自社ECを『売る場所』から『選択を助ける場所』へ メディアコマース戦略を掲げる「W2」

リテール業界の未来は、競争の激化に加え、AIの登場によっても大きく変わろうとしている。日経クロストレンドは、注目企業のソリューションや取り組みを集めたセミナー「リテールトレンドFORUM」を、2026年5月19日にオンライン(Live配信)で開催した。「EC・リテール企業を次のステージに引き上げる『メディアコマース戦略』」と題した講演で、W2の鴨下文哉氏は、ECの新しい戦略として、「売る場所」から「選択を助ける場」へと変えるためのメディアコマースを提言した。

鴨下 文哉

W2
セールス&マーケティング本部
執行役員 兼 本部長

鴨下 文哉

今「探して買うだけのEC」は今後モールとAIに飲み込まれていく

「探して買うだけの自社ECは、もう限界を迎えています」と語るのは、ECプラットフォームベンダーであるW2で、セールス&マーケティング本部の執行役員兼本部長を務める鴨下文哉氏だ。鴨下氏はまず、「最近は、AIの出現によって、調べ物だけでなく、買い物などのさまざまな行動体験が変わってきています。それに応じて、ECも変えていかなくてはいけません」と、リテール企業の自社ECが置かれている現状と課題を指摘し、その上で「それを解決する考え方が『メディアコマース』です」と語る。

メディアコマース戦略で自社ECを変革させる

メディアコマース戦略で自社ECを変革させる

鴨下氏は、売るための自社ECが限界を迎えている3つの理由を挙げた。
1つ目は『企業が発信する情報・コンテンツが乱雑化し、消費者が迷子になっている実情』だ。「消費者はInstagramやTikTokなど、さまざまなチャネルから情報を集めており、現状『見る・知る・学ぶ・買う』のユーザー行動がすべて分断された『体験の分断』の状態にあります。」と鴨下氏は語る。チャネルやコンテンツが分散することで、企業側でも運用コストがふくらみ、『運用の限界』を迎えている。

2つ目は『モール型ECとの差別化の必要性』だ。現在の自社ECは、商品を並べて価格と商品スペックを表示するだけの『展示型のECサイト』が多い。こうした売り方では、同じ商品を扱う大手モールと価格で勝負せざるを得なくなる。

3つ目は『AIが情報収集の方法を変えている』ことだ。今後は、AIに推奨されるECサイトであることが欠かせなくなる。「消費者が検索ではなく、AIに『お薦めを教えて』と尋ねると、AIが即座に回答し、提案する流れになっています。その変化を捉えていかなくてはいけません。」と語る。

鴨下氏は「『探して買うだけのEC』は、今後モールとAIに飲み込まれていきます」と警鐘を鳴らす。

成果物を『綺麗に作る』前のできるだけ早い段階でアイデアを具体化

自社ECは限界を迎え、モールとAIに飲み込まれる

自社ECを「販売チャネル」から「選択を助けるメディア」へ再定義

こうした現状に対して鴨下氏は、「解決策は、自社ECの役割を『販売チャネル』から『選択を助けるメディア』へ再定義することです。ECとメディアをつなぎ合わせ、それぞれの力を最大化していくのがメディアコマースです」と提言する。

LTV(顧客生涯価値)の持続的な向上を図る循環型モデル

LTV(顧客生涯価値)の持続的な向上を図る循環型モデル

統合データとAIで実現した、LTVを持続的に高める「循環型コマース」

従来のECサイトは、広告経由で流入したユーザーが、陳列された商品を見て選び、カートに入れる。購入というゴールに向かって一直線に進む構造のため、一度きりの購入で終わりやすく、離脱も起きやすい。
これに対して鴨下氏が提言するのは「LTV(顧客生涯価値)の持続的な向上を図る循環型モデル」だ。その循環を駆動するのが、データとAIである。

「まず、顧客データ、購買データ、問い合わせ履歴、コンテンツ閲覧データといったあらゆるデータを蓄積し、統合的に管理します。その一次データとAIを活用して、一人ひとりに合った商品やコンテンツをレコメンドしたり、記事制作にもつなげていく。そうすることで、コンテンツによる発見から学習へとつなげ、共感と信頼を蓄積して購買に繋げていけるわけです」と鴨下氏は言う。

また、一次データから生まれたコンテンツは、新たな購買を生むと同時に、ブランドへの共感を深めてファン化を後押しする。そして、そこからの購買やコンテンツ閲覧の行動は再びデータとして蓄積され、次のAIによるコンテンツ生成やレコメンドの精度を高めていく。
「認知から購買に寄与するコンテンツ制作、買いやすくシームレスな購買体験、ファン化、UGCの創出を、データとAIの力でぐるぐると回していく。この循環を自動的に回し続けることが、LTVの持続的な向上につながるのです」と鴨下氏は言う。

メディアコマースを進める前に固めるべき、4つの基礎レイヤー

鴨下氏によれば、メディアコマースを進める際に意識すべき4つのレイヤーがある。「いずれも基礎的な部分です。実は、この基礎をしっかり固めないと、メディアコマースは成功しません」。

レイヤー1は『KGI・目的』。なぜメディアコマースに取り組むのか、という土台にあたる部分だ。「メディアコマースを単なる集客装置として扱うのではなく、『失敗しない選択を助けてくれる』存在だという認識を、社内全体で持つことが重要です」。さらに「顧客との長期的な関係性を重視し、ロイヤルカスタマーをいかに増やすかも重要なポイントです」と続けた。

レイヤー2は、メディアとしての設計にかかわる『コンテンツ・情報発信』だ。鴨下氏は、検索窓に「マウス おすすめ 5000円以内 仕事用」と入力してマウスを買う例を挙げた。「大切なのは、シチュエーションに沿った記事をいかに出すかです。スペック表の比較ではなく、たとえば『在宅8時間使ってみた正直レビュー』や『腱鞘炎持ちが選ぶ3選』といった、仕事用というシチュエーションに合う記事を表示する。購入対象の発見と選択、つまり解決を生み出すことで、お客さまに納得して商品を買っていただきます」と、伝えるべき情報と届け方の考え方を説明した。

メディアコマースを進める際に意識すべき4つのレイヤー

メディアコマースを進める際に意識すべき4つのレイヤー

レイヤー3は『体験設計・購買接続』だ。コンテンツと購買体験をどう接続するか、スムーズな購買につなげるためのUI設計などを指す。鴨下氏は「これからはAIが提案し、その中から商品を選んで購入するという流れになります。そこには体験が生まれません」と指摘。その上で「人間の欲求として、購買体験は重要です。買い物そのものを楽しみたいという気持ちはなくなりません」と話す。

レイヤー4は『KPI・組織運用』。メディアコマースの成果をどう測り、運用を続けていくかという部分だ。「1つの指標だけですべてを測るのではなく、複数の数字を統合的に見て成果を測っていくことが大切です」と鴨下氏は話す。
メディアコマースは、今後のAI対応の面でも利点が大きいという。「記事やコンテンツを蓄積すると、良質な情報がそのメディアにたまっていきます。生成AIが検索や提案をするとき、こうした信頼できる情報を参照するはずです。良質な情報をストックしておくことが、非常に重要になります」。

こうした中でのW2の強みを、鴨下氏は「データ基盤からAI活用までを、自社で一気通貫に備えている点」だと話す。
「AIエージェントは、データがあって初めて成立します。我々はECのプラットフォーム、すなわちデータ基盤そのものをプロダクトとして提供している。だからこそ、店舗やネットでの行動、購買の動きといったお客様の情報を『一次データ』として統合管理できる。これが何よりの土台です」。

その一次データを動かすのがAIだ。W2はAIへの研究投資を続け、判断・実行・最適化を担う多種多様なプラグイン群を開発している。「商品や記事コンテンツのレコメンド、サイト内に最適な記事がなければAIがその場で生成する自動化、SNS連動でのUGC収集まで、データを起点に幅広く回せます。しかもAI自身が学習を重ね、レコメンドの精度を自律的に高め続ける。記事コンテンツのレコメンドやメディア化にAIを活用し、ECサイトそのものをメディアへと進化させていきたい」と今後の展望について語る。

ECプラットフォーム W2 Commerce サービス概要図

ECプラットフォーム W2 Commerce サービス概要図

メディアコマースの3つの事例

メディアコマース戦略の考え方を説明した後、鴨下氏はW2のプラットフォーム「W2 Commerce」を使った3つの事例を挙げた。
1つ目は、某総合スポーツ用品大手が自社ECと同一ドメインで展開するオウンドメディアだ。同社はもともとコンテンツを活用したビジネスを展開しており、それをW2のプラットフォームに移行した事例だという。「お客さまが記事コンテンツを、カテゴリーや好きなスポーツに合わせて閲覧できる仕組みです。記事から商品ページへひも付けてコンバージョンにつなげられるため、最終的な目的は商品購入であるものの、サイトを訪れて記事を読み、楽しめるというメディアコマースを実現しています」(鴨下氏)。

2つ目は、某総合楽器販売店が運営する自社の動画メディアだ。W2のプラットフォーム上で動画メディアとEC販売を統合した事例だ。「サイトには数多くのコンテンツを掲載しています。動画メディアとEC販売を統合しているため、動画を見てから買い物をする、ライブショッピングに近い形です。見て、学んで、買うという体験を一元化しています」(鴨下氏)。さらに「リアル店舗ともすべて連動しており、オムニチャネルを実現しています」(鴨下氏)と話す。

3つ目は、某アクションスポーツ専門チェーンだ。鴨下氏は次のように説明する。「主力商材のECサイトを検討する段階で、商品をコンテンツ化し、メディア化したいという考えがありました。さまざまなコラムを作り、動画もふんだんに使っています。店舗と連動させ、店舗での取り置きや受け取り、見てから購入するという一連の流れを実現しました。メディアコマース化によってEC化率が上がり、売り上げを300%成長させることができました」(鴨下氏)。