プロダクト × デザイン / Yamaha Motor Asian Center
感動は顧客の暮らす場所から生まれる
イノベーションは、本社や先端技術からだけ生まれるものではない。顧客が暮らす地域を理解し、現地の人材や文化と協働することが、新たな価値の源泉になる。Yamaha Motor Asian Centerの吉田康隆氏は、ヤマハ発動機が掲げる「感動」を軸に、製品開発とブランド体験、タイ発のイノベーションについて語った。
スペックではなく体験をつくる
Yamaha Motor Asian Center
社長
吉田 康隆氏
2001年ヤマハ発動機株式会社入社後、モーターサイクルの開発に従事。2025年Yamaha Motor Asian Center社長に就任。ASEANの中心に位置するタイにて、グローバルの商品開発、製造、調達機能を牽引する。近年は、価値創出に向けたタイ国内サプライヤーとの協創や、業務へのAI活用の検討にも取り組んでいる。
ヤマハ発動機が企業理念として掲げるのが、「感動創造企業」である。
Yamaha Motor Asian CenterでASEAN地域の開発を率いる吉田康隆氏は、この「感動」を、期待を超えたときに生まれる深い心の動きと説明する。
「感動は、エモーションや体験、驚き、人とのつながりを通じて生まれると考えています」
吉田氏は2001年にヤマハ発動機へ入社し、エンジン開発者として性能や燃費、信頼性の向上に携わってきた。現在はタイを拠点に開発をリードする立場だが、「Create KANDO」という使命は変わらないという。
ヤマハ発動機が手掛けるのは、モーターサイクルだけではない。船舶や産業機器、ATV、ゴルフカーなど、幅広い製品を展開している。しかし、顧客の記憶に残るのは、必ずしも性能やスペックの数値ではない。
製品を使ったときに何を感じたか、どのような経験が得られたか。ヤマハは、その体験まで含めて製品を設計している。この考え方を象徴するのが、モーターサイクル開発における「人機官能」という思想だ。人と機械が一体になったときに生まれる感覚を重視する。
例えば、ライダーがスロットルを開けた瞬間に、意図した通り車体が応答する。車体を傾けたときに、思い描いたラインを走ることができる。機械が自分の身体の一部のように動くことで、乗り手は自分の運転技術が上がったように感じる。
「人とマシンが一体となったときに初めて感じられるものがあり、そこに感動が生まれます」
この価値は、カタログや機能説明だけでは伝わりにくい。実際に使って初めて分かる感覚だからこそ、開発だけでなく、その世界観をどう顧客へ届けるかまで設計する必要がある。
開発と物語を一つにつなぐ
ヤマハの製品開発は、顧客の声を聞くことから始まる。
紹介された開発プロセスでは、まず顧客が商品に求める価値を調査する。あるモデルでは、「日常的に使える」「刺激的である」「独自性がある」といった声が抽出された。
次に、それらの期待を超えるためのコンセプトを定義する。デザイナーがスケッチを描き、クレイモデルを造形し、スキャンして3Dデータへ変換する。試作車の製造、組み立て、走行評価までを繰り返しながら、製品として形にしていく。
タイのYamaha Motor Asian Centerは、エンジニアリング、デザイン、部品調達の機能を備え、企画から評価まで一連の開発を行える拠点である。約350人の従業員の大半をタイ人が占め、現地のデザイナーやエンジニアが開発の中心を担っている。
ただし、新しい製品コンセプトは、形にするだけでは顧客へ十分に伝わらない。
吉田氏が例に挙げたのが、「The Dark Side of Japan」と題したプロモーションである。日本の夜やダークな世界観を、エンターテインメント表現として展開した。日本人から見ると少し奇妙にも映る演出だったが、ヨーロッパのチームは、従来にないモーターサイクルの個性を、映像と物語を通じて表現した。
この事例が示すのは、製品の価値を伝えるには、開発思想とマーケティングを分けて考えるべきではないということだ。顧客の声からコンセプトをつくり、形や性能へ落とし込み、その価値を感じられる物語として届ける。製品開発からコミュニケーションまでが一つにつながることで、顧客の感動体験が生まれるのである。
イノベーションはタイから生まれる
吉田氏が最も伝えたいメッセージとして示したのが、次の言葉だった。
「Innovation does not always come from headquarters. Sometimes innovation comes from where customers live.」
イノベーションは必ずしも本社から生まれるわけではない。顧客が暮らす場所から生まれることもある。タイには多くのモーターサイクルユーザーがおり、顧客自身が製品をよく理解している。長年にわたって自動車産業が根付き、タイ企業や日系企業を含む強力なサプライヤー網も存在する。
さらに、現地のエンジニアやデザイナーは、タイ市場を理解するだけでなく、英語を使って周辺国の拠点とも連携できる。顧客、開発人材、製造基盤が近い距離にあることが、地域発のイノベーションを支えている。
その例として、タイで開発された複数のモデルが紹介された。
「XSR125/155」は、タイで開発され、ヨーロッパや日本、インドへ展開された。「Grand Filano」はタイで支持されたファッションスクーターとして、インドネシアなど他国にも広がった。「PG-1」も、タイからベトナムをはじめとする各市場へ展開されている。
タイの顧客に認められた製品は、他国でも受け入れられる可能性が高い。地域市場を、本社で決めた製品を販売する場所としてではなく、新しい商品や価値を生み出す開発拠点と捉える発想である。
一方で、地域発のイノベーションは、現地の強みだけで完成するものではない。
吉田氏は、日系企業には品質、規律、長期的な視点という強みがあると話す。それに対し、タイには創造性、柔軟性、開放性がある。
「どちらかが優れているのではありません。互いの異なる強みを理解し、協働することでイノベーションが生まれます」
日本の品質や長期思考と、タイの柔軟な発想やスピードを組み合わせる。異なる文化や仕事の進め方をそろえるのではなく、違いを生かすことが重要になる。
デザインとは、形を美しく整えることだけではない。顧客にとっての新しい価値をつくることである。イノベーションも、技術を開発するだけではなく、人を理解することから始まる。そして「感動」は、一人の優れたデザイナーや本社の開発部門だけで生み出せるものではない。顧客、現地のエンジニアやデザイナー、各国のマーケティングチーム、サプライヤーが協働することで、初めて実現する。
顧客の暮らす場所で声を聞き、その地域の強みを生かしながら、期待を超える体験を形にする。それが、ASEANから世界へ広がるヤマハの「Designing KANDO」なのである。

