を作れる。品質は差別化要素というより、市場に参加するための前提条件になりつつある。
「『良い商品であること』と、『人々が選びたい商品であること』の間には、依然としてギャップがあります」
品質や性能は機能的価値に当たる。しかし、その小さな違いを消費者が常に認識できるとは限らない。必要なのは、機能的価値を共感や愛着といった情緒的価値へ変えることだ。八木氏は、その関係を「Design creates meaning. Meaning creates business.」と表現した。
「デザインが意味を生み出し、意味がビジネスを生み出します」
商品の解釈が変われば、購入する理由も変わる。さらに、価格や販売方法、ターゲット、ブランドとの関わり方まで変わり得る。デザインがビジネスに貢献するには、企業や商品の本質的な強みを見つけ、時代やユーザーの文脈から解釈し、人々にとって意味のある形へ変換する必要がある。
ウェルチが「果実の生命」を売るまで
八木氏が最初に紹介したのは、グレープジュースブランド「Welch's(ウェルチ)」の事例である。
ウェルチは、スーパーや自動販売機で購入できる身近な商品だ。課題は、すでに大衆的な商品として認知されているブランドに、どうプレミアムな価値を生み出すかだった。単にパッケージを高級に見せるだけでは、表面的な変更にとどまる。そこでチームは、ウェルチの原点を掘り下げた。
着目したのは、農家がブドウを育てる過程である。土壌や気候、人の手、時間、世代を超えて受け継がれてきた果実への姿勢。そこには、栄養や製品スペックだけでは説明できない歴史や営みがあった。
「私たちは、ブドウを単なる原材料として見るのをやめました。生命をつなぐ、生きた存在として捉え直したのです」
ブドウをジュースの材料ではなく、生命を育み、次世代へつながる存在として再解釈した。その考えを、パッケージやポップアップショップ、味わいながら学ぶ体験へと展開した。重要なのは、商品に全く新しい価値を付け足したのではない点だ。ブランドの中にすでにあった歴史や農家の営みを掘り起こし、消費者が理解できる「意味」へ翻訳したのである。
その結果、ウェルチは日常的なジュースから、果実の力を尊重してきた深い背景を持つブランドとして再認識される。商品の本質を捉え直すことで、感じられる価値や、支払ってもよいと考える価格も変わり得る。
「これは単なるパッケージデザインではありません。ビジネスの価値構造を変えるデザインなのです」
プレミアム化とは、装飾や価格設定だけではない。消費者がその商品を特別だと感じる理由を、ブランドの原点から設計することである。
ニッカはウイスキーの常識を変えた
続いて紹介されたのが、ニッカウヰスキーのブランドデザインだ。
ニッカには、ブラックニッカから竹鶴ピュアモルトまで幅広い商品がある。一方で、マスターブランド全体として何を大切にしているかが見えにくいという課題があった。また、ウイスキーには年配の男性や専門家が楽しむものという印象が残り、若い世代には「自分向けではない」と思われやすかった。
チームは、創業者である竹鶴政孝の原点へ立ち返った。竹鶴はスコットランドでウイスキー作りを学び、その文化を日本へ持ち帰った。同時に、異国の文化や人を愛し、自分とは異なるものを受け入れた人物でもあった。
そこから見いだしたのが、ラベルや格付けではなく、一人ひとりが自分の感性でウイスキーの個性を楽しむという考え方である。それを形にしたのが、「No Labels」プロジェクトだった。
「マスターブランドをリデザインするとは、人々がそのカテゴリーとどのように関わるかを再デザインすることです」
ウイスキーを、一部の知識ある人が評価する飲み物ではなく、誰もが自分の方法で楽しめるものとして再定義した。これにより、ニッカは幅広い商品を持ちながら、一貫したブランドの軸を得た。
その思想は、竹鶴ピュアモルトの「dear difference」にも展開された。イベントでは正しい飲み方を教えず、水を加えたり、香りを比べたり、出汁と組み合わせたりしながら、参加者自身が違いを探った。ブランドが答えを示すのではなく、一人ひとりが自分にとっての価値を発見できる場を設計したのである。
一方、ブラックニッカでは、高級感を強調する表現を見直し、「安価なウイスキー」ではなく、誰もが気軽に楽しく飲める商品として再定義した。
プレミアム商品と日常商品でも、「違いを受け入れ、自分なりに楽しむ」という軸を共有すれば、異なる施策を一貫して展開できる。ブランドデザインとは、ロゴや広告をそろえることではなく、商品開発や体験設計、顧客との接点を一つの思想で導くことなのである。
AIによって多様なビジュアルを短時間で生み出せる時代には、表現そのものの希少性は低下する。だからこそ、その表現を通じて何を実現したいのかというブランドの意思が、より重要になる。
ブランドの原点を掘り下げ、時代やユーザーの文脈から価値を捉え直し、人々が実感できる形へ変える。デザインは商品の意味を変え、その先にあるビジネスの可能性を広げていく。

