SYNC Design & Innovation in SITE 2026 2026.06.26 パラゴンホール

Event Review

教育 × デザイン / HAKUHODO DESIGN × タイ王国×フォーデジット

AI時代のデザイン教育、鍵は「問う力」

「AI時代のデザイン教育」と題したセッションに、多摩美術大学教授でアートディレクターの永井一史氏と、タイ王国国家高等教育・科学・研究・イノベーション政策審議会事務局(NXPO)プログラム・ディレクターのスラパン・メカナウィン氏が登壇した。モデレーターはフォーデジット代表取締役CEOの田口亮氏が務めた。情報社会から知能社会への移行が進むなか、デザインとテクノロジーそれぞれの現場で何が変わり、何が変わらないのかを語り合った。

情報社会から知能社会への転換

多摩美術大学 教授
アートディレクター / クリエイティブディレクター
HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長
永井 一史氏(中央)

多摩美術大学卒業後、博報堂に入社。2003年、HAKUHODO DESIGNを設立。様々な企業・行政の経営改革支援や、事業、商品・サービスのブランディングを手掛けている。

タイ王国 高等教育・科学・研究・イノベーション省 / 国家高等教育・科学・研究・イノベーション政策審議会事務局(NXPO)
プログラム・ディレクター
スラパン・メカナウィン氏(左)

タイを代表する技術経営者、AI戦略家、そしてコンピューター学者。政府機関、学術界、通信業界、民間セクターの各分野において30年以上のキャリアを持つ。東京工業大学にてコンピューターサイエンスの博士号(工学)を取得。タイ日技術振興協会(TPA)の会長を務めるなど、長年にわたりタイと日本の技術協力・交流の促進に尽力してきた。現在はタイのデジタル経済およびAI分野のリーダーとして、AI政策、デジタルトランスフォーメーション(DX)、イノベーション、高度専門人材の育成に深く携わっている。

フォーデジット
代表取締役 CEO
田口 亮氏(右)

2000年代から大手企業Webサイトを中心にディレクション・クリエイションを数多く手がけ、その後デジタルデザインの業界にいち早くリサーチを取り入れUXデザインを推進。リサーチサービスを提供する子会社を設立しSaaS企業としてプライム上場企業へグループ化、現在も兼務で取締役。ユーザー中心のサービスデザインに注力し、東南アジア各国へ展開。沖縄のシングルマザー支援、タイでのデザイン教育など、社会課題に対する活動も行う。UXデザインエキスパート。HCD-net評議委員。

 モデレーターの田口亮氏は、タイにおいてデザインプログラムを大学と共同開発しており、今回はその縁もあって永井一史、スラパン・メカナウィンの両氏をパネラーに招いた。永井一史氏は多摩美術大学で教鞭を執る一方、企業の製品ブランディングを数多く手がけ、約10年前からは東京都のクリエイティブディレクターとして都市そのものを世界に発信する仕事に携わってきた。現在は山梨県チーフ・デザイン・オフィサー(CDO)兼山梨デザインセンター長も務めている。

 スラパン氏はもともと情報工学を専門とし、国の研究機関で6年間研究者を務めたのち、テック系スタートアップや行政機関での勤務を経て、現在はタイの高等教育・科学・研究・イノベーション省が進める行動教育開発基金の設立や高度人材育成プログラムのディレクターを務める。専門分野の異なる二人が、それぞれの視点から現在地をどう捉えているかを語るところからセッションは始まった。

 スラパン氏はまず、デジタルトランスフォーメーション(DX)の変遷を振り返った。約20年前にインターネットが普及し、図書館に行かなくても、本を買わなくても、情報やデータに誰もがアクセスできるようになった。続くスマートフォンの普及は、サービスをいつでもどこでも利用できる環境をもたらした。タイでもQRコード決済・送金基盤の「PromptPay(プロンプトペイ)」があり、生活のあらゆる場面で情報サービスへのアクセスが容易になったと説明する。

スラパン・メカナウィン氏

 そして今、社会は次の転換点、知能社会へと移行していると指摘する。かつて工学者やエンジニア、法務の専門家などに頼るしかなかった知識が、AIによって誰の手にも届くようになったからだ。かつて希少だった情報やデータがすでにコモディティ(一般商品化)してしまった今、何を変えなければならないのか、これからの教育はどう変わっていくべきなのか。スラパン氏はこの問いを会場に投げかけ、議論の土台を提示した。

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「情報の豊かさ」から「知能の豊かさ」へ

インターネット、スマートフォン、AIの普及によって、社会は情報やサービスへのアクセスが中心の時代から、知能そのものが広く利用できる時代へ移行しつつある

AIと向き合うデザイン教育の現在

 デザイン教育の現場では何が起きているのか。永井氏によれば、大学として「AIを使いなさい」と指導しているわけではないが、2年ほど前まではおっかなびっくりだった学生たちも、今ではリサーチやアイデア出しに当たり前のようにAIを使っているという。画像生成を含めた最終アウトプットまでAIに委ねる学生もいるが、そのクオリティはまだ浅く、「生産プロセスの効率化というところへは行っていない」というのが実感だと明かした。この先AIの実践力が上がればクオリティも向上する可能性はあるが、現時点ではあくまで補助的な使われ方にとどまっているという見立てだ。

永井 一史氏

 では、教育のなかで変わらないものは何か。永井氏は「深い人間理解はAIではできない。人の心がちゃんと動くかどうか、そこはAIには分析できない」と述べ、自分の心が本当に感じているかどうかに向き合うことの大切さを強調した。「AIにふりまわされてはいけない」という一言には、教育者としての危機感がにじんだ。

 スラパン氏も、従来の教育が知識や専門性を学生に伝えることに主眼を置いてきたのに対し、AIの登場によって知識そのものはもはや希少ではなくなったと指摘する。「教育の役割は、新しい知識を作るのではなく、学生が持つ知能やインテリジェンスをどうすれば社会へのインパクトに変えられるかにシフトしていく」と話し、永井氏の言葉を引き取るように、人間性や人間的な判断、価値観、倫理といった要素が今後ますます不可欠になるとの見方を示した。

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「知識の伝達」から「社会へのインパクト創出」へ

AIによって知識へのアクセスが容易になった今、教育には、知識や知性を社会へのインパクトにつなげる力を育むことが求められている

これから求められる「問う力」と構想力

 議論は、こうした変化のなかでこれからの学生やビジネスパーソンはどのように学んでいくべきかというテーマへと移った。スラパン氏は、AIが素早く多くの答えを出してくれる時代だからこそ「その回答を求めるということではなく、正しい質問を設計することが重要だ」と説く。社会へのインパクトを考える以前に、自分自身や家族にとって何をすべきかを見つめ直すことが出発点になるという。加えて、数ある答えのなかから何が良いか、何が正しいかを見極める判断力もまた欠かせない。「人間としてこれが適切か、道徳に反していないか、自分たちの文化に沿っているか」を判断する力を養う必要があると語った。

田口 亮氏

 永井氏は、未来の学生や若い世代に向けてこう語る。「WHATやHOWはAIに代替される。これから問われるのはWHY、問う力だ」。言い換えれば、何のためにそれをするのか、どんな価値を生み出したいのかを考え、構想する力である。その力を育むには、AIが提示する情報や答えだけに頼るのではなく、自分自身の感覚や経験、他者との信頼といった、自分にとっての原点に立ち返ることが重要だといい、「自分は何を必要とするのか。その心の声にフォーカスすることが大切だ」と付け加えた。

 セッションの結びに、スラパン氏は「AIはたくさんの答えを出してくれるが、最終的には人間が正しい質問をしなくてはならない。大切な質問をして適切な回答を得ることで、より良い未来を創っていくことが重要だ」と語った。永井氏は、デザイン思考というプロセスを通じてデザインという営みそのものが可視化され、AIによって誰もが自分たちの構想を実装できる、広いアプローチが可能な時代が到来したと指摘。「ほぼ全ての人がデザイナーになれる時代だからこそ、デザインのバックグラウンドにある哲学も大事にしてほしい。そうした教養の基盤を身につけることで、これからもデザインは良い社会を生み出す力になると思う」と締めくくった。

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