勝俣 企業内に散在する顧客の声、いわゆるVoC(ボイス・オブ・カスタマー)を商品開発や顧客体験向上にどう生かしていくか。従来から取り組まれてきたテーマですが、AIの進化によって改めて注目が集まっています。一方で、VoCを分析し、実際の施策にまで落とし込めている企業はまだ多くない印象です。現状の課題についてどのように見ていますか。
中出 多くの企業で起きているのは、「データはあるが、使えていない」という状態です。VoCは蓄積されているものの、すべてに目を通すことは難しく、結果として一部のサンプルや抽象化されたデータで意思決定が行われてしまう。そこに大きなギャップがあります。
勝俣 確かに、経営会議などでも件数や傾向の議論に終始し、「顧客をどう理解したか」ではなく、「どう解釈したか」の話になっているケースも多いと感じます。
結果として、実際の顧客像とはズレた認識が前提になってしまうこともあるのではないでしょうか。
中出 まさにその状態が、「なんちゃって顧客視点」です。大きく3つあると捉えています。1つ目が、「『顧客の本音』を見逃してしまう」ことです。現場ではVoCを要約・分類して整理しますが、その過程で文脈や温度感が削ぎ落とされ、本来の意味が失われてしまうことがあります。例えば、本来は商品改善のヒントになるはずの微細な違和感も、「品質への不満」や「操作性の問題」といった言葉に圧縮されてしまう。
結果として、重要な兆しが見えなくなってしまうのです。
2つ目は、「単語の集計だけでは、“意思決定のための問い”が立たない」こと。従来の分析法では、単語の出現頻度やポジティブ・ネガティブといった判定に偏りやすく、結論が抽象的にとどまりがちでした。その結果、「次に何を変えるべきか」という具体的なアクションにはつながりにくい。単語ではなく文脈を捉え、施策につながる論点へ変換することが重要です。
3つ目が、「施策への反映が遅いこと」です。人手による分析ではリードタイムが生じ、分析が終わる頃には状況が変わっているケースも少なくありません。顧客の不満が、そのまま機会損失につながってしまうこともある変化の速い環境では、大量のデータを鮮度高く処理し続けるスピードが不可欠です。このスピード感こそが、VoCを「過去の記録」ではなく「未来の施策」に変えるカギになると考えています。
こうした課題に対し、AIの強みと当社の技術開発力、コンサルティング力を掛け合わせることで、従来とは異なるVoC活用の在り方が実現できると考えました。その発想から生まれたのが、2025年からサービス提供を開始した「AI Central Voice」です。
勝俣 「AI Central Voice」は、データ戦略AIエージェントを標ぼうされ、すでに多くの大手企業が続々採用されていると伺っています。具体的なサービス内容についてお聞かせください。
中出 顧客の声やアンケートなど、社内のあらゆるテキストデータをAIが文脈ごと読み解き、現場や経営がそのまま動ける“意思決定の材料”へ変換する分析プラットフォームです。VoC活用を、分析作業から実行プロセスへ進化させることが、このサービスの中核です。
強みは大きく3つあります。1つ目は、顧客の声を文脈ごと理解し、施策に使える形に整理できることです。曖昧な表現や複数の意味を含む声も整理し、施策にそのまま使える粒度まで落とし込むことができます。
2つ目は、「Ask AI」という対話型機能です。自然言語でデータと対話しながら、「どの不満が離反につながるのか」「どの顧客に何を訴求すべきか」といった問いに対し、データに基づいた示唆を得ることができます。
3つ目が、コンサルティングチームによる伴走です。暗黙知になりがちな課題を言語化し、優先すべき施策へと落とし込むことで、AIだけでは補えない意思決定の精度を高めています。
勝俣 人が伴走することで、戦略的な意思決定への橋渡しがされているわけですね。具体的な活用法についても教えていただけますか。
中出 例えば、「クリームがベタベタして衣服についてしまう」といった声です。従来は「しっかり肌になじませれば大丈夫です」といった使用法の説明で対応が完結していたケースでも、文脈を含めて分析することで、使用シーンや顧客特性が見えてきます。その結果、「服につかないための保護フィルムとのセット販売」といった新たな商品施策につながる可能性があります。単なる不満対応にとどまらず、新しい価値提案へと発展する点が特徴です。
また、「3カ月目に解約が集中する」といった事実に対して、解約理由を文脈で読み解くことで、「効果を実感できないまま使っている」「使うタイミングが定着していない」といった要因を特定し、フォロー施策やコミュニケーションの見直しといった具体的な打ち手につなげることができます。
最大のポイントはAIにより、表面的な言葉ではなく、その背景にある文脈を捉えることです。これにより、顕在化している要望にとどまらず、潜在的なニーズや障壁まで把握できるようになります。結果として、「どこに手を打つべきか」が明確になり、意思決定の質が大きく変わります。
「AI Central Voice」は、多様なテキストデータをAIが文脈ごと読み解き、顧客の声を意思決定に使える形へと変換する。単語ではなく文脈を捉えることで、顕在的な要望だけでなく、潜在的なニーズや背景にある要因まで把握できるようになる。また、「Ask AI」により、データを基に問いを深めながら判断材料を得られるため、分析から意思決定までのリードタイムを大幅に短縮できる。これにより、VoCを「過去の記録」ではなく「次の施策」に生かせるようになる。
「顧客の本音」を見逃してしまう

「何を変えるべきか」という問いや示唆につながらない

施策への反映が遅い

勝俣 多くの企業で顧客理解の高度化が課題となる中、以前からVoC活用を進めていた企業が、AIによってその取り組みをどう進化させているのか。実際に「AI Central Voice」を導入されているロート製薬のケーススタディに迫りたいと思います。まず、これまでのVoCに関する取り組みについてお聞かせください。
馬場谷 当社のVoC活用の取り組みは、今から70年以上前の1952年、当時はまだ珍しかった、ご愛用者様のお声調査カードを商品に同封し、お客様の声を真摯に受け止めようという取り組みからスタートしました。
そこからコールセンターやWeb上の問い合わせフォームなど、形を変えながら、お客様と当社をつなぐ架け橋として継続しています。当社にとって、お客様の声は、製品改善や新製品開発につながる重要な起点であり、事業を支える基盤の一つと捉えています。
社内で行う取り組みで特徴的なものが、ハガキやコールセンターを通じて寄せられたお客様の声を全社の朝礼で輪番制に発表する場を設けていることです。お客様の声をすべてそのまま全社員で共有し、理解を深め、製品改善や新製品開発につなげていくという文化が根付いています。
勝俣 具体的な製品改善につなげた事例についても教えていただけますか。
馬場谷 「メンソレータム ADクリームm」という長くご愛顧いただいている製品に対し、コールセンターに「蓋が開かない」というお声を、ご高齢の方を中心に何度かいただくことがありました。その際に、「なぜ蓋をこんなにたくさん回さないといけないの」「蓋が持ちにくい」といった意見もいただき、それを基に改善したのが現在の容器です。
現在の容器は半回転ほど回すことですっと開き、蓋の側面にギザギザをつけたすべりにくい形状になっています。開かないわけではないけれど、開けにくい。こうしたお声を開発部門のメンバーもしっかり共有することで、容器の改良につなげました。さらに、パッケージについても見直しを行い、少ない力でも開けやすく、取り出しやすい形状へと改善しています。


勝俣 VoCに真摯に向き合う文化が根付く御社で、「AI Central Voice」を導入した理由は何だったのでしょうか。
馬場谷 電話を受けるコミュニケーターが、通話後に行う記録作成や分類作業に多くの工数を要するため、後処理を効率化し、お客様対応の質を向上することが課題となっていたことが挙げられます。
当社では、VoCの分類が約400種類と多岐にわたり、コミュニケーターの作業負荷軽減も求められていました。「AI Central Voice」を導入することで、AIによる自動要約や最大6つまでの多重タグ付けにより、後処理時間が省力・削減され、コミュニケーターはお客様との対話により集中できる環境が実現しています。
製品自体の精度の高さに加え、当社独自の要約や複雑な分類をはじめ、当社のシステムに合わせたAIのチューニングなどの柔軟なカスタマイズが実現できたのは、何よりコンサルチームのみなさんが伴走してくださったおかげです。
今後も「AI Central Voice」の活用を進め、蓄積されたVoCデータをより活用しやすい形で整理・分析し、商品開発やお客様対応の質向上など企業活動全体につなげていきたいと考えています。
勝俣 AIを起点にVoC革命が加速していく中で、中出さんが考える今後の展望についてもお聞かせください。
中出 AIをベースにVoCを活用した製品開発のサイクルは、今後さらにスピードが求められていくと考えています。加えて、人流データや売り上げデータなど、他のデータと組み合わせることで、より精度の高い分析が可能になります。こうした取り組みを通じて、企業の意思決定のあり方を変え、ビジネスの成長に貢献していければと考えています。
勝俣 真の顧客起点を体現する企業が増えることで、世の中がポジティブに変化していくことにも期待したいですね。本日はありがとうございました。